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第十話


 結果から言えば、静姫は春海の性格を見誤っていた。

 初めて静姫に凹まされた日以来、斜め上に暴走した春海はそれから毎日のように神名宮神社に訪れては、あの手この手で静姫の袴をめくろうとしていた。

 初日で力押しは無理だと悟ったのか、春海は二日目からは工夫を凝らし始めた。背後からこそこそ近づいてめくろうとしたり、姫乃に頼んで誘い出し、物陰から襲いかかったり。

 興味の移ろいやすい年齢の男の子にしては、素晴らしい熱意と創意工夫だと言えた。やっていることは変質者と変わらないが。

 幼児でなければ間違いなく即日逮捕の憂き目にあっていただろう。

 何度か静姫を罠に嵌めるダシにされた姫乃も春海の行いを知り、幼児のやることとはいえ、我が子に対して狼藉の数々に内心穏やかではなかった。

 しかし、春海の試みを悉く看破し、あしらっている静姫がどこか楽しげに見えたことから、これも一種の遊びかと考えて、三日も過ぎる頃には気にしなくなっていた。

 四日目から工夫の種もつきたのか、春海の手口は不意を突こうとするやり方に収斂され、ストーカーの如く隠れながら静姫の油断や隙を覗うようになっていた。

 その頃には静姫もそろそろ潮時かと考え始めていた。

 いい加減幼児の遊びに付き合うのに飽きてきたこともあったが、諦める気配のない春海の行動がこのままエスカレートすれば、遠からず仕事や生活に支障が出るほどになるかもしれない、と危惧したからだ。

 それに、姫乃の生暖かい視線が気になるし、静姫を溺愛している兄たちに事が知れたら余計な騒ぎが起きそうで面倒くさい。

 姫乃に口止めを頼んだこともあり、家族方面には今のところ知られていないが、週末になると兄たちが暇を持て余してあれこれと絡んでくるため、露見するのは時間の問題であった。


 五日目の金曜日、昼過ぎ頃に訪れた春海を見つけた静姫は、姿を見せ付けるようにして本殿右に広がっている鎮守の杜へと足を向けた。

 静姫に誘い出されるようにして、春海もこそこそと隠れながら後をつけてくる。

 静姫から見ればあまりにも稚拙な尾行であったが、二日目三日目あたりに較べると幾分様になってきていた。

 鎮守の杜といっても、自宅の裏山から続いている小さな林でしかないが、子供がかくれんぼできる程度には広さがあり、無論人気もない。

 静姫はとある企みを抱き、春海をそこに誘い出そうとしていた。


 神社側からは見えない程度の奥地、林の中にぽっかりと開けた空き地で、静姫は立ち止まった。

 春海は木々と藪の間を進むのに難儀している様子だったが、二分と待つことなく、春海が空き地に姿を現した。

 隠れようとしないのは、勝手の利かないこの場所で静姫の不意を打つのは無理があると悟ったからだろう。なかなか賢明だな、と静姫は僅かに感心した。

 静姫は春海の訪れを歓迎するかのように両腕を軽く広げ、ニイッと唇の端を吊り上げた。

 これまでとは別人のような静姫の態度と、昼間とはいえやや薄暗い林の中という孤立したシチュエーションに不気味さを感じ、春海の顔に怯えが走る。

 春海の恐怖を心地良く感じながら、静姫は口を開いた。


「よく来たな、春海。お前なら着いてくると思っていたぞ……」

「な、な、何だよっ!?」


 喋りながらどこかねっとりとした雰囲気を醸し出す静姫の様子に、春海は怯えを濃くしてどもった。

 他愛無くうろたえる春海の反応が可笑しくて、静姫はくすり、と嘲笑った。


「そう怖がるな。私はただ、お前に褒美を与えてやろうと思ってな」

「ほ、ほうび?」

「うむ。私はな、ひとときでも無聊を紛らわせてくれた者には報いることにしているのだ」

「ぶりょう? むくいる? な、何言ってんだよお前! わけのわかんねーこと言っておれをだまそうったってむ、むだだかんな!」

「ふふ、お前にはいささか難しかったか? なら解りやすく言ってやろう……」


 これまでに一度も見たことがない静姫の異様な雰囲気に気圧され――

 見た者が大人であれば《妖艶》だ、と感慨を抱いたであろう静姫の表情に釘付けになりながら、春海はごくり、と無意識に唾を呑みこんだ。

 静姫は膝を抱えるようにしゃがみ込むと、足元に手を伸ばして緋袴の裾を掴む。


「――これが、ずっとお前の見たがっていたものだ!」


 静姫は裾を掴んだまま、ばっ、と勢い良く立ち上がり、緋袴を盛大に捲り上げた。


「ひっ!?」


 緋袴の下から何か恐ろしいものでも飛び出るかと思ったか、仰天した春海は息を呑んで半歩後ずさりしつつも、視線は静姫の腰のあたりに注がれていた。


「そっ、そっ、それ、かーちゃんとぜんぜんちがう……毛も生えてないし……じゃなくて! なんでお前ぱんつ穿いてないんだよっ!!」


 春海の言葉が示すとおり、静姫は穿いてなかった。平たく言うと《ノーパン》だった。

 あと十年ほど春海が大人だったら間違いなく「お前露出狂だったのか!?」と突っ込んだであろうほどに、静姫は堂々と下半身を晒していた。


「なんだ、これを見たかったのではないのか?」

「ちがっ……! い、いいから、それ降ろせよ!」


 小首を傾げ、不思議そうな表情を作って訊ねる静姫だが、もちろん全部解ってやっていた。春海をからかって弄ぶためだ。

 春海は動揺の極みにあり、上擦った声で不埒な行為を諌めるも、眼差しは静姫の下半身に固定されていて動かない。

 その事に気付いていた静姫はしかし、その点を指摘したりはせず、「くふっ」と小悪魔的に微笑したまま、裾から手を放そうとはしなかった。


「そのような態度では傷付くではないか。折角ぱんつより良いモノを見せてやったというのに」

「そんなことたのんでねえ! それにぱんつくらい穿けよっ!!」

「知らなかったのか? 古来、和服の下にはぱんつを穿かないものだ」


 訳知り顔で解説する静姫。

 その言葉は知識としては正しいが、現代の常識としては間違っている。

 もちろん静姫は誤謬を理解した上で言っていたが、幼い春海がそのような知識を持ち合わせているはずもなく、意表を突かれたような表情(かお)をした。


「え……そうなの?」

「嘘ではない。だから、お前はぱんつには興味がなく、その下にあるものを見たいのだとばかり私は思っていたのだ」


 誤解による不幸な事故なのだと、春海の認識を巧みにミスリードした静姫はようやく裾を放し、緋袴を降ろした。

 その瞬間、春海が残念そうな表情を浮かべたのを静姫は見逃さなかった。


(ふくく、幼くとも男は男よな。まあ、それくらいの方が可愛げがある)


 内心で含み笑う静姫は、春海に秘所を見せたことに羞恥を感じてはいなかった。好意があるからという理由ではなく、見せた相手の幼さゆえに。

 銭湯や温泉の公衆浴場で、幼い男児を母親が女湯に連れ入ったところで羞恥や抵抗を感じる女性がいないのと同じ理屈だ。

 男女七歳にして同衾せず(正しくは「男女七歳にして席を同じゅうせず」)とは良く使われる言葉だが、逆に言えば七歳以下であれば男女の垣根は低いとも取れる。

 春海とは天と地ほどに精神年齢の違う静姫が恥ずかしがる道理はなかった。

 もっとも、常識的観点から言えば「風呂で一緒になるのと、外で自ら下半身を晒すのとでは意味が全く違う」のだが、静姫にとっては些細な相違だった。


「ともかく、これでお前の目的は達成された。もう私に付き纏う必要はなくなったであろう?」

「そ、そうだけど……おれ……」


 真面目な表情で静姫が問うと、春海は言葉に詰まって俯いた。

 意地になってたとはいえ、元はと言えばただ静姫と仲良くなりたくてやっていたことだった。

 静姫の言葉を認めてしまえば、もう神社に来るための口実がなくなってしまう。それを春海は恐れた。


「何、二度と来るなと言っているわけではない。私に会いたくばいつでも……と、言いたいところだが、平日は仕事があるゆえな。遊びたくば土日に来るがよい」


 春海の動機を正確に見抜いている静姫は、また妙な行動に出られるよりはと妥協案を提示した。

 一日中働いているわけでもなし、平日とて時間はあるが、いつでも来い、などと言ったら本当に毎日来かねない。静姫の提案は平穏な日々を邪魔されない為の方便であった。

 思いもかけぬ静姫の好意的な提案に、面を上げた春海はぱあっと顔を輝かせ、コクコクと忙しなく頷く。


「わかった、そうする!」

「よろしい」


 静姫は邪気のない笑顔の裏で、春海の相手を兄たちに丸投げしようと企んでいたのだった。


 人気のない林の中でぱんつを連呼する幼児二人。微妙に背徳的な気がするけど四歳児だからいやらしくないよねっ。

 てか、静姫はともかく、春海の言動も四歳児離れしている気がします。幼児言語とか舌足らずな言葉とか、男にさせても可愛くないので普通に喋らせてます。その辺の違和感はフィクションということでお目こぼしいただけると助かります。

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