第5話 降ってきた何か
10年ほど前のことだ。
例によって金にならない残業を終え、私は同期の仲間と二人、社屋の屋上にあった喫煙所で一休みしていた。22時頃だったろうか。天気はたしか曇っていたが、まだ雨にはなっていなかった。
喫煙所と言っても灰皿がわりの器があるだけの間に合わせのもので、夜ともなれば照明もない。ただ屋上に出る手前の短い廊下に蛍光灯がついていたので、ドアのガラス部分から漏れるその明かりである程度は周囲が見えた。遠くを見れば街の灯もある。
屋上には男子用の着替え場所として小さなプレハブも置かれており、それが喫煙所と隣接していた。植物を扱う会社らしく、空いたスペースには小さな植栽や素焼きの器がいくつか並べられていた。
一緒に居たのはD君という2歳年下の青年で、人当たりがよく賢い、都市型の常識人だった。気の短い私とは正反対のおおらかな性格で、タフな仕事の時も剽軽な笑顔を絶やさず何事も器用にこなした。
私は彼と向かい合う形で、灰皿がわりの器を挟んで立っていた。出入り口に近い壁を背にしていたので、彼の背後に遠く、ライトアップされたスカイツリーが見えていた。
しばらく互いの仕事の事など話し合っていると、不意にD君のすぐ背中の後ろあたりを、何か黒い影が斜めに横切り落ちていくのが見えた。私から見て左から右、つまり彼の右肩から左手の方へという向きだった。ソフトボールくらいの大きさだったように思う。
落下の瞬間は見えなかったが、ちょうどそのくらいのタイミングで、リモコンか何かを落としたようなガシャンという音がした。何か落ちたね、と私が言うと、D君もええ、落ちましたねと後ろを振り向きながら不思議そうに答えた。音は彼にも聞こえていたのだ。
私たちは二人で何が落ちたのか探してみたが、いくら探してもそれらしき物は見つからなかった。屋上の手すりは高く、しかも隙間のないコンクリート製だったので、階下に消えたとは考えられない。
落下の様子を思い返してみて、私は奇妙なことに気付いた。黒い影の軌跡を逆に辿ってみると、そこはプレハブの壁だったのだ。あの角度と勢いで何かが降ってくるのは変だ。私と違って多少は霊感という奴があるらしいD君に正直にその疑念を伝えると、彼はやめてくださいよと言って気味悪そうに苦笑した。
さっさと帰りましょう、と彼は言ったが、次の煙草に火をつけながらだったから、大して怖れてはいなかったのだろう。




