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追想列車1

遠くの旅行でもなければ、切符を買う機会は少ない。

普段とは違う場所に行く場合だって交通系の電子カードがあれば十分、券売機に行くのもチャージのためだ。


駅と駅の間にだけ存在できる小さな紙切れは、今となっては存在がレアだ。


「あっちゃあ……」


だからそれを買うのは特殊な状況――例えば、定期の期間が過ぎて、電子カードの残高が残り少なく、なおかつチャージできるだけの金が財布に無く、半端な小銭だけがあるような場合だけだ。


「ミスった」


目的地までの料金はいくらだっけと探す。

妙に新鮮な気分で買ったそれをまじまじと見れば、細長い四角で宇執摩うとま駅が印字され、▶の隣に値段が書かれていた。

ただの切符、けれど、どこか非日常だ。


自動改札に吸い込ませようと手に取り――


「ん?」


二枚あることに気がついた。


間違えて二枚買ったわけでも、券売機がミスしたわけでもなかった。

親指と人差し指の腹で挟んだ切符に力を込めれば、二枚目のそれに「追想」と書かれていた。

▶の隣、値段が書かれている部分には「Clast」とある。


「クラスト……」


その言葉の意味を認識すると同時に、切符の一部が凹んだ。

知識としては知っている、改札鋏による切れ込み。


「はあ!?」


それは自動改札普及前、改札内に入った証として入れるものだった。

せめて通った後じゃないのかとツッコミを入れるより先に、ジャギん、と深々と音が鳴り、視界がぐるりと巡り――


横から手が伸びた。

女性の手だった。


横から取るというより、そっと切符に指が触れた。

そいつと目が合った。


「間に合いましたね」


文坂波等羽ふみさか・はとばがそこにいた。


「なんで!?」


驚き切るよりも先に、暗転した。



  +  +  +



クラストに入るには条件がある。

戦闘メインの場所だと弱い人間は弾かれる、謎解きする場所に馬鹿は入れない。


もっと一般的な条件としては、魔力の値が高い人間を優先するというものがある。

一人では維持できないクラストの構造を、他人から奪い取って維持に当てる。

その補給のために豊富な人間を選ぶ。


どうやら、僕は潤沢にある側の人間らしい。

クラストに巻き込まれやすい原因の一つだ。

できれば今すぐにでも捨て去りたい。


「おー、ここがですか」


呑気な声を傍で聞いた。


僕らは、気づけば電車の中にいた。

カタンカタンと軽快な走行音を鳴らし移動をしていた。


「文坂さん……」

「なんでしょう」

「……なんで、あそこにいた?」

「センパイがあの場にいたからです」


話にならなかった。

僕らは電車の通路内で黙って顔を見合わせた。他に乗客の姿はない。


「……聞き方を変えるよ。いつから、僕を付けてた?」

「一時間ほど前、お手洗いに行きました」

「それ以外の時間は今日一日中、常にストーキングをしていたとか言わないよね?」

「?」

「まるで僕が「実は文坂さんの心臓って動いてるよね」と訊いたようなツラをしないで欲しい」


この世の常識を改めて訊かれたかのようだった。


「ですが、これはセンパイのせいです」

「なにが」

「いつ、どんなタイミングでクラストに巻き込まれるかまるでわかりません。念入りにストーキングしているのに、当たり前みたいにすり抜けるから……!」

「そんなことを理由にしないで欲しい」


クラストに入るのは、僕自身の意図や意思は関係ない。


「最初はセンパイのプライベートに配慮してました、けど、それじゃセンパイをクラストに逃がしてしまう……!」

「だからストーキングを強化したと」

「念願が、叶いました」


成功体験を得るな。


「次もやるとか言わないよね?」

「クラストって、やっぱり色々違うんですね」

「話を逸らすな」


いつの間にか、僕のプライバシーが根こそぎ消失していた。

文坂さんは、興味深そうに周囲をきょろきょろ見渡した。


「ここって、電車ですよね」

「まあ、見ての通り」

「アナウンスとか、ない感じですか?」

「どうやら、そうらしい」


待っていても何も起こらなかった。

ただカタンカタンと軽快に電車は進む。


「……ひょっとしなくても、ヒントはゼロですか」

「いつものことだね」

「センパイって、苦労してるんですね……」

「理解してくれてありがとう」


最近は毎回のように説明不足のまま脱出しろと要求される。


「電車、止まる様子もないですね」


駅など無いのか、それとも駅間がそれだけ開いているのか突き進み続けた。


「後ろの車掌室にも、誰もいないみたいだ」


電車最後尾に僕らはいた。

背専用の部屋の中は無人だ。


定期的に小刻みに揺れる車内の外では、知らない景色が流れる。


「?」

「どうかした」

「外の景色、見憶えがある気がします」

「どこか分かる?」


ヒントになるかもしれない。


「いいえ、憶えていません」

「まあ、分からなくてもしかたないか」


通い慣れた車窓の景色でも、朝と夜ではまるで異なる。

ちょっとした違いで見知らぬ風景に思える。


「異常事態ですね」

「どこが?」

「私、一度見たものは全て記憶してます、何も忘れていません」

「なんて?」

「ストーキングする人間の、当然の嗜みです」

「能力の悪用過ぎる」


思い出として記憶に焼き付ける、って普通はいいセリフなのに、ストーカーが言うと最悪だ。


「まったく記憶にないんじゃなくて、すっごく半端に見覚えがあるんですよね」

「ひょっとしたら、記憶が混ざっているのかもしれない」

「記憶が……?」

「僕も、外の景色に憶えがある気がする」

「ほうほう」

「文坂さんが全部を憶えていて、それでも半端にしか分からないのなら、別の情報が入ったと見るべきだ」

「それがセンパイの記憶だと」

「あくまで可能性だけどね」


クラストは精神的な影響が強い。


「へぇ……」

「おい、まじまじと外を見るな自称後輩」

「私、一度見たものを絶対に忘れません」

「早くこのクラストを抜け出そう、前の車両に行こう」


余計な情報を取られるより前に、そうするべきだ。

だから「ゆっくり旅を楽しみましょうセンパイ」などという戯言は完全に無視した。


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