少年の探しもの 中編
翌日の配達途中、リリアは大通りを俯きがちに歩くコニーを見かけた。人にぶつかりそうになって慌てて謝り、また下を向く。何かを探しているようだ。
「こんにちは。コニー」
コニーははじかれたようにこちらを見た。一瞬泣き出しそうにも見えたその顔は、すぐにぶすっとした顔に変わってしまう。
「何か探してるなら、手伝いますよ」
「いい。なんでもない」
「えっと、お兄さんは……」
「兄ちゃんには言うな」
鋭い声に、リリアはたじろいだ。
「けど、心配しますよ?」
「俺は道を覚えるのが得意だって兄ちゃんも知ってるし、ちゃんと言ってきたから大丈夫」
「……」
昨日の様子ではあまり大丈夫とは思えないが、彼の必死な様子に、リリアは決めた。
「わかりました。じゃあ私と一緒に探しましょう。一人より二人のほうが見つかるでしょうし、私はこの町に詳しいのでお役に立てると思いますよ」
リリアの真剣な顔を見て、コニーは黙った。そしてしばらく唇を噛んで俯いたのち、ボソリと呟いた。
「……くま」
「くま?」
「兄ちゃんが初めて作ってくれたんだ。俺が絵を描いて、兄ちゃんが作った。一緒に連れてきたのに、今朝見てみたら無くて、それで……」
リリアはその震える肩に手を添えた。動揺する自分の心も落ち着かせるように、穏やかな口調を心がける。
「大事なものなんですね。くまっていうと、お人形ですか?」
「これくらいで、木でできてる」
コニーは頷き、その手の平に乗るくらいの大きさを示した。とても小さな人形のようだ。
「どこまで持っていたか、わかりますか?」
「かばんの奥に入れてあったんだ。だから、どこにも落ちるはずがないのに、かばんひっくり返してもどこにもないんだ……」
「それで探しに来たんですね。何か思い出すかもしれないし、馬車を降りたところから歩いてみましょうか」
馬車を降りた場所まで行き、昨日通ったであろう道を二人でたどる。
「どうですか?」
「……」
「この道から大通りに出たんですね?」
下を向いたまま、コニーは頷いた。
「おお、リリアちゃん。いつもごくろうさま」
商店が並ぶ大通りでは、様々な人が声をかけてくれる。
「こんにちは!あ、今日はお手紙がありますよ。はい、どうぞ」
「あら、リリアちゃん、こんにちは。その子は?見ない顔だね」
「こんにちは!はい、昨日この町に遊びに来た子なんです。あの、このくらいの大きさの、木でできた人形を探してるんですけど、どこかで見ませんでしたか?」
会う人会う人に聞いてみるが、なかなか目撃者は見つからない。昨日出会った場所まで戻ってくると、コニーが口を開いた。
「もういいよ。一人で探す」
「え?でも……」
「仕事あるんだろ。もう一回かばん見てくる」
そう言って突然走り出したコニーを、リリアは慌てて追いかける。体力には自信がある方のリリアだったが、人通りも多いため、コニーはあっという間に見えなくなってしまった。
「は、早い……」
かばんを抱きかかえるようにして息を整えていると、後ろから声がした。
「おや、リリアちゃん。こんにちは」
振り返ると、背の高い人影。気がつけば仕立て屋の前だった。
「キーファーさん、こんにちは……」
「どうしたんだい?息を切らして」
「あの、ちょっと……あ、お手紙預かってます」
「ご苦労様。ありがとう。あ、少し寄っていかないかい?お茶でもいれるよ」
「あ、いえ、今日は……」
「妻がね、渡したいものがあるらしいんだ」
少し困ったようなキーファーの笑みに、リリアは折れた。
「……では、少しだけ」
「リリアちゃんを連れてきたよ」
キーファーの声に、奥からミネタがパタパタと走って出てきた。
「リリアちゃん!こんにちは。来てくれて嬉しいわ。あのね、昨日完成したのだけど、こんな帽子はどうかと思って……もうじき暖かくなってしまうけれど、次の冬にでもどうかしら」
「わあ、素敵ですね」
手袋と同じ色の毛糸でできた赤い帽子は、リリアにぴったりだった。
「耳まであったかいですね!」
「うふふ、リリアちゃんを見ていると色々作りたくなっちゃって。あまり気にしないで受け取ってくれると嬉しいわ。私の趣味だから」
ミネタの優しい笑顔につられて、リリアも微笑む。
「とても嬉しいです。ありがとうございます。……あの、お二人とも、これくらいの大きさの、木でできたくまの人形を見ませんでしたか?」
「くま?さあ……見ないわね。どこかで落としてしまったの?」
首を傾げる二人を見て、リリアは肩を落とした。
「はい。知り合いのとても大切なものなんですけど、かばんに入れておいたのに、かばんをひっくり返してもないみたいで……」
「あら。それは大変ね。わかるわ。そういう時って、案外入れたつもりがないところに入っていたりするのよね」
「入れたつもりのないところ……」
「そう。全く覚えのないところから出てくるなんてこと、昔あったわ」
「昔ね」
キーファーが苦笑いで言うのを目の端に捉えつつ、リリアの体は既に動き出していた。
「なるほど……。私、もう行きますね!」
「早く見つかるといいわね」
「探してみるよ」
「ありがとうございます!帽子、大事にします!」
夫婦に手を振り、リリアは走った。
くまのパン屋に着くと、扉には閉店中の札がかかっていた。
「帰ってない……」
バナードはコニーがいないことに気がついて、探しに行ってしまったに違いない。そしてコニーも帰っていない。
探してみるか、待ってみるかと悩んだリリアの耳に、足音が聞こえた。見ると、坂の上からバナードが走って来る。
「バナードさん!」
「リリアさん、コニーがいなくなった。今大通りの方に出て見たけど、いなくて……今日に限って精霊は何も言わないし……」
息を切らせ、動転しているバナードに、リリアは罪悪感を覚える。言うべきだろうか。でも。
何かに呼ばれた気がして少し視線をずらすと、窓から覗く白うさぎが目に入った。手前の緑の窓枠の上には、木でできた小さな人形。リリアは目を見開いた。くまだ。愛嬌のある顔をした、くまの人形だった。
バナードは額に手を当てて俯いている。リリアはごくりと喉を鳴らし、ゆっくりと動き始めた。
「バナードさん、私も探して来ます。もしコニーが帰ってきてお店が閉まってると入れないので、バナードさんは少し待っていてくれませんか?」
こちらを向いたバナードの表情は、目元が見えなくても困り切っているのがわかる。リリアは力強く頷いた。
「大丈夫ですよ、この町はみんないい人です。子どもが一人で歩いていたら放っておきません!それに、精霊さんもいるんですから。すぐ戻ります!」
そしてそっとくまを手に取ると、再び走り出した。きっと居場所はすぐにわかるはずだ。
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後編は20時に更新します。