11話 謎が深まる一方です
「——結局、琵和先輩って何者なんだろう?」
『ホ、ホッ』
「はい、おやつはちゃんと準備したよ! 話聞いてね!」
バイトから帰宅して、巴は知り合いの鳩とお喋りをしていた。
おやつの催促にぶつくさ言いながら皿を出し、布団の上に寝転がる。
——私もその恩恵に浴した者の一人です
央の言葉を思い出す。
ああやって恩義を感じた人たちが、今琵和を取り囲んでいるのだろうか。
「琵和先輩ってつまり、同じ年頃の子たちをなんだかすごく助けてあげて、お金にもまるで困っていない、可愛い顔をした大学院生……」
つらつらと呟き、小首を傾げた。
「……うーん、やっぱりどういうこと?」
『ホホー』
「今更だって? いや、それはそうだけど、ちょっと分かったと思ったらまた謎が増えていく一方でさぁ。神秘的すぎるよ、琵和先輩!」
いっそ生まれてから今に至るまでのすべてを洗いざらい教えてもらえたらいいのに。
しかし、そんな巴こそ琵和に秘密を抱えている。
それなのに彼のすべてを暴こうとするのは筋が通らないと、巴は力なく枕に顔を埋めた。
「でもこれは仕方ないんだよぉ。一応ルールだもん……」
——世界を異にする存在に、自ら正体を明かしてはならない。
これは古来からの定めで、破った者は皆何かしらの罰を受けた。
正体が露見してしまった場合も、少なくとも人間界から去らなくてはならない。
「せっかく人間として出会えたのに、会えなくなるのは嫌だよ……」
『ホーホ……』
秘密を抱える罪悪感はある。
人間と神使が番えたとしても、その先どうなるか分からないという不安もある。
それでも巴は、十数年かけて温めたこの恋を成就させたかった。
* * * * *
雨が降りそうな重たい曇天。
巴は課題の調べ物をしに、土曜日の朝から大学の図書館に籠っていた。
区切りがついたのは昼過ぎ。
うんと伸びをしながら図書館を出ると、屋外テラスのベンチに腰掛ける琵和を見つけた。
「あれっ、琵和先輩!」
「やあ、巴ちゃん」
琵和がのんびりと振り返る。
ささっと隣に腰掛けて後ろを見ると、央と朗が立っていた。
巴の挨拶に、今では見知った仲の彼らも会釈を返してくれる。
「琵和先輩のお側に一番よくいらっしゃるのって、やっぱりこのお二方ですよね」
思えば、大学入学前に琵和の取り巻きとして見かけていたのも彼らだったかもしれない。
「確かに、他の子には別のことを任せることが多いかも」
「そうなんですね! いつもバイト先で心強く思っている方々が琵和先輩のお側にいると、なんだか嬉しくなっちゃいます!」
「機転も利くし頼もしいよね」
「……!」
琵和が後ろへ視線を向けると、常に真顔な彼らの表情が揺らいだ。
目は輝き、頬もうっすら紅潮し、上がりかけた口角を抑えようと口元が僅かに強張る。
「あ、バイトといえば」
そんな彼らへ薄く微笑んでから、琵和は巴へ視線を戻した。
「最近この子たちと仲良くしてくれているんだって? お喋りをするようになったと聞いたよ」
「仲良くしていただいているのはこちらの方です! わたしがいかに琵和先輩のことを好きなのか語っても強く肯定してくださるのが、とっても嬉しいのですよ」
「あはは、変なこと聞かされなかった?」
「むしろもっと聞かせていただきたいほどです! 琵和先輩のことをお話しする央さんたち、本当に情熱がひしひしと伝わってきて」
崇敬という言葉がしっくり来るくらいです。そう続けると、後ろの朗が真剣な面持ちで頷いた。
「崇める……、そうですね。琵和さまはありがたい存在ですので」
——本能的に憧れ敬い、尽くすべき相手。
一途な忠誠心は、巴にも覚えがある。
無意識のうちに相槌を打っていた。
「ふふ、巴さんとは仲良くなれたらいいと思っていたんですよ。とても親近感の湧く方ですから」
巴に応えるように、央が優しく微笑んだ。
* * * * *
帰り道、いつもの道を突き進みながら巴は眉を寄せた。
(親近感……、親近感ってどういうこと?)
今までも親しみやすいとか仲良くなれそうなんて言われてきたが、それとは少し違う気がする。
親近感という言葉の意味を辞書で調べ直したほど、央の言葉が気になる。
(央さんとの共通点といえば琵和先輩だけど、もしやライバル宣言……)
一瞬想像してみたものの、妄想はすぐに立ち消える。
そんな疑いを伝えたら、わたしなんかがおこがましいと震えてしまいそうだ。
央が琵和へ抱く感情は、どう見ても恋慕ではない。
——共通する何か。
唇を尖らせあれこれと考えながら歩いていた巴は、ふと額に冷たさを感じた。
マンションまであと数歩というところである。
「……ん? 雨?」
——ぽつ、ぽつぽつ
雫が数滴巴の顔を濡らしたかと思えば、それはすぐに勢い込む。
慌ててエントランスまで走ると、数秒もしないうちに雨音はざあっと強くなった。
「ぎりぎり間に合った! ……明日の朝から台風が近づくんだったっけ。バイト行けるかな?」
鞄から取り出したタオルで顔を拭き、外を振り返る。
「それにしても、なんだかすごい雨……」
湿気がもわりと立ち込める。滝のように流れ落ちる雨の筋を見ながら、巴は眉を寄せた。




