18 兆し
ルイス視点です。短編部分を少し改稿しています。
入学日からみ月ほど経ったある日のこと。
受難の日々を過ごしているアリシアとは違い、ルイスは絶えず周りに人がいる生活をしていた。
ルイスは今、学院内の薔薇庭園にいる。
常に何かしらの注目を浴びているルイスは、その視線を気にも留めずにローズ・マインベルク伯爵令嬢と並び、ベンチに腰かけていた。眉目秀麗なのは幼少期から変わらないが、そこに少し大人の魅力が足されている。思慮深く温厚な性格とその美貌は周りを魅了し、生徒たちの間で人気者になっていた。
隣に座るローズ伯爵令嬢は淡い水色のゆるふわ髪で、薔薇のように華がある女性だ。どこにいてもその煌びやかな容姿は目立ち、ローズのファンクラブまであるとまで言われている。
その2人が並んで座っているだけで、とても絵になった。
「ルイス様、先日アリシア様とお話しましたわ。そうしたら突然アリシア様が私に水魔法で悪戯を……。制服が濡れてしまったため、授業に遅れてしまいました」
ローズは俯き今にも泣きだしそうな表情を浮かべながら話し始めたが、ルイスはそれに対する返答にずいぶん時間をかけた。
「……アリシアが? それは本当か?」
「ええ、他にも婚約者としての立場を利用して色々な悪戯をしてきます。私が悲しむ姿を見て薄笑いすることも……」
「にわかには信じられないが……。アリシアにも話を聞いて判断するとしよう」
「ありがとうございます。差し出がましいことを言いますが、アリシア様は婚約者としてルイス様に相応しいとは思えません。嘘だと思うなら一度調べてください。きっと証拠が出てきますわ」
ルイスが次の言葉を発する前に、ローズはさめざめと泣き始めた。
ローズは溢れてくる涙を自分の小さな手でそっと拭うが、涙は止まらない。ぎゅっと奥底へ押し込んでいた気持ちが溢れ出てしまったのだろうか。はしたない姿を晒してしまったことに戸惑いながらも、助けて欲しいと縋るような瞳でルイスを見た。
青い薔薇のように美しいローズの眼からまた一つ、涙がはらりと落ちた。
ふぅ、とルイスは短く息を吐くと、ローズにハンカチをそっと差し出す。そのハンカチは王太子が持つ物にしては素朴で、不釣り合いな刺しゅうが入っている。受け取ろうとしたローズの手が少しだけ止まった。
「あ……りがとうございます……。お優しいですね。あの時も泣き虫だった私を助けてくださいました」
「マインベルク伯爵には世話になっているからな。ついでだ」
「ふふ、ルイス様らしい」
泣き腫らした目だけでなく、ローズは頬も赤く染めた。肩が触れ合いそうなほど近くに座っているが、ローズはその距離をも縮めてルイスに寄りかかる。ローズの長いゆるふわな髪が風に踊り、ルイスの肩に触れた。
ふわりと薔薇と香水の匂いがルイスの鼻を掠める。ローズが付けている薔薇の香水は、薔薇庭園のどの薔薇よりも甘くて、一番よく香っていた。
そんな2人の姿を遠くから見ていた生徒は意外に多い。
薔薇庭園は、学院内の人気スポットだった。薔薇を一望できるティータイム席はいつもより話が弾み、紅茶がより美味しく感じられると評判がいい。広大な薔薇庭園の小道は整備されていて、散歩を楽しめる工夫がされている。男女の仲を深めるデートスポットだけでなく、小さな社交場として生徒たちには欠かせない場所になっていた。
そのような場所で寄り添うルイスとローズを通りがてら見ていた生徒たちは、ほぅっと見惚れた様子を見せながら、2人の関係を好き勝手に囁いている。もちろんルイスに婚約者がいることは周知の事実。それを知った上で泥沼の展開を頭の中で思い描いているのか、その表情は揃いも揃って嬉しそうだった。
それ以外にも、隠れた視線を寄越す覗き者もいる。禁欲的な伝統校と言えど、所詮はこの程度で取り締まりも甘い。噂好きで、他貴族を蹴落とす材料とその秘め事の話に花を咲かせたがる貴族の習性までは、手が回らないのだ。
ルイスの手にポツンと一粒。続いて二粒、三粒と数を増やし、雨がしとしと降り始める。異変を感じたルイスが空を見上げた。
「ローズ、これはキミの魔法か?」
「すみませんルイス様。悲しくて泣いてしまったせいで感情が不安定に……。魔法のコントロールが上手くできませんでした」
「……そうか」
ルイスは指をパチンと鳴らして雨を止めた。天候に干渉する魔法を使い、雨雲に隠れていた陽の光を呼び戻す。
「……まぁ、素敵! 私を慰めているようだわ」
滅多に見られない白い虹と雨に濡れた薔薇。その色彩は美しく、誰もが空を見上げて感動に胸を震わせる中、ルイスだけはその綺麗な景色を睨んでいた。




