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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
一章 ターン Where is my outlet ?
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7話「してるんだよ」

 泪は逃げ去り、俺は420円払って、喫茶店を出て、途中缶コーヒーを買った後、その足で船に乗り鳥羽駅前に向かう。


 遠くに行った人間に会う方法は二つある。迎えに行くか、帰るのを待つかだ。


 彼の最後の弾き語りは駅前だった。それは最後で、そんな重要な岐路を適当な場所にするとは考えにくい。思い入れの深い場所か、普段からの馴染みの場所と考えるのが自然だ。


 狭い島内は泪が調べ尽くした後だから、今泉ではなく彼氏の足跡を辿るのは理に適う。


 だが今泉千秋の行動原理はそれだけじゃない。


 ダメな彼氏同様、奴もテスト期間中に釣りをするというダメな一面がある。異世界自体に多少の憧れを抱いていても不思議はない。慣れているはずだ。


 ……大きな事件でなくとも、事件を起こしている可能性がある。一応ニュースを調べるが、三面記事にもこの辺りでの騒ぎは載っていない。残るは地道に人に訊いて足跡を追うか。



「あー、知ってるぜ」


 顔写真を見せて一人目で早速ビンゴだった。スピーディーで助かるよ。


 ランドセルを背負った帰り道の小学生は、彼女には迷惑してると語る。


「で、何してるんだ?」


「世界征服と奴隷集めだよ。圧政を敷いてる。暴君なんだ。女子高生のくせに小学生相手に威張り散らして、お山の大将を気取ってる。史上稀に見る独裁者だよ」


「………………」


「かく言うオレも奴隷だ。逆らえない。家のお菓子を持ってくるよう命令されてるし、他の奴らは強制的に武器集めをさせられてる」


 奴隷に武器に、世界征服? そういうのは異世界に行ってから……あぁ、それを止めに来たんだった。


 そうして連れて行かれた先は、この近辺じゃ唯一24時間営業対応型の、ネットカフェ。


 正直、少しホッとした。援交とかされてたら、実際困った。


 ひとまず泪に超特急で来るよう伝え、一番短いコースで中に入る。


 少年は先に用事を済ませると、俺を待機させシャツの襟を正し、王室へと突撃をかます。


「お姉さま! 言いつけ通りポッキー持ってきました!」


「ん、ありがと。もう帰っていいよ」


「はい!」


 いい返事だ。ネカフェにはもったいない。彼は逃げるように全力疾走で直帰した。


 キィと扉を開ける。そこには確かに今泉がいた。


「……おい、おい」


 しかし、彼女は俺の呼びかけに応えない。そもそも聞こえていないのだろう。


 ソファに持たれ掛かり冷房に耐えうるよう長袖のパーカー、ヘッドホンを完全着用して外部を完全シャットアウト。ブルーライト遮断型のフレーム眼鏡、普段はコンタクトらしい。


 そして彼女の視線の先には、ファンタジー世界のゲーム画面。


「……おいおい」


 ……ネカフェに引きこもってネトゲ廃人謳歌してやがる。


 とりあえず装着しているヘッドホンを剥ぎ取る。彼女はヒキニートみたくビクリとした。


「だから用があるときはチャットで話してって何度も……」


「探したぞ、今泉。帰るぞ」


 今泉は俺を見て口をパクパクさせ言葉に詰まる。


 小さく二度首を振って、俺から目を背けコントローラーを握り、ゲーム画面に目を向ける。


「帰らない。ダメ人間になるまで、ずっとここでゲームやるから」


 もう既に立派なダメ人間だよと言いたくなったが、グッと堪え言葉を選ぶ。その間に彼女の現状をじっくりと観察する。


 綺麗な栗毛がぱさついてる。シャワーしか浴びれず服もロクに着替えていないみたいだ。元々丸顔だが、お菓子食べてゲームばかりしているからだろう、軽く張っている。その上、小学生を奴隷同然に扱き使うって、これは……


「もう充分ダメ人間だろ」


 いや、言わざるを得ないだろ。こりゃダメだって。せっかくの美人が台無しだ。


「……じゃあ、もう異世界、行けるかな」


「泪が心配してたぞ」


「深見くんは?」


「多少はな」


「深見くんなら分かってくれるよね。異世界がどれだけ素晴らしいところか」


 それは凄く分かるが、悪いが今の俺は頷けないんだ。複雑な立ち位置なんだよ。


「共感はできないな。俺にはちっとも分からねぇ」


 だが、まぁ。分からないところだってある。


「俺には、お前の視野の狭さが分からねえよ」


「……なにそれ」


「彼氏が異世界行ったんなら、帰るのを待てばいい。ネカフェで廃人になる必要はないだろ。会いたいのは分かるけどさ。今生の別れってわけでもないんだし」


 どいつもこいつも、大したことでもないのに、深刻に考えすぎる。希望的観測って言葉を知ったほうがいい。別にそれが間違ってても、今を過ごすきっかけ程度にはなるんだから。



 ――俺は本当に、このときまでは本当に、気付いていなかったんだ。



 思考の材料は散らばっていたのに、それが導き出す妥当な結論を、思いもしなかった。


 今泉はパソコンから目を逸らし、けれど俺を見るでもなく、虚ろに喋る。


「……深見くんは、異世界転生についてどれくらい知ってるの?」


「お前から聞いたのが全部だよ。どうやって行くかも、どんなところかも分からない。信憑性皆無で、でもあることだけはみんな知ってる。とにかくよく分からんところ……」



 ――――分からない?



 自分で喋り終えて気付く。変だ。


 そこがあって、行く奴がいるのなら、分かるはずだ。


 けれど異世界がどんな姿をしているか、誰一人として知らない。誰一人も?


 その事実が示す結論なんてのは、とどのつまり、二つに一つ。


 そもそも異世界なんてフィクションは存在しないか。


 あるいは……



「異世界はね、行けば二度と帰って来れないの。だからあたしから、会いに行くの」



 ……確かに、異世界転生はあるのだろう。信じるではなく、誰もがあると知るのだろう。


 泪があれだけ慌てふためいた理由が分かった気がする。


 よくよく思い返せば話すなと言われた気もするが、そりゃ少し酷なもんだ。


 なぜって、イライラする。


「帰るぞ。俺以外みんな心配してる」


「嫌です。帰りません。深見くんは嘘吐きです。本当は誰もあたしの心配なんてしてません」


「してるんだよ!」


 デカい声で叫ぶ。あぁ、言いたいことがぐちゃぐちゃだぁ。


 全部言え。


「俺は異世界転生なんて、馬鹿しか信じてねえくだらない戯言だって知ってるけどな、他の奴らはみんな馬鹿ばっかりなんだよ! うんざりする! お前も馬鹿だ、馬鹿が過ぎる! 泪がどれだけ必死こいて走り回ってお前のこと探してるのかも知らねえで、振られて現実逃避にゲームして、今度は異世界転生だ? 寝言は休み休み言え!」


「お、お客様。他のお客様のご迷惑になりますのでお静かに……」


「うるせえ! 黙ってろ!」


 無論うるさいのは俺の方だが、正常な判断能力はない。置いてきた。


 脳内をフル回転させて恋愛論に関する名言を総動員する。よし、シェイクスピアだ!


「悲劇のヒロイン気取ってんじゃねえぞ! 滑稽だ。溜息吐いて涙流しても、恋の一言でまとめりゃ全部、全部終わりには嘲笑しか起きねぇんだよ!」


「なら分かるでしょ! 恋は盲目なの。真実の愛は茨の道で、滅びるものだって!」


 こ、この女……シェイクスピアを深いところまでご存知でいやがる!


「恋なんて追っても逃げるもんなんだよ!」


「追わなかったら逃げていくだけじゃない!」


「求めずに得られる恋の方が尊いんだよ!」


「事情が変わって心移るような愛なんて、そんなの本当の愛じゃない!」


「恋愛だけが本当の愛かよ。お前は、大切な人を置いて消えるのか? 自分を心配してくれる、大切にしてくれる人のことも考えないで。それくらい分かれよ馬鹿野郎!」


 言えた。俺が一番言いたかったことを叫ぶと、彼女は感極まったように目を潤ませる。


「分かってる! 分かってるわよ!」


「分かってねえよ。だったらなんで」


「じゃあなんで!? なんでヒロ君はあたしを置いて行っちゃったの!?」


 涙。ふいに零れ落ちた涙に、俺はようやく、問題の本質を理解する。


 それはきっと、彼女が最も言い難く、そして一番言いたかった言葉なのだろう。


 言葉に詰まった俺の横を、今泉は潜り抜け去っていく。


 女の泣き顔には弱い。何も言えず、追うべき言葉も見当たらず、深く溜息をこぼす。

 

 ざわめく小学生と店内、俺はソファにどさりと座り込み、彼女のやっていたオンラインゲームの画面をぼんやりと見つめる。


 レベル、67。


 その数字が高いのか低いのか、どれだけの意味を持つのか、俺にはよく分からなかった。


 他人の気持ちを分かった気になるのは嫌だった。推し量られるのも、簡単で単純な短い言葉に括られるのも嫌いだ。だから、この数字は単なるゲームのレベルにしか見えない。


 俺に分かるのは、そんな無意味なゲームを、消せない自分がいることだけだった。


 しばらくしないうちに、バーン! と大きな音を響き鳴らし、扉が勢いよく開く。


「千秋は!?」


「……さっき出てった。近くにいると思う」


「…………なに話したの」


「場所変えようぜ。ちょっと迷惑かけすぎた」


 少しだけでいい、落ち着く時間が欲しい。


 会計を済ませようと受付に向かい店員にさっきはすみませんと謝罪すると、店員はなぜか「先程の女性とは、ご知り合いですか?」と訊ねてくる。


「えぇ……そうですけど」


「そうですか、いやーよかった」


「何が?」


「こちら、フリーパック三日と、お連れの小学生四人、五時間パックの伝票でして」


「……何が?」


「いやーよかったよかった」

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