13話「おせんこう」
リハビリテーション――社会復帰である。今回はとりわけ、人並み程度には泳げるようになることで、タイムを気にするトレーニングとは違う。
それだけじゃ困るがここからだ。経験上、天狗になったクソガキを素直にさせるには、口じゃなく行動で叩き潰す必要がある。それ以外の方法を俺は知らない。
そして俺には一つ、それを成し遂げるアテがあった。
『――線香? あぁ、ちゃんとあげてくれた?』
『専攻だよ、大学の専攻。何やってんだ?』
『なによ急に。わたしが何やってても関係ないでしょ』
『……それもそうだな』
『……スポーツ科、マネジメント学部』
『なんだそりゃ。頭の悪そうな名前の学部専攻だな』
『喧嘩なら買うわよ』
『お前んとこが買い取ってるのは怪しげな壺と土偶と古本だろうが』
『なにしに来たのよ!』
『お線香あげに来たんだよ!』
「なにしに来たのよ?」
「……おせんこう」
そういうわけで、俺は古物商取扱所、夏目宅に足を運ぶ。
先日リサーチした情報通り、月曜の午後は講義がなく、おじさんは日中パチンコに勤しみ、泪は一人店番を任されていた。確かにこれじゃ東京には出れねぇな。
「お暇そうね。お仕事は?」
「四時から。お前に相談があって来た」
「小学生が全然言うこと聞いてくれないから説明書を貸してくださいませ泪様?」
「付き合ってくれ」
「……、…………、………………、……………………いや、ちょっとムリじゃない?」
「……? リハビリだよ、勉強してるんだろ」
俺が言うと、彼女はあーそっちねハッハッハと笑う。なぜ笑うんだい?
「真っ当に生きるんじゃなかったの。水泳部のコーチは?」
「コーチ業の一環だよ。クソガキの奴、俺のこと岸辺のヒトデくらいにしか思ってねぇ」
俺が事情を説明すると、泪はしばらく何か考える風にじっと俺を見つめた。真剣に何かを考えるとき、彼女はいつも目を開けたまま唇に指を添える。
そして指を添えたまま、猫目を俯きがちに小さく頭を横に振る。
「いや」
……まぁ、金も払わずリハビリを受けようってのが間違ってるのか。そりゃそうだ。
「一回二千円でどうだ? 相場もそんなもんだろ」
「じゃあ病院行けば?」
「往復だけで三時間と交通費は金も時間もないんだよ」
「じゃあ諦めたら」
「……もしかして、俺のこと嫌いか?」
「空気の読めない人にも吸うくらいは許すのが地球の優しさね」
彼女は鋭利な毒を吐いてることに気付いてるかな。地球環境に優しくない。
「ちょっと遠いくらいで行かない程度の動機なら行かなくていいでしょ。一人でやれば?」
「…………そ」
そうかもしれん。反論できない、納得させられてしまう!
待て、身近な人間の協力を仰ぐのは間違ってないはずだ。でも本人が嫌なら無理強いする立場にもないし、そりゃダメだ。ダメ? 異世界行けるな、よし! やっぱよくねぇ!
……違う、違うだろ。俺が彼女を頼ろうと思った理由は。
「それは嫌だ。お前に、リハビリを手伝って欲しい」
――――あの子もね、東京に行くはずだったんだ。
そんなおじさんの言葉を思い出す。
どうして彼女が東京に行かず、島に残ったのか。きっとおばさんの影響だろう。あの頼りないおじさんを一人残してはいけないと思ったからだろう。
彼女は、外に出ようと、思っていたんだ。
当然だ。泪は昔からじっとしていられず、俺を海に連れ出した張本人だ。変わらない退屈を何より嫌っていて、一歩進み踏み出そうとするアウトドア派なのだ。
けれども彼女は残った。そんな彼女を頼まれたんだ。
……スポーツ科、マネジメント学部。
いくら鈍くたってさすがに分かる。
「待ってるだけじゃ前に進めない。頼むよ、俺と一緒に……」
「――なにそれ」
俺の言葉を遮るように、彼女は張り詰めた呟きを凛と放つ。
「その通りだろ。立ち止まってるだけじゃ怪我も治らない。お前だって」
「……明日の自分が今日より進めてるなんて、よく思えるね」
その言葉は、俺の知る彼女が言いそうにない台詞だった。
「否定しないでよ。わたしには待つしかないんだから」
「あぁ? 待つ? 何を?」
「……帰って」
「だからどういう」
「いいから帰って! 二度と顔見せないで!」
なんだってんだよと思いつつも、縄文土器を片手に取られると撤退せざるを得ない。
けれど同時に俺は、彼女が何を、誰を待っているのかくらいは察せた気がした。
「――明日も来るからな! なんたって俺は、物覚えが悪い!」
「…………馬鹿」
分からないのは、誰をではなく、何故だった。何が彼女を待たせているのか。
――――約束。
未だに言えていない一言。思い出せず沈殿する罪悪感がゆっくりと、ゆったりと、重たく。
なぜだろう。憶えてもいないのに、だからこそなのか。
考える度に、自分が嫌いになる。




