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悪役令嬢、悪役令息を飼う  作者: 朝比奈侑生


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第1話 悪役令嬢、悪役令息を飼う

「あなた、私の犬になりなさい」

「へっ?」


 第一王子の婚約者、マリーノワーズ・アンサルシア公爵令嬢は僕にそう、声をかけた。

 月下の甘美な囁きに、僕は戸惑う。

 美貌の悪魔は、まるで僕が頷かないわけないと確信しているかのように冷たく笑い、僕のスカーフを首輪のように握った。


*****

 

 時は少しばかりほど遡る。

 第二王女アリエスタの誕生日を祝う舞踏会が城で催されていた。

 国中の貴族がほとんど集まっているみたいだ。

 もちろん婚約者であるこの僕、リングレット・ガルシアン侯爵子息も招待され、久々に舞踏会に参加したものの……駄目だ眠い。

 何故舞踏会は僕が寝る時間から始まるんだ。

 そのせいで、貴族共がこの僕の美貌を拝めないだろう。

 大体、王女との婚約なんて生まれたときから決められていたもので、僕の意思じゃない。

 小さい体に柔らかそうな金髪のくせ毛、幼い顔立ち、と、まるで妖精を彷彿とさせる王女の容姿は、全くもって好みではなかった。

 社交界の黒真珠と呼ばれる、この僕に相応しくない。

 僕は王女との交流を控え、僕に相応しい女性たちとの交流を嗜んだ。

 王女と仲の良い弟のユリアンに窘められることもあったが、僕はそんな雑魚のいうことなど聞く気はない。


「兄上、あなたがアリエスタ様にした仕打ちの数々、詫びていただきたい!」


 弟のユリアンは王女を抱え、広場より一段高い壇上から、僕に無礼な言葉をぶつける。

 一体何を言っているのかわからず、僕は聞かなかったことにしてワイングラスを揺らした。


「リングレット様、私、あなたとの婚約を破棄いたします!」

「よろしいですね兄上!」


 何だか僕をよそに二人で盛り上がっている。暑苦しいな……

 会場の客の視線が徐々に僕へ集まってくる。そんなに僕の美貌が輝いているか?

 僕は艶やかな黒髪をかき上げ、碧玉のような瞳で観客を見ると、美貌で黙らせた。

 ついでに広場の中心で踊っていた貴族たちの動きも止まった。

 そんなに僕が美しいからって、そこまで注目しなくてもいいだろう?


「……って、婚約破棄だぁ~?」


 葡萄ジュースを一口飲むと、徐々に現状が読み込めてきた。

 見ると、正義面した弟ユリアンが被害者面したアリエスタを抱きかかえてこちらを睨んでいる。

 足元の赤い絨毯がアリエスタの金髪を引き立てている。

 僕より目立つんじゃない。僕はめったに舞踏会に参加しない美貌の貴公子だぞ。


「私はリングレット様を愛していたのに……」


 は?お前に会ったことなど、ほんの数回ほどしかないが。

 僕は箱入り息子なんだ。


 「あなたは数多の淑女たちと遊び歩き、アリエスタ様を蔑ろにする始末……父上も頭を抱え、ガルシアン侯爵家の家督も兄上ではなく僕に譲ると言ってくれました!」


 は?家督だ?何故たかが婚約破棄に家督譲渡まで出てくるんだ。

 というか家から追い出されたら、僕はどうやって生きていくんだ?一生家名にすがっていくつもりだったのだが。

 それに淑女たちと遊び歩いてなんかいない!か弱い僕が頻繁に遊び歩くわけがないだろう。

 たまに家で遊んだり街に買い物へ連れ立ったりしているだけだ!

 ……それは遊び歩くに入るのか?

 それにしてもユリアンの胸にすがって泣く王女は腹立たしいな。

 僕は何も悪くないのに何故そんなに被害者面が出来るんだ。


「いやまてユリアン、お前が王女を愛しているのは知っている。いっそこの際、王女はお前にやろう。しかし家督というのは……」

「父上も兄上の日常の怠惰なふるまいには業を煮やしております。それ故、婚約破棄とは別に、兄上を我が家から追い出すという苦渋の決断をされたのです」


 二人は見つめあい、二人だけの世界を作り上げている。愛の劇場かここは。

 僕がこれからどんな仕打ちを受けることになるのかなど考えていないだろ。

 今後僕の食い扶持がなくなるんだぞ!?

 それにしても怠惰とは……僕はちょっとか弱いだけだ。

 それと天才だから何もしなくても何でも出来るだけだ!汗くさい努力家のお前と一緒にするな。

 

「リングレット様……」

「婚約破棄ですか。それは全く構いませんが……」


 素直に言葉を発すると、周囲はどよめいた。

 「王女になんてひどいことを」「悪評は聞いていたが、まさかそこまで酷い男だとは」

 酷いな。別に僕は王女のことなど愛していないんだから婚約解消してもいいだろう。

 それに、王女も幼馴染で愛し合っているユリアンと今後結ばれるんだ。当然嬉しいだろう。

 しかし、王女は急に泣き出し、ユリアンの胸にすがった。

 周囲の貴族たちはどよめき、僕に疑いの目を向ける。

 お前たちが僕に向けていいのは羨望の眼差しだけだぞ。


「やはりあなたは私のことなど全く想っていなかったのですね……!」


 何を言っているんだこの王女は。被害者面しやがって。

 そう、ため息をつくと、僕はワイングラスを置き、ユリアンを睨んで見せる。


「仕方ないでしょう、あなたは私の好みではない。もし結婚したとしても、私はあなたを愛すことは一生ない!ならば、あなたを愛してくれる人と結ばれた方がよろしいでしょう。では、私は失礼しますよ」


 しょうもないやりとりに時間を割いている暇はない。はっきり言ってやった方が王女のためだ!

 そんなことよりも今後の食い扶持だ!僕はこれからどうやって生きていったらいいんだ!

 僕は憤慨し、不愉快な広場を出る。

 こんな……僕に相応しくない視線や謂れのない悪口を浴びせられる場所なんていてたまるものか!

 扉が大きな音を立てて閉まると、目の前に真っ暗な廊下が現れる。

 廊下を歩いていると、バルコニーが目に入った。

 そこだけ月明かりに照らされ、異世界のように耽美に輝いている。

 まるで僕のようだな……このように美しい場所こそ僕に相応しい。

 僕はそう笑って、導かれるままにバルコニーへ向かった。

 白いバルコニーの手すりに寄りかかり、月を見上げる。

 青い月だ。珍しいな。確か、月の魔力が高まっているとかなんとか……興味がなさ過ぎて覚えていない。


「リングレット・ガルシアン侯爵子息ですね」


 冷たく鋭い声が忍び寄る。

 振り返ると、そこには長い黒髪を隙なく纏め、素材の良さを押し殺す様に真っ赤な口紅を厚く塗った、美貌の淑女がいた。

 月の光に輝く僕はそんなに魅力的だったか?こんな場所で声をかけるとはいい度胸だ。


「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。私はマリーノワーズ・アンサルシアです。義兄妹になるはずの身でありながら、初にお目にかかります」


 アンサルシア……確か第一王子の婚約者がそんな家だった様な……

 というかなんだ、単なる挨拶かつまらん。

 僕は一息つくとじっとマリーノワーズを見る。

 それにしてもいい女だ。この女が婚約者なら、僕だって遊んでやってもよかった。

 そういえばこの女、公爵令嬢だったな。僕の家柄とも合う。

 僕の美貌に引き寄せられたのなら、少し声をかけてやってもいいぞ。


「初めましてマリーノワーズ嬢。今宵も月が綺麗ですね、まるで私とあなたのようだ」


 僕はマリーノワーズへ近づき、跪いた。

 彼女の手を取り、軽く口付ける。

 どうだ、嬉しいだろう?僕は自信に満ちた目で瞼を上げる。

 舞踏会の宝玉と呼ばれるこの美貌の僕にこんなことをされたらどんな女でもよろめくだ……


 バシンッ……!


 頬を伝う振動に、一瞬何事が起こったかとマリーノワーズ嬢を見上げる。

 まるで人の血を吸ったような唇を舌で舐め、魔物の血のような紫色の瞳でこちらを見つめるマリーノワーズ嬢は、先程とは全く別人のように月下に輝いていた。

 な、何なんだこの女……。

 すると突然、胸元のスカーフを力強く引かれ、首がしまる。


「マ、マリーノワーズ嬢、苦しいです。お手を……」

「気安く私の名前を呼ばないで下さいます?その汚い唇で」


 マリーノワーズは物を見るような冷たい視線で僕を突き刺すと、いきなり突き飛ばす。

 そして僕が立ち上がるよりも先に僕の腹に細く尖ったヒールを突き刺した。


「本当、噂に違わぬクズですわね。私、嫌いじゃなくてよ?」


 まるで人を踏みつけるために研がれたかのような鋭いヒールが、鳩尾の肉を削ぐようにえぐる。

 殺される……!僕は死を覚悟し、苦痛に顔を歪める。

 謝るんだ!早く謝れ僕!このままだと殺されてしまうぞ!

 

「マリ……ィ……ノワ……ズ、様……お、お、許し……ください」


 息絶え絶えに声を絞り出すが、意識が遠ざかっていく。

 霞がかる視界の中、急に苦痛が止む。

 そうだぞ、ヒールはさっき見たような赤い絨毯を歩くものだ、武器じゃない。

 マリーノワーズは意識朦朧としている僕のスカーフを再び握ると、緩く、胸ぐらを掴んだ。


「あなた、第二王女アリエスタから婚約破棄をされておりましたわね」

「はい……」

「アリエスタ王女のことはお好きかしら?」


 息が出来ず、頭も回らない。なんてことをしてくれるんだ、このか弱い僕に。

 王女のことなんて正直どうでもいい。あんな女のこと考えてられるか。

 僕はつい本音を漏らす。


「興味……ありません……」


 僕は金糸雀の鳴き声のような美しい声を潰し、汚らしい乞食のような声を絞り出す。

 するとマリーノワーズ嬢は突然パッと手を離し、しゃがみ込むと、艶やかに輝く大理石の床に叩きつけられた僕の肢体を艶めかしい目で見つめた。


「あらまぁ……いいご趣味をしていらっしゃいますこと」


 うっとりと目をまどろませながらマリーノワーズは僕を見下す。

 正解を引いたのか、外れを引いたのかわからないが僕は解放された。

 悔しいけど、その恍惚とした表情は僕に匹敵するほど恐ろしくも美しいな。

 しかし……逃げたくとも身体が思うように動かない。

 指一本動かすのですら彼女の許可を求めてしまう。


「あなた、私の犬になりなさい」


 彼女は月下に輝く指先を僕の口元に当てて、気味悪い笑みを浮かべた。

2026/10/2加筆修正しました

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