第6話 大学病院
外回りの営業をやっていた頃のこと。
私たちの部署の者は主に軽自動車で、都内を中心に各所を回っていた。取引先は大小様々の企業や店舗が多く、シーズンごとの行事や大型商用ビルの開店記念イベントなど、華やかでやりがいのある仕事も少なくなかった。
顧客の中には、いくつかの大病院も含まれていた。地方に限らず都市部でも病院というのは立派な建物として目立つもので、職員用の駐車場にはたいてい先生方の高級車が並んでいた。名の知れた大学病院ともなると待合室からして凝った造りになっていて、一部のそれは空港のラウンジやホテルのロビーのようだった。
病院にまつわる怪談奇譚は枚挙に暇がないほど世に溢れているが、意外と自分ではほとんど体験したことがない。むしろ入院患者やその家族、病院スタッフたちの会話や姿から感じられる、生きた人間たちの心模様の方がずっと鮮烈に印象に残っている。確かめたことはなかったが同僚たちの間でもどうやらその点は同じだったようで、社内でよく聞いた話といえば呼んでもいないのにエレベータが降りてくるという程度の、ごくささやかなものだった。
ついでになるがエレベータについては、たまたま行った日が創立記念日で照明が落とされ真っ暗だった某病院で、乗ろうとした箱に先客がいて驚いた事がある。入院患者らしいその痩せた男性は、例のキャスターつきの点滴台と一緒に箱の奥の角に一人で立っていた。くたびれた薄手のパジャマを着て額には包帯を巻いており、年取っているのかそうでもないのか、生気のない土気色の顔からは判断が難しかった。白髪ではなかったから、やはり若かったのかもしれない。うつろな目をして佇んでいた彼の雰囲気に気圧されて私は一瞬乗るのを躊躇したほどだったが、さすがに失礼に当たると思い、箱に乗り込んだ。男性は私が乗ってきたことにも無関心な様子で、こちらに視線すら寄越さなかった。ボタンを押そうとして私は背筋が冷えた。男性が行き先階のボタンをどこも押していなかったからだ。上層のフロアのどこかに入院していたのであろう彼は、看護師の付き添いもなく、創立記念日の閑散とした病院のエレベーターに恐らく何時間も乗り続けていたのだろう。肩をすくめたくなるのを堪えて、私は3つ上の階で箱を降りた。彼は私の背を見ていただろうか。
生身の人間の方が印象に残る話の例を先に書いてしまったが、実は病院での不可解な経験も全くないわけではない。別の所での話だ。
そこはやはり都内某所にある、有名な大学病院だった。入社して間もない頃、私は教育役の上司と一緒に各地の病院を回っていた。病院というのは同じ目的のために作られていながらまたそれぞれに個性的で、行く先々での仕事が楽しかったのを覚えている。私はスポーツには自信がないが大人になってからは不思議と病気をしにくい方で、仕事でなければあれほど多くの病院に出入りすることはなかっただろう。
その頃は物珍しさも手伝って、新しい取引先に行くたびに何だか得したような気分になっていたのだが、ある病院だけは事情が違った。初めてそこに行ったとき、私はその近代的で華美とも言えるほどの佇まいに感銘を覚えたが、しばらく院内にいる内に原因不明の頭痛と倦怠感に襲われて立っているのも苦しくなった。吐き気を堪えて仕事を済ませ、流行りのノロウイルスでももらっていたら困るなと思いつつ帰途に就くと、不思議なことに会社に着く頃にはすっかり体調も戻ってしまっていた。
スポットの仕事だったので、それからずいぶん長いこと同じ病院に行くことはなかった。数年が過ぎて仕事にも慣れきっていた頃、再びそこでの仕事を任されることになった。既に私は入社直後にその場所で感じた頭痛のことなどすっかり忘れていたのだが、その病院が建つ区域に入り、敷地に近付いていくにつれ、だんだん体調が変になっていくのを感じた。院内に入ると不調はいっそう顕著になり、悪寒と吐き気は誤魔化しようがなくなった。急ぎ仕事を済ませ、逃げ帰るように病院を後にすると、敷地から遠ざかるにつれ頭を圧迫されるような不快感は急速に改善していった。それでようやく、以前も同じ場所で同じようなことがあったことを思い出した。
もちろんそこには多くの患者と病院スタッフがいたし、同僚たちからも特段の話はついぞ聞かされなかったのだから、 体調の乱れの原因は私の方にあると考えるのが自然だ。だがこのことがあって以来、私は土地や建物と個人の心身には相性のような物があるのかもしれないと半ば信じるようになった。最近になって同病院の医療ミスがニュースに取り上げられたが、それを理由と呼んではこじつけが過ぎるというものだろう。




