25 王太子の2人の側近
それは入学日からみ月ほど経った日の授業終わり。まるで神の采配であるかのようにその出来事は起きた。ローズ・マインベルク伯爵令嬢から相談を受けたルイスは、やっと「きっかけ」を手に入れたとにやりと笑みを浮かべて、割り当てられた自室へと戻る。
自室は青薔薇寮の最上階にあった。ワンフロア全てがルイスに与えられた部屋で、専属使用人や警備を任されている王国側が用意した護衛が常時いる。
青薔薇寮は女子寮の白薔薇寮と対となる位置に建てられ、歴史の重みと荘厳な佇まいは言うまでもなく立派だが、窓の外の景観まで配慮がされていた。薔薇庭園とはまた違う庭園が広がっていて、花の種類も豊富だった。四季折々の花が咲くため、どの季節にも花を愛でられる。
「今日の朝も……艶やかな花が咲いていた」
「そうでしたか。気付きませんでした」
窓の外を眺めながらルイスがそう言うと、控えるように立つ屈強な男性がそれに答えた。
彼の名前は、アレク・ルシカ。ルイスと同い年で、一緒に学院に入学した伯爵家の三男だ。若くして側近に選ばれた優秀な男で、筋肉だけで言えばルイスの比ではない。頭脳の方はからきしだが、近衛騎士として側近にするのなら命をかけても壁になりそうなアレクが適任だと、セバスディが推薦したくらいだった。
「……美しい紅色だ」
「はい。ですが今の時間ではその紅の花を見ることができず、残念です」
「そうか? たとえ陽が沈みかけて薄暗いベールが紅の花を隠しているとしても、美しい花はすぐそこにある。手を伸ばせるその距離に」
「はぁ……自分には難しくて、ルイス様が何を仰りたいのかよく分かりません」
アレクの素直な言葉にルイスは笑った。傍に置くにはそのくらい不器用な言い方をする男が丁度いい。
ここから見下ろす紅の花はずっと変わらず手の届かないものだと思いかけていたルイスだが、今日やっとその花に手を伸ばせる「きっかけ」を手に入れた。その何とも言えない気持ちを吐露する相手がノイドではなく、アレクであることにルイスはそっと感謝する。
「アレク、ノイドと協力して至急ローズ・マインベルク伯爵令嬢について、調べて欲しい」
「はい、かしこまりました」
「それとセバスディと連絡が取りたい」
「……と言いますと?」
「早馬で手紙を送り、ここに来るよう伝えろ」
「お急ぎなら転移魔法を使われた方が……」
「いや、それはできない。私は学院から一秒でも離れる訳にはいかないからな」
「御意」
アレクが扉の外へ出ると、ルイスは一人になった。ポケットから形見であるハンカチを取り出すと、ローズの魔力痕跡を覚えるためにその身に刻み込む。
(ローズはきっとアリシアに対して、近い将来行動を起こすだろう。皮肉だな、こんなことをきっかけにしなければ、私はアリシアに近付くこともできない。この眼に映すことさえ……)
ルイスはぎゅっとハンカチを握る。
ルイスにはやっと訪れたチャンスを無駄にはできない理由があった。このチャンスを確実に手に入れるために毎日授業後、社交に明け暮れて、上位貴族の令息令嬢と信頼を築いてきたのだ。それぞれの抱える事情や情報を手に入れて仲間の輪を広げると同時に、王族やアリシアに対して負の感情や敵対心があるかどうかを見定めながら、生徒たちを厳しく選別もしていた。
ローズはその中でも、第三候補内に挙がるほどの危険人物だった。アリシアに対して妬みの感情を持ち、それを排除しようとする行動力と実力を持ち合わせている。それに気付いたルイスは、今か今かとローズが行動を起こす日を待っていたのだ。
だが、待つという行為はもどかしい。ローズが必ず行動を起こすという確実性がないものに時間を費やすには、忍耐力がいた。ふた月も超える頃には諦めて別の策を取るべきかとも、ルイスは悩みに悩んだものだ。
しかし今朝、紅の花を見ながら作戦を変更しようと決めた時、ローズはやっと動き出した。まさに神の采配のごとく。
「……私も大概性格が悪いな。ローズが悪事を働く素振りを見せたことを嫌厭する一方で、安堵しているとは」
アリシアのことになると周りが見えなくなることがある。それはセバスディに指摘されていた弱点が見えてしまう瞬間でもあるのだが、今一度緊張感を持ち、ルイスは己を引き締めた。
呼び鈴を鳴らして使用人を呼ぶと、専属の使用人はすぐに扉を叩いて部屋の中へとやって来た。ふわりと残り香が付いているハンカチを見るだけで、思わず嫌悪感を露わにしそうになるのを抑えながら、ルイスは使用人にそれを渡す。
「綺麗に……残り香が一つも残らないように洗ってくれ」
「かしこまりました」
使用人がハンカチを持って部屋を去っても、ルイスの鼻孔の奥にはまだその香りが付いている。顔を顰めながらもルイスは再び窓の外を見つめた。先ほどより暗くなっている外は、ぼんやりと浮かぶ蝋燭の灯りで幻想的な雰囲気になっている。
「……やることは多いが、今はアリシアの問題が先だ」
ルイスは本棚から数冊本を抜き取ると、机に向かう。あらゆる可能性を模索しその答えを探すべく本を読み漁った。
◇
次の日の早朝、ルイスはノイドを呼び寄せた。
「ルイス様、お呼びでしょうか~?」
このような早朝でも眠た気な様子は一切見せず、むしろ気心知れた仲だけで開催された夜会帰りのようなハイテンションのノイドは、歯を見せてにっこり笑う。
ノイド・イーサレイド。
アレクと同じルイスの側近に選ばれた伯爵家の長男だ。名門イーサレイド家はあらゆる分野で天才を輩出してきたが、長男のノイドだけは不才でぼんくらと呼ばれていた。そんなノイドに目を付けたのはセバスディ。令嬢並みに鋭い勘の良さと野生並みに鼻が利くノイドは、隠していた才をセバスディに見抜かれて、歩く番犬としてルイスの側近に置かれた。
「ノイド、この手紙を紅薔薇寮にあるアリシアの部屋の扉下に置いてくれ」
「はぁい、かしこまりました~」
ノイドはチャラい返事をしたが、視線の先はルイスから動いていない。浮付いた振る舞いをしてよく叱られるノイドだが、ルイスに対しては慕うような目線を向けている。
「…………な、何だ?」
「いいえ、ルイス様が何だか嬉しそうなので、他にも何かお手伝いをと思いまして」
「そ、そうか。ではいつ呼ばれてもいいよう控えていてくれ」
「光栄です」
ノイドが見習い騎士のような初々しい視線を送ってくるせいか、ルイスの背筋はぞくぞくした。
ルイスはアレクに「ローズとアリシアの件や、それに対する諸々の気持ち」を伝え、ノイドには伝えなかった。その必要がないと思っていたからだ。ノイドの真っ直ぐな視線からは常に感情がだだ洩れている。その大半が「わざわざルイス様が言わなくても、僕は全てを知っています」という執着混じりの感情ばかりだが、伝える手間を省く理由になっていた。
そのためルイスは多少怖いという気持ちを抱きつつも、アレクと同じくらいノイドを頼りにしているのだ。
「アリシア様への積年の想いが報われることを心から望みます」と呟いて、ノイドが首を垂れると、ルイスは「ありがとう」と言葉で伝えた。
(良くも悪くも純粋で異様に鋭いが、その対象は全て私が関わっている時だけか……はぁ)
変わり者を側近にしたと溜め息を吐くが、込み上げてくる可笑しさにルイスはふっと笑った。
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