14話「水泥棒ですよ、水泥棒!」
二度目も三度目も四度目の訪問も全て門前払い、俺の頭と物覚えと諦めが悪くなけりゃ五度目もなかっただろうが、それも撃沈。いい加減に手段を変えることを覚えるべきだ。
水泳部の方も至って平常運転。天才少年は俺の指示を完璧に無視して自己流メニューに没頭。俺の成果は精々、全員が泳げるようになり涼太以外のタイムを縮めることに成功した程度である。まだまだ一週間、外堀から埋める他ない。
そもそも彼は誰の助けも必要としていない。溺れていない人間に浮き輪を投げつけて笑われているのが現状だとすれば、俺が取りうる行動は二つに一つ。
プールサイドの監視員としてぼんやり眺めているか、足を引っ張って溺れさせるか。
そしてどうも、俺に課せられた仕事は後者らしい。水の中で火をつける仕事だ。
そりゃ馬鹿馬鹿しい戯言だと思う。ただ見てるだけで優勝してくれるなら文句はない。
ない、が、しかし。俺は割りかしマウンティングを取られるのが嫌いなタイプだった。
飼い犬は自分より上の立場と判断すると従順にお手をするが、下だと見るや否や吠え噛み勝手に散歩をし、権威をアピールする。奴は犬だ。
飼いならさなくては、俺の気が収まらない。
「――というわけで、プールが使えないんです」
「わん?」
「ですから、水泥棒ですよ、水泥棒!」
許されているのか不明だが、俺はその日、職員室で松田先生の溜まりに溜まった採点を手伝わされていた。プールが使えない? なんで? 水泥棒? なにが?
ともあれプールに向かい状況を確認する途中、松田先生から事件のあらましを聞く。
要はプールの水が抜かれたのだ。終業式の今朝、学校に来た用務員さんが異変に気付いた。事故が起こらないよう二重構造になっている排水口のバルブと内蓋が開かれていたそうだ。
「……これ、抜かれてるんですか?」
確かに水かさは減っていた。が、全部じゃない。綺麗サッパリじゃなく、水が抜かれたことは分かる程度に、適度に減っていた。水泥棒という字面から想像する、大胆なイメージからは少し外れている。拍子抜けだ。
「水が満杯になるのに二日ほどかかるそうです。衛生上の水質管理検査も入るので……それまでは……ど、どうしましょう?」
「幸い海がありますから、そこで練習しましょう。陸でのトレーニングもありますから」
「……ごめんなさいね。事件の究明にてんてこまいで、プリントも後回しになって」
あの量はそれ以前から溜め込んでただろうと言いたくなる気持ちを抑え、この不可解な日常系ミステリを考える。
…………いやー、分かんねえや。
「厳しくなった練習に嫌気が差して、ってのは考えられますかね」
「子供は疑いたくないですけどね。それと、もう一つ、変わったことがあって」
むしろこっちの問題の方が重大だと眠そうに瞼を擦り、松田先生は話し始める。
「ちょうど転校生が来たんです。だから、みんなその子が犯人だって騒いで」
「この時期にですか?」
「家庭の事情には首を突っ込まないのが、出来る教師の秘訣ですよ、秘訣!」
「出来る教師はあんなにプリント積み上げませんよ」
「バウバウ、バウ!」
「吠えてないで説明の続きをお願いします」
くぅーん……と唸った後先生は、深見さんも関係者ですからね、と事件の詳細を語る。
「おそらく大人の犯行なんです。正直深見さん、一番に怪しまれてますよ」
「大人? なんで」
「子供の筋力じゃ、二重構造のバルブと内蓋を引っこ抜けないんですよ。あるいは複数人ですけど、犯人は単独犯であるという証拠を残しているんです」
「なんですか?」
「水滴の足跡が一人分だったんです。相当杜撰で衝動的な犯行ですよ、犯行!」
バルブと内蓋にはネジ穴もなく分離は出来ないタイプで、合わせて50キロほど。確かに、水中であることも考慮すると、子供の単独犯はおろか、複数人でも難しいかもしれない。
「棒でも使えば外せるんじゃないですか、テコの原理で」
「道具を使えばそうなんですけど……だったら近隣から目撃情報があると思うんですよ」
だがそんな話は浮かばない。すると犯人は手ぶらに近い状況から水を抜いたことになる。
「そもそも水泳部員以外泳げませんからね。カナヅチには無理ですよぉ」
「で、転校生が不当にイジメられないよう大変だと」
「あー……それが」
松田先生は舌を苦そうに「ほんのちょっと変わった子でして」と言い添えて、
「自分が魔法で水を盗んだって言うんですよ。ほんの挨拶だって」
自供じゃねえか。犯人そいつだよ。はい、本格ミステリ、完。
「なら、いいじゃないですか。動機も方法も、自白に比べりゃ些細な問題ですよ」
「だから大変なんですよ。ちょっぴり変わった子で、こんな中途半端な時期に転校でしょ。注目を集めるためにわざと嘘を吐いてるかもしれなくて」
どんな転校生かは知らんが、一理ある。
「なんでもいいですよ。もう水を抜かれなきゃ」
「でもでも、気になりませんか? 真犯人がいたら、また繰り返すかも!」
「そういうのは先生方に任せますよ。最近特に、謎を解くのは苦手なんです」
一応プールサイドをグルリと確認するも、特に変わった物なんてない。冷水しか出ないシャワーに濡れたビート板、黄色のレーンとヘルパーに、練習用に持ってきたバックプレート。
「………………」
まぁ、俺の仕事はコーチである。大会直前にプールを駄目にされたのは痛手であり遺憾の意ではあるが、グダグダ言っても物事は前に進まない。
「――で、どんなところが変わった奴なんですか?」
「――我が名はアシュリー・クラン・フランベジュール・エラーブルド!! わっはっは、控えおろう愚民ども。我こそ異世界ラブドルガルドより来訪せし魔の眷属、妖の主にして神に選ばれし天才魔法少女である。ククク……わっはっは!」
「こういう感じの女の子です」
あぁ……こういう感じね。よく分かった。
その厨二病と呼ぶべきか、自称異世界人の女の子は、学校指定のスクール水着にまで【アシュリー】と書いてある大馬鹿野郎で、自分がアシュリーであることに一縷の疑念も抱いていないように思えた。むしろ退路を断つ意味でそうしたのであれば、やはり大馬鹿野郎だ。
そして――――
「――あたしの名は今泉千秋! 盟友の親愛なるフレンズであり、ヒロくんを失い破壊の限りを尽くす、哀しき愛の暴走列車なのだ。狭き牢獄に自ら洗脳を受ける現代社会の奴隷少年少女! どうせなら我に従えぃ! ピチピチの現役女子高生に奉仕するのだ!」
もっと馬鹿がいた。ってか、お前まだ引きずってたのかよ。
ツッコミどころが多すぎて、逆に気力が失われる。放置を決め込み、準備運動を終えて一応点呼を取り、いざ練習開始というところで、さらなる異変に気付く。
「涼太はどうした?」。
「涼太ならゲームしに帰ったよ」
「ダァーーーー!」
コーチが切れたーと冗談笑いに小学生たちはワーと一斉に海へ飛び込んでいく。
こりゃ今日は練習にならん。俺は海に入れないし、波打ち際じゃ浅すぎる。
沖まで流されないよう監視するのが役目だなと、一応の注意喚起だけ叫んだ後、砂浜にドサリと座り込んでいると、馬鹿二人が俺のところに寄ってきた。
「なにやってんのー?」
「こっちの台詞だ。そっちの魔法少女は知り合いか?」
「さっき盟友になったの。ね?」
「ククク……千秋がどうしてもと頼み込むからな、我としてもやぶさかでない」
「えーっと……アシュリーちゃんだっけ?」
「気安く名前を省略するでない。我にはお母さんに付けてもらったアシュリー・メラン・フランクフルト・ウィンブルドンという真名があるのだからな! わっはっは!」
さっきと微妙に違うじゃねえか。お母さんに付けてもらった真名なら覚えとけよ。
そんな本名不明のアシュリーちゃんは、デコ出しショートボブで、子供特有の少しぷっくらした感じの、言動以外はごく普通の女の子だった。
この女の子一人じゃ、確かにバルブと内蓋は開けられないな。先生が悩むのも分かる。
「水着だけど、泳ぐの?」
「阿呆か? スクール水着で野球をするマヌケがどこにいる」
なぜこの辺のガキはどいつもこいつも偉そうなんだよ。遥か上方に位置してやがる。
「お主こそ泳がぬのか? 水着で泳がぬのはグラビア撮影だけでいいぞ」
「コーチって職業もあるんだよ。いいから放っとけ」
「じゃあ、あたしは泳ぎに行くね!」
そう言って今泉はセーラー服を脱ぎ、ビキニになって海に走り出す。
しかし、スク水厨二病少女アシュリーは海に走り出すことなく、俺の隣に体育座る。
「グラビア撮影か?」
「……変態め。泳ぐ前はきちんと準備体操をしないと駄目だと知らぬのか」
どうも彼女は、体育座りは準備体操に含まれないことを知らないらしい。
「異世界から来たらしいな。向こうはどんな感じなんだ?」
「気になるか。そうだろうそうだろう。そんな人間は我を除いて他におらんからな!」
なんて楽しそうなんだろう。羨ましい。俺もガキの頃は人生をこんな風に謳歌してたっけ。
「ステータスオープン!」
「…………?」
なに言ってんだこいつ。突然手を上げて叫びだしたぞ、大丈夫か?
少女はその後ゴソゴソと水泳バッグからよれよれの紙切れを取り出し、俺に差し出す。
「ほれ、これが我の異世界での能力じゃ」
読んでみると、レベルやHP等とRPGでよく見る文字列が手書きで並んでいた。定規を使わずフリーハンドで書かれたであろう能力欄の右側には、全て999と、特に分ける必要は見受けられず、また工夫の跡も垣間見えない数字が書き連ねられていた。
「どうだ、凄いだろう!」
「凄えなぁ」
「しかもだ、スキル欄を見ろ。なんと『蒼よりも碧き哀の愛』まで使えるのだぞ」
「『蒼よりも碧き哀の愛』を!?」
「そうじゃ。ドッカーーーンと想像を遥かに超える威力だぞ」
せめて何かしらを鎮魂してくれ。
「じゃあ見せてくれよ」
「いや、使うと周辺三キロは消し飛ぶ威力だし、お主……死ぬぞ?」
「そんな凄い魔法を一目見れるんなら命なんて惜しくねえよ。早く見せてくれ」
「……フッ。助かったな凡夫よ。今日はたまたまMPが足りないようだ。彼の呪文は膨大無比なMPを消費するからな。命を運ぶと書いて運命……ディズニーに感謝するがよい」
999もMPあるのに切らしてるらしい。相当寝てないようだ。
目を背けたくなるような十年後の黒歴史から目を逸らすべく、俺は話を変える。
「水を魔法で泥棒したって聞いたけど、本当か?」
俺がさっき聞いた話を尋ねると、彼女はにんまりと笑い、わっはっはと声を上げる。
「いかにも! 容易かったぞ。なんといっても、我は天才魔法少女だからな」
「動機は」
「ほんの挨拶だ」
マトモに答える気はないらしい。
「今は全国大会前で、大事な時期なんだ。遊びでイタズラしたんなら償ってもらうぞ」
「……フン。ほんとは我はやってないぞ。そうだ、証拠がないからな」
あ、こいつダメな奴だ。
「今さっき自白しただろうが」
「先生たちも我一人で水を抜くなど不可能だと言っておった。アリバイじゃ」
「あぁそう。ま、そのうち犯人が見つかるか」
「……念のために聞いておくが、どんな理由なら許されると思う?」
彼女は今になって事の重さに気付いたか、微妙にオドオドしたように訊ねてくる。
「どうせくだらない理由だよ。泳げないのがバレたくないとか、他人の入った汚いプールに触れたくないとか、注目を集めたいとか、人の足を引っ張りたいとか」
「わ、私は泳げるし部屋も汚いし、もう注目も集めてるし、人の足なんて……その」
少女はあたふたと口ごもり、もごもごと口を動かし、やがて黙り込む。
「……とにかく、二度と起きなきゃそれでいいんだよ。犯人扱いしてごめんな」
「…………泳いでくる」
そう言ってアシュリーちゃんはとぼとぼと海へと逃げ、波打ち際でバシャバシャする。
まぁ実際、彼女が本当に水泥棒かどうかは定かじゃない。
そして真偽がどうあれ、重要なのは犯人じゃなく、同じことが二度起きないことだろう。
釘さえ刺しておけばいい。半ば部外者のコーチとしてはこれで充分。
そして入れ違いに今泉が海から上がってきて、タオルで髪を拭きつつ俺のところに来る。
「ね、どうかな?」
「なにが」
「なにがって、ビキニ。似合ってる?」
今泉はクルクル回転して派手な水着を全方位から見せ、最後に腰に手をやりもう一方の腕を天に掲げ人差し指を伸ばし、ビシィ! とポーズを取る。
「お笑いかな」
「デリカシーないなぁ。そんなんじゃ可愛い女の子にモテないぞ?」
「さっきも可愛げのない女子大生に振られたところだよ」
「泪?」
あぁと肯定し、俺は言葉を続ける。
「あいつ、俺と全然付き合ってくれないんだ」
「…………え? え、あの」
「俺のことが嫌いだって。でも、簡単に諦められる問題じゃないだろ」
「ちょ、ちょっと待って! 泪に、深見くんが、その、え、いつから?」
「一週間前からだよ。毎日通ってるんだが、どうにもな」
毎日……となぜか顔を真っ赤にして動揺する今泉を傍に、疑問が浮かぶ。
なんか反応がおかしくないか? リハビリの話でこんなに慌てることないだろ。
しかし疑問はすぐに解決する。そういや、俺が泳ぐのを諦めていないのは、二人だけの秘密とか言ってたな。別に約束した訳でもないが、彼女としては納得いかないのかもしれん。
「悪いな、二人だけの秘密じゃなくなって」
「謝ることじゃないけど……あ、明日も?」
「もちろん。付き合ってくれるまで何度でも」
俺の諦めの悪さに、彼女はプシューと頭から煙を吐き、後ろを向いてブツブツと何やら自分に確認してから、クルリと俺の方に向き直り、にっこりと微笑みを携える。
「分かりました!」
「なにが」
「あたしも協力します! 深見くんの応援係です!」
俺の静止など意にも介さず、勢いのままに今泉は電話をかけ、有限実行を心がける。
「明日9時に駅前集合。絶対厳守だからね。じゃないとあたし異世界転生しちゃうから。一番可愛い服着て。そう、遊園地で廻れ廻れメリーゴーランドだからね! じゃ!」
ポンとスマホを切り、彼女は楽しそうに嬉しげな声で俺に言う。
「ね?」
「……なにが?」




