少年の探しもの 後編
手当たり次第にコニーの行方を聞いて回るうちに、リリアは初めに来た場所にたどり着いた。馬車はなく、人影はまばらだ。
コニーは積み重なった荷物の隙間で、膝を抱えていた。
「コニー?」
コニーはびくりと肩を振るわせた。リリアの顔を見ると、ふいとそっぽを向く。
「見つかりましたよ!これですよね?」
ぶんと音がしそうな勢いで顔をこちらに向け、コニーは差し出されたくまを見て目を丸くした。大切そうに受け取ったその目が徐々に潤むのに気がついてしまい、リリアは慌てて隣に座る。
「このくまさん……実は、くまのパン屋の窓枠に置いてありまして」
「窓枠?」
わけがわからないといった顔のコニー。涙も引っ込んだようだ。
「ふふ、私もびっくりしました。もしかして、どこかでかばんから出して、違うところに入れたんじゃないですか?」
コニーはあっと声を上げた。
「馬車降りて、住所の紙を出そうとして……一緒に出したんだ。それで、ポケットに」
「なるほど」
リリアは、知らない町に一人、お守り代わりのくまを握りしめる少年を思い浮かべた。
「私の想像ですけど、ポケットに入っていたくまさんは、くまのパン屋の辺りで落ちてしまった。それを、親切な人が拾って、窓枠に置いてくれたんだと思いますよ」
コニーはくまを優しく撫でた。
「……よかった」
「はい」
「ありがとう」
呟くような声に、リリアは少しおどけて言った。
「この町は親切な人がたくさんいるんですよ。探しものなんてすぐ見つかるんです」
コニーは口を尖らせる。
「なんでいばってるの?俺の村だっていいやつばっかりだし。……ところで、あんた年上なのに何で敬語なの?」
「え?いや、働き始めてから年上の方と接することが多かったので、つい……」
「気持ち悪いからやめろよな」
「は……う、うん、わかった」
「じゃあ帰るか。兄ちゃん心配だしな」
心配をかけているのはどちらだか。思わず笑ってしまいそうになったリリアだったが、さっさと立ち上がって歩き出したコニーに慌ててついていく。
「兄ちゃんはさ。家族と親方以外の人とは、話したりしなかったんだ。ちゃんと覚えてないけど、昔はそんなことなくて、普通に村で暮らしてたと思う」
「うん」
「パンの修行してるとき、年に一回ぐらいは家族で会いに行ってさ。そんときはうれしそうによくしゃべってくれて、パンとか料理作ってくれたんだ」
「それはうれしかったでしょうね」
「なのに一人で店始めたって言うし。店やるのに誰ともしゃべらないとか無理だろ?だから見に行かなきゃと思ってさ。そしたら」
コニーは不満そうな顔でリリアを見た。
「あんたにあんな顔で笑ってて、なんか楽しそうでさ。お客さんともちゃんと話してて。心配して損したじゃん」
「……」
リリアは胸が詰まった。このお兄さん想いな少年を抱きしめたくなったが、それは自分の役目ではない。
「……優しいね」
嫌そうに眉を寄せるコニーに、リリアはまた笑いそうになった。
店の扉にはまだ閉店中の札が掛かっていた。
ドアベルの音がするなり、バナードは飛んできた。
「バナードさん、コニーいました、よ」
リリアが言い終える前に、コニーはバナードに押しつぶされんばかりに抱きしめられていた。
「兄ちゃんちょっと、俺もう10歳だから!もうすぐ11!」
「そうだな。でも、心配した」
コニーはもがくのをやめて、小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
「うん」
その様子を微笑ましく見ていたリリアだったが、配達の残りもある。二人だけで話すこともあるだろう。
「では、私は配達に戻りますね」
「あ、リリアさん!」
扉を開けようとしたリリアの手に、バナードの手が重なった。
「ありがとう。本当に」
手はすぐに離れていったが、背中が触れそうな距離にどきりとする。振り返ると、バナードは優しい笑みだった。リリアもほっと笑い返す。
「町の人たちが教えてくれたんですよ」
「さすがリリアさんだね。あの、もしお昼がまだだったら、何か食べていかない?」
「いえ、今日はまだ仕事が残ってますし」
「そっか……じゃあ、ちょっと待ってて」
言うと、バナードは奥から紙包みを持ってきた。
「これ、よかったら。仕事中なのに、ごめんね」
「ありがとうございます」
ほんのり暖かい包みからは、甘い匂いがした。体中に力が満ちていくような。
「いい匂い……!」
「ジャム入りの揚げパンだよ。さっき揚げたんだ。食べる時、粉砂糖に気をつけて」
悪戯っぽく言ったバナードに、リリアも笑う。
「ふふ、粉砂糖、気をつけます。すごくうれしいです!あとでいただきますね!じゃあまた明日。コニーもまたね」
手を振ると、コニーも渋々と言った様子で振り返してくれた。
* * *
リリアが出て行くのを見送ってから、コニーはバナードを見上げてぎょっとした。先ほどまで笑った顔をしていたのに、今は暗い表情で俯いている。
「兄ちゃん、どうしたの?」
「コニー、いつの間にリリアさんと仲良くなったんだ?」
「いや、そんなに仲良くないけど」
「またねって言ってた。しかも、コニーって呼んでたじゃないか。俺にはいつもさん付けだし、敬語だ……」
「えー……」
コニーは見たことのない兄の姿に戸惑った。兄が彼女のことを想っていることは薄々わかっていたが、恋というものは人をちょっと面倒な奴にするのだろうか。
バナードはいつも優しかった。
どんなことをしても笑って許してくれたし、何かできるようになる度にうれしそうに褒めてくれた。いつもきちんと向き合って話を聞いてくれた。
精霊の話をしてくれるのも好きだ。姿は見えなくても、いつも周りにいてくれる彼らの話はわくわくしたし、心強く思った。
母に似た自分と違って背が高く、男らしく整った顔の兄はコニーの憧れの存在だ。
突然村を出てパン屋になると聞いた時は驚いたし、かなり泣いた。たまに会いに行くといつも通り優しい兄だったが、何故かひげもじゃになっていたし、何かに怯えるかのように他人と距離をとる様子に違和感を感じていた。
それが、これだ。
目の前でため息をついている兄は、この町ではまるで霧が晴れたかのように生き生きと表情豊かだ。少し豊か過ぎるかもしれない。
「あー……敬語なのは、年上の人といることが多いからつい……って言ってたよ」
コニーは兄のことがずっとずっと大好きだ。とても尊敬している。少々情け無かろうと、恋にうつつを抜かしていようと。
「いいなあ、年下」
「……」
やっぱりちょっと面倒だなと思ったコニーは、黙ってくまをかばんにしまいに行った。
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