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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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17 ファウスト王立学院とぼっち公女


 ファウスト王立学院は、王族や上位貴族(伯爵家・侯爵家・公爵家)が通う伝統ある特権学院である。


 学院に通う間は王家も貴族も序列に基づく区別はされるが、「等しく生徒である」という認識を示している全寮制の学院だ。2年間、生徒たちは基礎知識や魔法学を勉強し、また社交性や礼儀作法を身に付ける。恥ずかしくない貴族として王国に貢献するために。



「今日、またアリシア様が倒れたそうよ」

「……まぁ、そそっかしいですわね」

「いえ、虚弱体質でよく貧血になるみたい……。あ、でも、このことはお父様に口止めされているから、内密にお願いしますわね」

「まぁそうですの。それにしても、病弱な婚約者を持つとルイス様も大変ね」

「それが理由で2人は仲が悪いのかしら……」

「それはあまりに短絡的な考えだと思いますわ」

「う~ん。でも、お2人が話をしている姿を見たことがないのも、事実ですわよ?」


 学院内の薔薇庭園ガーデンでは、今日もこんな噂が飛び交っている。


 ルイスと王城で会った日から半年が経ち、アリシアは無事、学院の生徒になった。王太子の婚約者として注目を浴びながらもできるだけ目立たないように、アリシアはひっそりと生活している。入学してからひと月は経つが、まだ、ルイスと話はしていない。


 クラスが違うのもあるが、半年前に伝えたアリシアの言葉を額縁通りに受け取り、ルイスがそれを忠実に守ってくれているからだろう。今のところ、遠目に見た豆粒ほどのルイスしかアリシアは確認できていない。ルイスに至っては、目の端にもアリシアを映していないようだった。


 ありがたいことに、アリシアはそのくらい接点のない生活を送れていたのである。


 話しかけてくる生徒はいたが、アリシアはその度に「体調が悪くて」と言い訳してその場を去った。それでも親切心や下心を持って接してくる生徒には、「大丈夫だから、気にしないで」ときっぱり断りを入れる。それを繰り返していると誰も話しかけて来なくなったが、その代わりひそひそと好き勝手な噂が流れるようになった。


 当然、その間もそれ以外にも常々アリシアの周りではハプニングが起こっている。


 授業中やテスト中でもお構いなしに起こるが、学院の先生方の手助けもあり、アリシアは個別授業、個別テストや補習という形で対応してもらっていた。そのおかげで秘密はまだ誰にもバレていない。


 ()()()()()()()()()()()()()は――――。




 木陰にハンカチ一枚を敷いただけの所に座りながら、アリシアは心の奥底から深い溜め息を吐いた。


(呪いのことをどうやって知ったのかは分からないけれど、セバスディのおかげで何とか学園生活を送れているわ。それに、セバスディは私の秘密を殿下に告げ口する気はなさそうだった。でも……)


 先生たちはいずれも王国側が雇った人間で、口が堅く信頼の置ける人物だった。セバスディから事情を聞いた彼らはアリシアを気遣い、手助けやフォローをしてくれたのだ。セバスディの手配がなかったら、アリシアの評判は地の底まで落ちたに違いない。


 それでも全ての不安が払拭された訳ではなかった。


 手に持っているサンドイッチを見ながら暫くは懊悩おうのうしていたが、小振りな口をできるだけ大きく開けると、アリシアはサンドイッチを食べ始めた。綺麗な断面から零れ落ちそうな具がさらに食欲をそそり、もう2口3口と頬張ってしまう。


「んん、このサンドイッチ、お野菜がシャキシャキで美味しい……。燻製ベーコンの香りも相まって最高だわ。こっちのフルーツサンドも、見ているだけで幸せになるわね」


 あまりの美味しさに、いや、寂しさに、アリシアはつい独り言が多くなった。周りの景色は鬱蒼とした木々ばかり。アリシアは今、最も人目に付きにくい場所で食事をしているのだ。


 ファウスト王立学院の広い敷地内には、校舎の他に薔薇庭園ガーデンや広場、森、寄宿舎、研究施設、ショップ、カフェテリア、競技場、闘技場、舞踏会場など、様々な施設がある。その中でも「森」は何かを隠すには最適の場所。


 先ほどショップで買ったサンドイッチを持って、アリシアは自身を隠すために森へと逃げ込んだ。アリシアには「次のハプニングが降りかかる前に、常に先々のことを考えて行動する」癖が身に付いている。またそのハプニングを上手く利用して誤魔化す技術や対処法も、日々磨いてきた。


「そう言えば、今日の魔法学の授業で良いことを聞いたわ。感情が不安定になると、魔法のコントロールができなくなる場合もあると。周りに影響を及ぼすのはハプニングと同じね……。言い訳に使えるかも……ああっ!!」


 楽しみに取っておいた燻製ベーコンが、突如現れた森の凶鳥に奪われる。森の凶鳥とは黒い鳥のことで、人間を襲うことはないが、人間の持ち物や食べ物を奪う迷惑な鳥のことだ。


「凶鳥の縄張りから離れていたはずなのに……。これもハプニング?」


 がくっと肩を落とすアリシアだったが、それ以上の悲愴感が襲っていた。まだ入学したばかりだが、この2年間を充実させるためにも今この時期の行動はとても大切なのだ。将来に繋がる勉強や人脈作りはもう始まっている。


 社交界に出たことがないアリシアにとって、この学院生活は唯一人脈作りができる場だった。勉強も大切だが、将来が全く見えないアリシアにはどんな手も打っておきたい。しかし呪いのせいで全てが思い通りにいかなかった。


「……はぁ、私はきっと寂しいんだわ。この呪いのせいで誰とも分かち合えないから。ベーコンを奪われた悲しみと怒りを誰かと共有することもできないなんて……」


 気付かないようにしていても、ふとした瞬間に思い知る。この呪いが自分と他者を分断してしまっていることを。


 冷たい風がアリシアの心に吹き続けていたが、あと2年もこのまま過ごさなくてはいけないと思うと、卒倒しそうだった。城館にいた頃は独りでも平気だったことも、学院ではこんなにも寂しい。それはきっと、この群衆の中で自分だけが取り残された気になるからに他ならない。


 好き勝手な噂を流されたとしても、せめてじっくり彼らと話ができていれば、まだ今の現状より良かったかもしれない。孤独を味わうこともなかった。

 

 アリシアは目尻に涙を溜める。


「……それでもこの呪いを自分のミスで他人に知られるのは、嫌。殿下に知られるのは、もっと嫌。私があの人たちに抗えることはそれだけだから……」


 轟々と木々がそよぎ涙を揺らしたが、アリシアは拭う事なく食事を続けた。

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