20 攻めの王太子と守りの公女②
ルイスの話は手短に終わり、その後すぐに別れたが、アリシアのもやもやは就寝前まで続いた。
あれから紅薔薇寮の部屋に戻ってきたアリシアは、シャシャに手伝ってもらい部屋着に着替えると、ディナーを食して湯浴みを終え、就寝の身なりを整えてもらう。それが終わると、独りきりになった部屋でずっと胸の中をかき回しているもやもやについて、思っていることを口にした。
「やはりおかしい……。半年前のことをお忘れかと思っていたけれど、ルイス様はちゃんと覚えているようだった。それでもなお私に手紙を送り付け、離れようとする理由を話してくれたことはないと仰る……」
アリシアは半年前、懇切丁寧かつ辛辣に説明したはずだった。少なくともそう思っていた。
『殿下と一緒にいるということは、自分のはしたない姿を直視し続けるということ。それは私には耐えがたい苦痛です』
そうルイスにきっぱりと述べたことは、今でも鮮明に覚えている。
「その辛辣な説明では納得いかなかったのかしら……」
その先を考えると、隠していることの一端をルイスに掴まれた気がして、不安は増すばかり。ただでさえアリシアを悩ませる原因は他にもあるというのに、だ。
「はぁ……。明日からルイス様と一緒に行動なんて、この世の終わりを告げる終焉の鐘が聞こえてきそう。暫くの間と言っても、期限を曖昧にして長引かせることもできるもの」
アリシアは鏡台の椅子から立ち上がると、ハプニングにより棚から落ちた備品を避けながらベッドまで歩いていく。そこにゆっくり腰を下ろすと、もう一度溜め息を吐いた。
ルイスはアリシアとローズ伯爵令嬢との間で問題が起きていると言っていたが、アリシアには心当たりはない。
ローズ伯爵令嬢の名前は、社交界に足を踏み入れたことのないアリシアでも知っていた。もちろんこの学院に来てから噂で知った人物だ。華がありファンクラブまでできているという噂は、アリシアの耳にも入るほど有名だった。
ただそのような有名人であるローズとはすれ違ったことはあるが、話したことはない。すれ違うと言っても、ローズは取り巻きとファンをたくさん連れていることが多い。そのためアリシアの眼には嫌でも入るが、ローズの眼がアリシアに向いたことはない。
一応、アリシアも王太子の婚約者という肩書がある。ローズに負けず劣らずの有名人だが、ローズが気にするほどの価値があるとは思えなかった。
う~ん、と頭を傾けたが分かる訳もなく、アリシアは姿勢を正した。
「もしかして、私が今まで気付かなかったハプニングが存在するのかしら……?」
そんな突拍子もない発言が口をついて出る。
細心の注意を払っているアリシアだが、先生たちのフォローやアリシア自身の努力でもカバーできないハプニングが「絶対にない」とは言い切れないのだ。それがたとえ些細なハプニングでも、恨みを買ってしまえばこうして大きな問題となり、結果あることないこと言われるようになる。
「まずは誤解を解かないと……」
そのためには明日からの攻防に備えて、安眠する必要があった。アリシアはサイドテーブルの上に置かれている備品を見る。そこにはセバスディが用意したと思われる耳飾りのような可愛い耳栓と、顔を覆う純白のレース付きベールが置かれていた。
これらは、ハプニングによる騒音で眠りを妨げられないよう用意された安眠アイテムだ。それらを遠慮なく手に取り身に付けると、アリシアはベッドに横たわった。
◆
次の日、午前の個別授業を終えたアリシアは、薔薇庭園に向かっていた。今日はルイスと一緒に行動すると半ば強引に決められた、最初の一日だ。
半年前の出来事以来、アリシアはルイスと行動を共にしたことはないが、誘いを拒み続けてはいた。あれ以来、ルイスは手紙を送ってくるようになったのだ。セバスディが直接、転移魔法でルイス直筆の手紙を運び、それをアリシアに渡す。アリシアの返事が書き終えるまでセバスディは城館に滞在した。
たかが手紙一つでもこの徹底ぶり。ルイスは確実な方法を用いて手紙のやり取りを希望したが、その度にアリシアは、鋼の心できっぱりと断りを入れてきた。
しかもどういう訳か、その手紙全てに制約の魔法がかかっている。アリシア直筆の署名が求められるのだ。断りを入れてばかりで不敬にならないかと怯えながらも、アリシアは礼節をわきまえた上でユーモアたっぷりの言葉を添え、その都度サインをした。
それ以前は婚約関係にありながら何の音沙汰もなかったルイスが、あの出来事を境にこうして手紙を送ってくるようになったのだ。それが一番の変化だった。その上、手紙は巧妙で頻度も適切ならば、誘いの言葉も唸るほどの美文。とても断りづらかったのは言うまでもない。
学院生活をしているこのみ月ほどの時間の方が、とても静かだった。視線も合わなければ手紙もない。この温度差や緩急のある態度には、さすがのアリシアも戸惑うばかり。
しかしそうした関係は今、変わろうとしている。ローズ・マインベルク伯爵令嬢の相談のせいで。
「お待たせしました、ルイス様」
薔薇庭園のベンチに座り本を読んでいるルイスの背後で、アリシアはそう声をかけた。ルイスはパタンと本を閉じて後ろを振り向き、こんな身なりをしているアリシアを見ても、屈託のない笑顔を浮かべている。
「いや、そんなに待っていない。カミーラ先生に提出物を渡したのか?」
「はい、何とか……」
「そうか、頑張ったな」
アリシアの制服はボロボロに擦り切れていて、その美しい銀髪には葉っぱが絡まっている。何とか提出物を渡したが、そこへ行く道すがらにとんだハプニングに見舞われたのだ。しかも帰り道も同じように。
今日に限っていつもよりも強烈なハプニングだった。
「葉が付いている。触れて……取ってもいいだろうか?」
「……はい」
了承を得たルイスは、アリシアの銀髪に付いた枯れ葉を丁寧に取っていく。そのルイスの手付きや所作に居たたまれなくなり、アリシアは会話を投げた。
「……でも、薔薇は折ってはいませんよ」
「ああ、それは知っている。薔薇庭園を突っ切って貴女は私の背後に現れたが、薔薇は一つも折れていない。自分の身より薔薇を守ったのだろう。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「制服が汚れている。薔薇庭園で昼食を摂る前に、新しいものを用意しよう」
その言葉に引っかかりを感じたアリシアは、予防線を張った。
「い、いえ。どうせまたすぐに汚れてしまいますから……」
「……そう遠慮することもないだろう。それに汚れた制服のままだと悪い噂が立つ」
苦笑いをして気持ちを示したつもりだが、ルイスはお構いなしにぐいぐい攻める。
(全く動じていないわ。新しい制服に着替えたら、その流れで昼食も一緒に摂る気でしょう。一緒に行動するとしてもそこは別々にしたい。そもそも、あの出来事に懲りていないのかしら……?)
しかしそこまで言い切ったルイスの押しがどれほど強くても、アリシアは首を縦には振らなかった。その代わり、困ったような表情で目を背ける。
そのような煮え切らない態度のアリシアを見て、ルイスは暫し沈黙した後に提案を持ちかけてきた。
「一つ、賭けをしないか? 一緒にいる間、魔法のコントロールができずに起こったハプニングでアリシアが傷付けば、貴女の勝ち。傷付かなければ私の勝ちだ。判定には身体だけでなく、服装も含めよう。そうして負けた者は勝った者の言うことに一つ従う。もちろん内容は簡単なものに限るが……」
「つまり、ルイス様が私を守り切れたら私の負け。私や制服がいつものようにボロボロになれば、ルイス様の負けということですか?」
「ああ、そうだ。簡単だろう? 貴女はいつも通りにしていればいい。頑張るのは私だけだ。貴女をハプニングから全力で守る必要があるからな……。期限は、ローズとアリシアの問題が解決した日の夜まで。降参はいつでも受け付ける」
「……それなら私が余裕で勝ちますね。その勝負、お受けします」
ルイスの思い付きにアリシアが喰い付いたのは、これほど有利な勝負はないと思ったからだ。
アリシアの呪いは無限。呪いの効力が消える日は来るかもしれないが、それまでの間は時を選ばずにハプニングが襲ってくる厄介なもの。魔法のコントロールができないと言い訳にしたが、それをルイスが信じている以上、勝ち目はないだろう。無限ハプニングを起こす呪いだと気付かなければの話だが。
しかも、執拗な嫌がらせをしてくるこの呪いは、何度も経験しているアリシアの保証付き。守り続けるのは至難の業だと断言できる。
(……ああ、駄目、今ここで勝利の笑みを浮かべては。耐えるのよ……ルイス様、ご覚悟を。私はその賭けごとに勝ち、これ以上ないくらい貴方を突き放します。結婚するまで、知られる訳にはいかないから。いいえ、違うわね。きっと結婚は家族に阻まれるでしょうから、それまでは……えっ?)
目の前のルイスは目を瞬かせている。アリシアはこの勝負を引き受けるなど、微塵も考えていなかったような顔だ。
(――どうしてそのような顔を? いえ、きっとルイス様はまたあれから成長されたのだわ)
アリシアにはその御心を知る術はないが、あまり考え過ぎないように努めた。それから諸々の気持ちを悟られないように、アリシアは表情筋を引き締める。
「……引き受けてくれて感謝する。しかし私は諦めの悪い男だ。意地でも貴女を守るだろう」
「制服が汚れないように、ですか?」
「いやそれもあるが……それだけじゃない」
「ふふ、結果が楽しみですね」
そうして勝負は始まった。
タイトルを近々変更させてください。




