第2話 静電気
1話で前の会社の話をしたので、しばらくは当時の体験を中心に思い出していきたい。
ある冬の早朝のこと、私は他の社員たちよりかなり早く出社した。六時前くらいだったと思う。
社屋は小さな自社ビルで、一階が下駄箱と倉庫に、二階より上が事務所になっていた。
出社後、二階でタイムカードを切ったりしてから事務所の施錠を行い、戻った下駄箱のところで私は鈴の音を聞いた。よくある銀の鈴のチリンという音ではなく、コロコロと鳴る焼き物の鈴のような音だった。
鈴の音は下駄箱と同じ一階の、暗い倉庫の奥から聞こえた。一階には入り口が二つあり、奥のドアも既に開けてあったので、私は猫でも入ったのだろうと、その時は大して気にしなかった。民家が近かったため、会社にどこかの飼い猫が来ることは珍しくなかった。
私はそのまま倉庫の奥に歩いていって、そちらのドアから外に出ると、駐車場を挟んで斜め向かいに社屋と併設された別の倉庫に入った。こちらは保管された商品の性質上、業務用の大きな空調がついていた。冬場だったので暖房がかかっており、温風の出るゴーッという音が普段通りに響いていたのだが、しばらくするとその音がまるで古いレコードか伸びたカセットテープのように歪んで、ボソボソと誰かが話す声みたいに聞こえてきた。何を言っているのかは聞き取れなかった。
鈴の音のこともあって、少々気味が悪くなったが、これから仕事という時だったので、寝ぼけている場合ではないと自分に喝を入れて準備を済ませ、倉庫を出た。
あとは取引先に向けて出発するばかりとなり、コーヒーでも飲むかと私は駐車場の一隅に据えられた自販機に向かった。そして小銭入れからコインを取り出して投入口に近付けた瞬間、驚くほど大きな音がして、はっきりと目に見える火花が散った。小銭を持っていた指にも鋭い痛みが走り、火傷をしたかと疑ったが幸いにもそれ以上の被害はなかった。
きっと静電気だったのだろうが、自販機にコインを入れようとしてあんな目に遭ったのは、後にも先にもあの時だけだ。