1話 添い遂げてください!
「へっ、辺部琵和先輩! わたしと添い遂げてくださいっ……!」
羽田巴、大学一年生。
肩まで伸びたグレージュのくせっ毛には黒いメッシュ。
濃い橙色の大きな瞳をきらきらと輝かせ、小柄な身体いっぱいに気合をみなぎらせている。
今日は大学の入学式。
一目惚れした相手を追ってここまでやって来た巴は、その日のうちに意中の人と再会した。
——これはもう、運命だ。
見かけた途端、巴は駆け寄って愛を告げた。
(何が何でもこの恋は成就させてみせる……!)
周囲のざわめきも気に留めていられない。
巴はまっすぐ目の前の男性を見上げた。
白皙の美貌の中で、美しい暗緑色の瞳が巴を捉える。
肩甲骨辺りまで伸びる濃いオリーブ色の髪は、無造作なひとつ結び。ひと房だけ顔の横に零れているのが、これまた素敵だ。
いつか巴を抱き上げてくれた手は相変わらず筋張っていて、大きい。
そんな彼は可笑しげに目を細めると、巴に優しく言い放つ。
「ごめんね、添い遂げられません」
「え……」
巴は断られることを想定していなかった。しかも、こんなにもあっけなく。
ぱしぱし、ぱしぱし。
何度か瞬きをしたあと、気を取り直して聞いてみた。
「ええっと、ちなみに、なんででしょうか……」
「うーん、君とは初対面のようなものだし」
至極真っ当な答えが返ってきて、巴は一瞬言葉に詰まる。しかし、あの出会いについては事情があって明かせない。
「いっ、いつか猫に襲われ……。つまり、その、覚えていらっしゃらないかもしれませんが、わたし、以前大変な目に遭って……。そんな時、琵和先輩が助けてくださったんです! それからずっと好きです!」
ひどく曖昧な返答になった分、情熱で補おうと握り拳で好意を伝えた。
そんな巴を琵和はどこか愉快そうに見返し、口を開く。
「仮にそうだったとしても、君と付き合うことはないかな。それに君、僕のことをそれほど知らないだろう?」
「それはっ……、これから仲を深め合って理解していけばいいと思います! 見た目に好みがあるなら合わせますし、もちろん中身もいくらでも。どうか、生涯を共に歩みませんか……!」
片手を差し出し、頭を下げる。
そんな彼女に返ってきたのは、柔らかな声に乗せられた無情な一言。
「やっぱり、ごめんね。そもそも君は少し年下すぎるから」
素敵な人がみつかるといいね。
そんな言葉と共に、彼は去っていった。
取り巻きたちが彼を囲み、その姿はすぐに見えなくなる。
大学の入学式でのことだった。
* * * * *
「ねえ、なんでぇ!? わたしけっこう可愛いし、いい子だったよねぇ?」
『ホッホー』
ところ変わって、学生マンションの一室。
巴は布団の上で枕を叩いて叫んでいた。
それに応答するのは、ベランダからやって来た鳩。
「だよね? 何がダメなんだろう……。お堅い感じの人たちに囲まれているからわたしも清楚な服装にしてみたし、明確に好意も伝えた。後は何が足りない? はあ、好きなタイプさえ分かればそれに合わせてみせるのにぃ……」
『ホーホー……』
「諦めないよ! だってとっても優しくて格好良かったんだもん! 意地悪な子にいじめられていた時に、颯爽と現れて抱きしめてくれたんだよ!」
『ホッ、ホッ』
「そうそう。頭を撫でて、気を付けなって言って、おうちまで送ってくれたの! うう、久々に近くでお顔を見たけど、やっぱり素敵だった……」
挟まれる相槌に気をよくして、当時の様子を再現してみせる。
しつこい人間に頭の羽をわしわしと混ぜられ、鳩は不満げにその手を突いた。
「……でも、その時の出会いを覚えているわけないから仕方ないのかな。わたしにとっては運命の出会いだったけど」
あれは暑さの厳しい夏の日のこと。
照りつける日差しを避けて木陰で涼んでいたら、茂みから猫が現れた。
巴が驚く間もなく片方の羽を前足で踏まれ、地面に押し付けられる。
鋭い爪が肌に食い込み、一生懸命羽ばたいても逃げられない。
そんな絶体絶命な瞬間に、琵和が通りかかった。
琵和はぐったりする巴を抱き上げて庇い、無礼者の猫には冷たい視線を投げつけて追い払った。
巴が細く鳴いたら、彼は笑って頭と頬を撫でてくれた。
怪我がないことを確認すると、近くの鳥居まで歩いていき、巴を根元にそっと下ろす。
それから最後にもう一度だけ頭を撫で、苦笑交じりに囁いた。
——もう悪いやつに捕まるなよ、鳩ぽっぽ。
巴はその時、鳩だった。
「でも格の高い鳩! 神さまの使い! 偉くてすごい鳩なんだから!」
琵和に惚れた巴は、お仕えする神さまに願った。どうかあの人と並び立てる存在になれますように、と。
願いが届き、人間の姿を取れるようになった巴は、宮司さんの家で必死に人間の振る舞いを身に着けた。
そんな十数年の試行錯誤を経て、巴は再会の日を迎えたのだ。
告白は、あえなく失敗したが。
「そもそも年齢差でいうなら、わたし119歳だよ? 絶対に琵和先輩よりも年上! 綺麗で可愛い顔してるし、院生って言ってもきっと30歳にもならないくらいでしょう? わたしは19歳ってことになっているから、人間の基準でも何の問題もないはずなのにぃ……!」
ぎゃあぎゃあ喚く巴に付き合っていられないと、鳩はベランダから飛び去った。
相談相手もいなくなり、とうとう巴はうつ伏せになって転がった。
「うう、絶対に諦めないんだからぁ……」
そう呟いて、瞼を閉じる。
巴の大学生活は、そうして始まった。




