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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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21/60

21 攻めの王太子と守りの公女③


 着替えが無事に終わると、薔薇庭園ガーデン内に設置された見晴らしのいい席に案内された。ルイス専属の使用人がディナー並みに豪華な昼食を運んでくる。


 ルイスは先ほどから唇の両端に微かな笑みを乗せていた。息を吐く暇もなくアリシアの周りで起きるハプニングに「退屈しなくていい」と言い、喜ぶように目を細めながら。


(……この半年間に、何かあったのかしら?)


 そう思えるほどには、ルイスは豹変していた。


 こんなふうに、あからさまに楽しそうな姿を見せる人だっただろうか。不思議に思いながら、アリシアはきょとんとした表情でその様子を観察する。


 ルイスは食事中でも容赦なく起こる事象を魔法で食い止め、その合間にナイフとフォークを使い、焼いた肉を咀嚼する。はしたないことを平然とやってのける姿は、むしろ清々しく見えた。何よりルイス自身が本当に楽しそうなのだ。


「アリシア、貴女はいつもこんな毎日を過ごしているのか?」

「いえ、これはまだ序の口です」

「そうか。新しい制服に着替えるだけでも、色々なことが起こった。何もないところで貴女は転びそうになったし、天候が急に荒れてお互いずぶ濡れになるところだった。何もないところから、物が落ちて来たりもしたな。それが序の口、か」

「はい……」

「この光景も序の口なのか? ティーカップが突然割れたり、突風が吹いて私のパンが飛んでいったりするのも……」

「す、すみません。魔法のコントロールが上達するようもっと勉学に励みます」

「いや、魔法のコントロールができなくなることはよくあることだ。アリシアのせいではない。しかし私が魔法で常に守らなければ、貴女も制服も一瞬でボロボロだな。目を離すこともできないとは……」


 そう言いながらもルイスは依然、笑みを湛えたまま。食事中だからといって、防御に徹することはしなかった。波のように押し寄せるハプニングに攻撃魔法を使って迎え撃ち、銀のカトラリーさえアリシアを守る武器にする。


「……あの、良いですよ。私から目を離していただいても。慣れっこですから」

「目を離す? そんなこともったいなくてできないな。今、とても新鮮な気分だ」

「……そう、ですか」


 ハプニングに慣れているというだけあり、どういう災難が降りかかるか、アリシアには予想ができていた。たとえば食器は割れる前にカタカタと音が鳴るし、天候のハプニングは空を注意深く見ていれば分かる。突風も地形を理解していれば、発生しやすい場所があるのだ。


 逆に、部屋の中にいれば突風に見舞われることはない。


 何もないところから物が落ちてくるのは、上空を飛んでいる凶鳥のせい。咥えているものを落としたからだ。


 それがまだ理解できていないルイスはギリギリで対処することが多く、当然コツは掴めていない。しかし体力も集中力も魔力も削られる中、ルイスの動きは獣が目覚めたかのように少しずつ変わり始めていった。


 来る日も来る日もルイスはハプニングからアリシアを守る盾となり、その身を削る。


「段々とコツが掴めてきた。周りをよく観察して、それがどういう事態を引き起こすのか想像すれば意外と簡単だ」

「ですが、そんなにハイペースで頑張ると、魔力が枯渇しますよ?」

「私にアドバイスをくれるのか? アリシアはどちらかと言うと、()()()()()()()()()()()()がために、勝負に勝ちたいのだと思っていたが?」


(――え?)


 この言葉が相手の反応を探るための言葉なら、それは成功だと思った。揺さ振りをかけるような言い方はアリシアの心を確かに揺さ振ったからだ。


 アリシアはルイスに指摘されるまで、自身の中の矛盾に気が付いていなかった。


 この勝負を引き受けた理由は、ただ一つ。『今まで通り、結婚するまで距離を置いて欲しい』ということだ。たとえ在学中に何か問題が起きても、放っておいて欲しい。


 それが、アリシアの望み。


 さらに言えば、距離を置く理由も訊ねて欲しくないのがアリシアの本音だ。


 勝負に勝った暁には、後ろめたい気持ちを抱くことなく、正々堂々と()()()()ルイスにそうお願いしたいと考えている。結婚するまで距離を置き、その理由も訊ねるなということが、どんなに我が儘な願いごとだと責められようとも。


 そんな気持ちを抱きながらルイスの提案を受け入れた訳だが、あまりにアリシアに有利な賭けだったので、表情筋を引き締めなければ笑いが漏れるところだった。それほどまでに、アリシアの勝ちは確定していたのだ。


 ハプニングが起きる本当の原因をアリシアが言った通りに受け取っている限り、敗北するのはルイスだ。特別な加護が付いている王太子とはいえ、アリシアを守るために闇雲に魔法を使っては魔力は枯渇する。数日後には何も守り切れなくなる、とそこまでアリシアは考えていた。



「確かにそう……思ってはいました。ですが、ルイス様があまりに真剣だったので……」


 ルイスの限界を待つだけで良かったが、どうしてかアリシアはルイスにアドバイスをしてしまった。余計なことを言わずに沈黙を続けていればよかったが、いつの間にかルイスを応援したくなっていたのだ。


 勝負中のルイスの表情がどんどん輝きを増していくさまを見て、アリシアはいつしか惹き込まれている。何よりここ最近のアリシアは、寂しさとは無縁だった。


「アリシアに応援されるのは、光栄だな」

「そう、ですか?」

「ああ」


 生まれた矛盾にアリシアの心の中がチクンと痛んだ。



◆*◇



「ねぇねぇ、あの噂のこと知ってる?」

「もちろん知ってるわ。ずっと仲が悪いと思われていたルイス様とアリシア様だったけど、最近一緒にいることが多いっていう噂でしょ?」

「仲直りしたのかしら……。私はてっきりルイス様はアリシア様と婚約破棄をして、ローズ様をお選びになると思っていたわ」

「私の予想では、二人の仲を取り持ったのはローズ様よ。少し前にローズ様とルイス様が二人、薔薇庭園(ガーデン)で寄り添い合っていたもの。きっと婚約者を大切にして欲しいと身を引いたのかもしれないわね」


 一週間も経てばそんな噂が駆け巡る。それは流行り病のような広がり方だった。男子生徒も女子生徒も恍惚とした表情でルイスとアリシアのことを喜々として熱く語り、それを聞いた生徒たちはまた別の生徒へとその話を広めていく。


 その話題はあまりにも生徒たちの関心を惹き過ぎた。


 その中で一人だけ、その光景を面白くなさそうに見ている人物がいる。

 ローズ・マインベルク伯爵令嬢だ。


「何なのよ、これは……。私は二人の仲を引き裂こうとしているのに、外野如きが好き勝手なこと言わないで欲しいわ。絶対に引き裂いてやるんだから」


 ローズはギリッと爪を噛むと、時間を告げる鐘の音に背を向けて旧講堂へと消えていった。

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