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素人密室1

外出時、異常な密室に閉じ込められた経験は、誰だって一度はあるはずだ。


高校からの帰り道、角を曲がったとたん、僕はここにいた。

真っ白な部屋。大きさとしては小さな喫茶店くらい。イスとテーブルが五セットほど入るほどの空間には現在、一脚と一台しかない。


異常密室クラストだった。

その中に閉じ込められていた。


「まったく――」


声で、人がいると気がついた。

少し離れた場所に、子供が立っていた。


どう見ても未成年で年下の、下手をすれば義務教育期間中だ。

前を向いたままの半眼の顔のまま、その口が動いた。


「これは、どうするか」

「それって僕への問いかけですか?」

「さっきのあたしの言葉が、独り言でなければ」


振り向きもしなかった。


「なるほど、独り言ですか」

「……なぜ?」

「伝える気がないのだから、こっちが勝手に決めてもいいでしょう?」

「身勝手な人だ」

「たいていの人間は身勝手です」

「その勝手な奴に聞きたい」

「なんでしょう?」


彼女は手ぶらで、荷物を持っていなかった。

白いパーカー服は、背景と溶け込むかのようで、表情はこの世の何事にも興味がなさそうだ。


「ここはクラストだな?」

「おそらくは」


有名なところでは性行為をしないと出られない部屋。あるいは条件をクリアしなければループする通路、殺人鬼と共に閉じ込められて逃げ切る必要がある場所など、現代社会では超常的な密室が――『クラスト』がたまに出現する。


言ってしまえば迷惑で身勝手な奴に攫われたようなもの。

そこからの脱出は、クラストによって異なる条件をクリアする必要がある。


「脱出するのを、止めないか?」

「はい?」

「ずっと、ここで暮らすべきだ」

「……見たところ水も食料もありません、3日くらいの「ずっと」になります」

「それでもいい」

「悲観しすぎでは」

「そうか?」


平坦に言って、彼女はそのまま無地の床にゴロンと横になった。

気づいたようにゴロゴロと転がって距離を取り、大仕事をしたかのように、ふぅ、と息を出した。


「悲観してるから、あたしは寝る」

「マイペースだってよく言われません?」

「お前には生きる気力がない、とは最近よく言われる」

「きっと的確な評価です」

「うん」


そのまま彫像のように動かなくなった。

僕は一人、白い密閉空間に放置された。

ぽつんとリュックを背負って立っている。


「……起きてます?」

「寝てる」

「いっしょに調べる気は、なさそうですね」

「うん、がんばれ」

「がんばらせないでください」

「あたし、脱出否定派」

「そうでした」


会話はしてくれるようだが、調べることに協力してくれる様子はない。

身動き一つしていないが自由な人だ。


「まあ、急いでやることも、今のところないんですが」


帰宅途中で助かった。これが通学途中なら大変だった。


クラスト遭遇は、その証明が難しい。

大怪我をしていれば、あるいは数カ月が経過したような見た目をしていれば分かるが、大抵はただの遅刻と見分けがつかない。


遅刻常習犯がよく口にする「いやあ、たまたまクラストに巻き込まれちゃって」の言葉は、もう誰も信じない常套句。嘘つきの「狼が出たぞ」の大合唱によって、本当の狼との遭遇者が迷惑を被る。


クラスト中は、スマホで外部に連絡を取ることすらできない。


「とはいえ……」


調べることができる箇所は少なかった。

ドアと机、あとは壁くらいだ。


まずはドアへと近づいた、一番わかりやすい脱出経路だ。

トイレにでもあるようなそっけない扉は、しかし、当然のように開かなかった。ドアノブを回しても途中で止まる。見れば鍵穴があった。どうやらロックされているようだ。


壁の様子も確かめたけど、なんの変化もありはしない。


「そうして次に、机を調べるのだった」


ちょっと呟いてみた。


「ゲームのコマンドを実行してる?」


ツッコミが入った。


「悲観主義者はそのまま寝ていてください」

「退屈」

「脱出はしたくないけれど、暇も嫌だっていうのは、身勝手の極みでは」

「すべての人間は身勝手だって、さっき誰かが言っていた」

「誰ですか、そんな無責任な発言した奴は」

「本当に身勝手だ」

「誰でも自分のことは棚に上げるものです」

「なら、ぼくを崇め奉ることを許す。ぼくの下僕という立場になれば、きっとその思い上がりも正される」

「ぼく……?」


寝ている少女が、目を瞑ったまま肩をすくめた。


「外向き用の一人称を止めた」

「崇め奉ることを要求するぼく様とやらは、脱出に協力してくれるつもりはないのですか?」

「ぼくだぞ?」

「それで全てが解決すると思わないでください」

「今日はなんと100歩も歩いたんだ、これ以上は動けない」

「予想以上にご近所さんだった……」


名無しのぼくとやらを無視して、机を調べる。

白くそっけないテーブルの上には、古いナイフとリボンで飾られた箱があった。


「なんのプレゼントなのやら……」

「お菓子なら教えろ」

「まだ開けてませんが、食べ物だったら口元まで運べとか言いませんよね」

「?」

「空気感だけで「とても当たり前の行動を、どうしてこの下僕は言っているのだろう?」みたいな雰囲気を出さないで欲しい」

「いい心がけだ、いいぞ」

「自分の察しの良さが恨めしい」

「はよはよ」

「本気で動くつもりがないですね、あなたは」


それこそクリスマスプレゼントか誕生日プレゼントのようにデコレーションされたそれを開けると、中には一枚の紙があった。


「……」


親しい人へと贈るグリーティングカードの類ではなかった。

そのような明るさは微塵もなく、ここが閉じられた異常密室である事実をただ突きつけた。


「なにがあった?」

「いえ……」

「ああ、違うか」


その子供は寝転がったまま、当たり前のように続けた。


「一体、誰を殺せと書かれていた?」

「知ってましたか」

「いいや、ただの推測だ」


指を二本立てていた。


「ここには二人の人間がいる、一人じゃなくて二人だ。なら、この二人に何かをさせるのが常道だ」

「ええ」


見えないことを承知で、その厚めのカードを相手に見せた。


「割と最悪です」


そこには、「君たちは鍵を飲んだ」と書かれていた。

ついでのようにもう一行「ここでは嘔吐を禁じている」とも。


そして、僕の手には、箱を開けるのに使ったナイフがあった。




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