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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
二章 負け犬のくせになまいきだ (Make up for) lost time.
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15話「あたし風邪引いたことないから」

「……気分は?」


「……げー」


 そういうわけで夏休み初日、梅雨前線も吹っ飛ぶ勢いで今泉に連れられた俺は、泪と三人で駅前に来ていた。入道雲はくっきり分厚く伸び、真っ青な空が高く広がる。


 今泉をちらりと見る。その合った目のウィンクに、昨日言われたことを思い出す。



『嫌われてるから付き合ってもらえない。なら、好かれればいいんだよ』


『理屈は分かるけど、理由も分からないんだぞ』


『大丈夫です! あたしには分かります、分かっています』


『本当かよ……』


『ずばり、久しぶりの再会で素直になれないだけなのです。距離を詰めてじっくりと関係性を深めていけば、自ずと言いたいことも言えるはずだよ』


『言いたいことしか言ってないように思えるが』


『だから深見くんは鈍ちんなんだって。まぁ、あたしに任せてよ。二人の秘密だし、ね』



 今泉の言いたいことはよく分からないが、泪に嫌われている現状を打破することが問題の解決に至るというのは一理ある。千里の道も一歩から。コツコツ行くぜ!


「千秋、どういうこと?」


「えーと、ほら、夏休みじゃん。せっかくだしみんなで遊びたいなって」


 泪は納得半分に首を傾げ、もう半分の不満を自分に納得させるよう小さく言い聞かせる。


「みんな仕事があるし、暇なのは柊吾だけか……」


「そ、そう! 深見くんは暇でグズでナメクジみたいなダメ人間だから、退屈から救ってあげないと。異世界転生しちゃうよ!」


 咄嗟に出る言葉じゃねえぞ。


 ともあれディスカッションの結果、概ねのコンセンサスが取れたので、俺たちはトレインとバスを乗り継ぎ、遊ぶところのない孤島から、全国でも有数の絶叫マシンが揃う、桑名のアミューズメントパークへと向かう。


 滅多に見ない標高百メートルを越す建物にはしゃぐ女子高生を傍目に、高い物には目をくれない泪を注視する。よく分かんないけど、オーバーオールだったか、マリオみたいな服を着ている。ダサくて笑う。でも可愛い。なんか、化粧も可愛い。


 だが互いの距離は開いている。顔も見たくないとの宣言通り、一度たりとも目が合わない。


「そうだね……まずは肝試しにお化け屋敷でもどう?」


「お前ホラー無理じゃなかったか?」


「泣く自信はあるわ。二人で行ってきなよ」


「俺も無理だ。今泉、一人で行って来い」


「三人で来た意味とは!?」


 そう嘆き叫ぶも、今泉は何かを察した飼い猫の如くハッとし、やれやれと肩をすくめる。


「仕方ない! あたしは一人寂しくお化け屋敷を満喫してくるから、二人はそんな寂しくて泣きそうなあたしを慰められるよう、二人で仲良く待っててね!」


 そう言って、今泉はバビューンって擬音の調子に走り去る。


 その去り際、彼女はちらりとこちらを振り向き、下手くそなウィンクをかます。


 ――その仕草に、俺は昨日伝授された、高感度アップの秘訣を思い出す。


『その一! 女の子はちゃんと褒める!』


 そう、女の子は褒めると喜ぶのだ。ネットにも恋愛本にもそう書かれている。


 そこで俺はごく自然に、彼女の服装と化粧の可愛らしさを褒め称え煽てることにした。


「……泪」


「なに?」


「すごく……可愛いな。なんかこう……可愛いよ」


「は? キモいんだけど……喋らないでくれる? 黙っててもキモいのに」


 そして女の子は照れ屋なのだ。おそらくこれも照れ隠しの一環である。


 まだまだあるぜ、とっておきの秘訣がなぁ!


『その二! 女の子には優しく接する!』


 優しい態度で触れ合うことにより好感を抱くのは、女性のみならず全人類に共通した一般項であろう。彼女が人類であれば俺への好意は必然、避けがたいデスティニーといえる。


 ちょうど泪は暑くて汗をかいていた。ここでハンカチをそっと渡し、さらに気を利かせ冷たいジュースでも買ってこれば、リハビリさせてくださいと頼まれること間違いなしだ。


 喋るなと言われたので、俺は無言でポケットに手を入れる。当然ハンカチは持っていない。代わりになる物を探し、松田先生に押し付けられた小学生の答案用紙が見つかる。許せ健。


「これ、使えよ」


 俺はそっと42点を差し出す。彼女は無視してハンカチで汗を拭いた。


 ふと後ろを見ると、ベンチの陰に隠れる今泉を見つける。後で知ったことだが、奴もホラーへの抗体がない人種らしい。全滅じゃねえか。


「オレンジジュース買ってきてよ。ついでにチュロスも」


 先を越されても焦る必要はない。シミュレーションはバッチリだ。


『そしてその三! 押してダメなら引いてみろ!』


 考えてみれば、俺はひたすらに押し続けている。何度も彼女の家に押しかけ、いい加減彼女も飽き飽きしているはずだ。今のタイミングは世に浸透するこの名言に合致する。俺は、間違えていた。彼女は押して開くタイプの扉ではなく、引き戸だったのだ!


「嫌だね、自分で行けよ」


「……それもそうね。千秋の分も買ってこよ」


 俺の受けたレクチャーは以上だ。心なしか彼女が俺を見る目が冷ややかになった気もするが、夏の暑さを和らげるための優しさだと思おう。


 しかしなぜだろう。なぜ全てが順調なのに、俺は孤独なんだ。


 泪と入れ違いに今泉が帰ってきて、なぜか苛立ち混じりに唾を飛ばす。


「なにやってんの!? 全然高感度アップの気配漂わないんだけど!」


「そうか? 俺は忠実にお前の言ったことを実践できたつもりなんだが」


「誇るな! 鈍いとかいうレベルじゃないよ!」


 そうこう言い合ってるうちに泪がジュースとお菓子を両手に抱え戻ってきた。今泉にだけチュロスを渡し、今度はこれ行かない? とメリーゴーランドを指差す。


 それからいくつかアトラクションを満喫した。ジェットスキーにボブカート、シューティングライドにスウィングアラウンド――どれもこれも絶叫系とは程遠い。


 理由は単純だ。俺は知っている。泪は高いところが苦手で、煙となんちゃらの対角線上に位置しているということを。賢明な判断だ。


 そして俺自身も絶叫系から逃げ続ける現状をエンジョイしていた。理由? いやぁ。


 しかしただ一人、現状に不満を抱く分子がいた。いるはずだ。おい今泉!


 初心者用のコークスクリューに二人乗り、さり気なく聞いてみる。


「なぁ今泉」


 彼女は発進前にも関わらず、シートベルトを締める段階で早速悲鳴を上げていた。


「ひぃいい! な、なんでしょう?」


「お前遊園地を楽しんでないか?」


「うん、楽しいよ!」


「……なによりだ」


 やはり他人に期待してはいけないらしい。努力と期待は裏切られる傾向にある。


 乗り終え、膝をガクガク震わす今泉の肩を俺が持ち、泪は「高くなければジェットコースターも楽しめるものね」などとイキリほざく。


「……ねぇ、今なら行ける気しない?」


 そう言って泪はビッと指を鋭く突き出す。その指先の向こう側には、標高百メートル超えの、本遊園地看板ジェットコースター、通称「血塗れの龍」がそびえ立っていた。


 賢明じゃない判断だ。


「それとも怖い?」


「……下を見ても安心できないタイプなんだよ俺は」


「なら隣を見ながら乗ればいいわね」


「怖えよ! あんなの馬鹿しか乗らねぇんだよ! 助けてくれ今泉!!」


 しかし俺唯一の味方であるはずの今泉の膝と顔は小刻みに縦揺れしていた。


「……………………………………………………………………進もう」


 葛藤の間が、間が分かりやす過ぎるだろうが。


「正気か? お前、今でさえ死にかけなんだぞ?」


「毒皿だよ……それにね、あたし一つ気付いたことがあるんだ」


「気付いたこと?」


 膝の震えは次第に収まっていき、大きな深呼吸と共に今泉は新鮮な表情を取り戻す。


 そして張り詰めた自信を胸に抱いた風に、堂々と、


「あたし風邪引いたことないから、多分、高いところも大丈夫だと思う!」




「ギャーーーーーーーー! もうムリ! ムリムリムリのカタツムリ! 限界です!」


 今泉は発狂した。それも別に最高潮に達した時とかではなく、意を決して乗り込み、スマホに財布まで預け、後はレバーが降りてくるだけというタイミングで。


 係員の静止も振り切り、颯爽と出口コーナーへと脱兎する彼女の後ろ姿は、それはそれは、かくも人は憐れまれることが出来るんだなぁ、と風情さえ感じさせる。


 乗客一同に緊張が走るも、時既に遅くレバーの固定はがっちり完璧になされた後だった。


「…………」


「…………」


 さっきの馬鹿が友人だと悟られないよう、ざわめく後列にも互いに沈黙を貫く。


 動揺を隠しきれないスタッフの掛け声にコースターは無慈悲にも緩やかに動き出し、少しずつだが確実に、龍の背びれの最高地点へと向かい始める。


「ま、マジ無理だって。高えもん。高え。落ちたら死ぬぞ。落ちるんだぞ!? なぁ!?」


「無様ね。普段ニヒルぶってるあんたの悲鳴が心地いいわ」


「大魔王かてめぇはよぉ!」


「わっはっは。やっぱり自分より愚かな者を見下すのは安心するわ」


 極限の状況下、大抵の人間は互いに本性を剥き出しに殴り合うものである。


 そして俺たちは紛れもなく、大抵の人間だった。


「なーんだ、そんなに怖くないじゃん。ほら、人がゴミみたいな高……」


「……なぁ泪」


「………………言わないで」


「これ、いつまで上がるんだ?」


 けれど依然として、コースターはゆったりとした上昇を続けている。


 持ち手を交差し直し握りを強めるも、緊張の糸はいつまで経っても切れはしない。


「……あ、あ……あぁ!!」


 隣から悲鳴が聞こえる。次に間を置かず、年甲斐もなく泣き始める幼馴染の声がした。


「ぐす、ふぐぅ……なんでわたしこんなところにいるの? 早く家に帰らせてよぉ!!」


 彼女はどうも本当に命の危機に瀕すると、現状に怒りを感じるタイプの人間らしい。


「柊吾! このままじゃ落ちちゃうよ! 急いで安全装置を作動させて止めないと!」


「幼児退行して壊すなよ?」


 さっき嘘を吐いた。下を見ても安心しないと言ったが、今、すごく気が安らいでいる。




「あ」

「あ」




 だが彼女の願った通り、コースターは歩みを止めた。


 何が起こったのか、それともこれから何が起こるのか――ほんのちらっとだけ前を見る。


 前というか、下だった。泪も全てを理解したようで、俺達はそっと空を仰ぐことにした。


 入道雲はくっきり分厚く伸び、真っ青な空が高く広がる。広く高く、何もかもを包み受け止め

てくれそうな大空に向けて、俺は交差した腕を解き、両手を顔の前で固く握りしめる。


 そして久しぶりに、本当に何時ぶりかに、空高くの神様に祈った。


 どうか、僕だけでいいのでお家に帰らせてくださいと――――

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