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SPIRITS Rum  作者: 御堂


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11/11

そしてクラリス・エヴァンジェリンは退路を絶たれた

この良き日に、皆の前で王として立てる日が来たのを嬉しく思う。

思えば13を過ぎたあの頃より、私は人生の半分の時間を、血統能力の暴走に蝕まれ、眠ることもままならない日々を過ごしてきた。

歳を経る度に膨らんでいく熱暴走は、私ひとりの力ではどうにもならず、鬱屈と荒んだ日々に、自身の不甲斐なさを恨み、王家を恨み、そして未来に絶望していたのを、今でも思い出す。

私の内に息づく熱は気づけば、ランヴァリオンの太陽に匹敵すると言われ、いつ暴発するかも分からない災害となってしまっていた。

民に、そして諸侯らに不安と恐怖しか与えられない己が、ただ呪わしかった。…それについては、申し訳なかった心から謝罪する。

すまなかった。

どうにもできない絶望と混乱の中で、先王である父が亡くなった時。

私はランヴァリオンの終わりが始まったと思った。

私の熱で作る最高のスピリッツ、男神が求めるラム酒の奉納にまでたどり着けないだろう。やがて熟れた果実が腐り落ちるように…私の愛するランヴァリオンが絶望の底に落ちていく幻覚を…幾夜も見ていた。


私のそんな絶望と恐怖を救ったのは…まず弟のルシアン。

常に私を愛し、信じてくれた彼は、真っ先に…始祖の王が作った潮騒の宮殿の地下に眠る古代の熱変換装置の発掘と復元に取り掛かってくれた。

数百とも数千とも言われる神話の時代の遺物を、ルシアンは迅速に探し当て、復元して見せた。

そして、フェリクス・カステロ。私の唯一無二の友人である彼は、古代の遺物を起動させうる人物の捜索に尽力してくれた。

この広い大陸中を駆け回り、そしてようやく…私の、そしてランヴァリオンの希望を探し当て、ここに連れてきてくれたのだ。

二人には感謝してもしきれない。

改めて言わせて欲しい。ありがとう。


フェリクスが連れてきたその人は、…ランヴァリオンの紺碧の海に沈む夕日。まるで夕焼けのような、鮮やかな髪色を持つ帝国の民であった。

そして二百年もの昔に滅びた、ジュネヴァ国王家筋の女性だ。我がランヴァリオンの主神、男神ラムの妹神、女神ジュニパーを信仰していた国家の末裔。

不思議な縁を感じるのは当然だろう。

我がランヴァリオン家の血統能力が、熱と放射があるように、ジュネヴァ国にも血統能力が存在していた。

それは、解析と分解。

彼女と出会った時、彼女は私の無意識に放射していた熱暴走の煽りを食らって、倒れ込んでしまった。

しかし、私は己の中のエネルギーに大きな変化を感じた。

それは例えるなら、荒れ狂っていた海が、吹き荒れる暴風が、全ての植物の葉をむしるように叩きつけていた雨が、威力を徐々に削られるように弱まっていく感覚があった。

次に彼女と対面した時、私は己の熱が完全に沈黙していることを知った。そして、久しぶりに鳥の声を聞きながらうたた寝をしたのだ。

解析と分解の威力を身をもって知った私は、その日から…人生の半分もの時間に費やしていた終わりのない熱暴走と荒れ狂う熱放射の脅威から解放されたのだ。

私のこの気持ちを、まず皆に知って欲しかった。

私がどれほど感動したのか、想像も及ばないだろう。

私が、あれほど絶望していたランヴァリオンの未来が、息を吹き返すように健やかに膨らんでいくビジョンを垣間見た時、私は何がなんでも王としてここに立つことを決めたのだ。


とはいえ、始祖の王の熱制御装置の起動は困難を極めた。

アンバーカノープスは古代語しか話さない。

私が歴史学者である偶然に心が震えた。

解析を進めてもらう中で、私は始祖の王の新たな歴史を知ることとなった。私は歴史学者として、それに触れられた事を大変に喜ばしく思う。そして誇らしくもある。

伝説の域をでない始祖の王。名前すらも明らかにされていなかった彼は、とても人間味があり、葛藤や、孤独、唯一無二の友との出会い、そして最愛の妻との睦まじい様子などの一面を垣間見せてくれた。

熱の制御の訓練をする傍らで、その人は常に私に寄り添い、私の補佐を完璧に行い、そして導いてくれた。時には叱咤もされた。暴言も吐かれたが、私は彼女にはそれを許す。

我が友、我が半身。

始祖の王ザルヴァンが、アンバーカノープス…アンブリエルに向かって常に語りかけていた言葉を、私は彼女にも伝えたい。

我が友、我が半身。そして我が最愛。

今日この日を迎えられたのは全て…貴方のおかげである。

私一人ではなし得なかったことばかりだ。

アンバーカノープスの起動だけでも大きな偉業であるが、我が国の新しい歴史が(つまび)らかにされたことで、私の元に遣わされたジュネヴァの血統の信頼性が高い事を、私はランヴァリオン王としてここに証明する。

そしてその功績を称え、彼女には後ほど褒賞を授けることにする。


では皆に紹介しよう。

クラリス・エヴァンジェリン嬢。

私の夕日の聖女。

そしてランヴァリオンの賢者である。



キリアンの演説に、聖堂に集まった諸侯や他国の招待客達が一斉に立ち上がって割れるような拍手が鳴り響く。

ルシアンに手を引かれてキリアンの傍まで来たクラリスは、困惑気味にキリアンを見上げ、目の前で笑顔を浮かべる人々を見て、ぎこちなくカーテシーをした。

途中から愛の告白のような演説だったような気がする。それから聖女とか。

え、え…?

情報の処理が追いつかないまま、クラリスは顔をあげられずにいる。

何が起きてるんだろう、顔が熱すぎるのはなんでだろう。そんなことに意識を取られていると、ドレスをつまんでいた腕を引かれた。

腕を掴んでいたのは王冠を被ったキリアンで、彼の周りを透き通るような数式達が踊り上がるように螺旋を描いていた。その中に見たこともない赤い数字が蝶のように舞っている。そして、キリアンの顔も心なしか朱に染まっていた。

なにあれ…。

呆気にとられるクラリスの横で、ルシアンが咳払いをした。

「クラリス・エヴァンジェリン嬢への褒賞ですが」

ルシアンはそう言い置いてニコリと笑う。そして式典服の内側から分厚い目録を取り出すと、ゆっくりとそれを広げ始めた。

男神ラムの聖堂の中が静まり返る。

「今回の偉大な功績を称え、ランヴァリオン王家から以下のものを与えます」


1. カステロ公爵家の養女として陞爵。

2.カステロ公爵家が管理するランヴァリオン家のタウンハウスの授与。

3.歴史学者バルトロメウス伯爵の研究室の永久貸与。

4.ランヴァリオン家が所有する古代遺跡、古代遺物の研究権、そして費用の全額負担。

5.ランヴァリオン王室直属の筆頭数理官職への任命。

6.筆頭数理官のみが持てる特別な印章の授与。

7.国王の私室の鍵の授与。

8.十年分の給与の前払い。

9.今後の功績に応じたボーナス支払いに関する権利書。

10.王宮内におけるクラリスの私室の授与。

11....


「ま、待って…」

まだまだ続きそうなルシアンの目録の読み上げに、クラリスが目を回し始める。

というか。

公爵家の養女とは…?

国王の私室の鍵とは…?

聞きなれない言葉の並びに、混乱していた頭がとうとう思考を放棄した。

悲鳴が上がって何事かと思ったけど、それを気にしている余裕はもうなかった。

「クラリス?!」

キリアンの叫ぶ声が耳元で聞こえたが、反応できなかった。

クラリスはまた、気絶したのであった。




「あの、ルシアン殿下…詳しく説明して頂きたいのですけど…」

ルシアンの執務室にて、クラリスは目録を前に眉間を抑えていた。

対面に座るルシアンは、白鷺の君と呼ばれるだけあって、優美で楚々とした雰囲気のそれは美しいキリアンの弟ではあったが、クラリスはどうも苦手だった。

式典で倒れた日の翌日である。

倒れたクラリスを抱きとめたキリアンは、早々に式典を終わらせ、既に用意されていた 10.王宮内におけるクラリスの私室 へ運び込んでいた。

クラリスの疲れきった顔とは反対に、ルシアンはとても機嫌がいいのか、晴れ渡るような笑顔でこちらを見ている。

「何か足りませんでしたか」

「いえ、逆に多すぎますし…私、帝国民なので、公爵家の養女っていうのは」

まちがいなのでは?という前に、ルシアンがこてん、と首をかしげた。

「あなたは、先週からランヴァリオン国民でしたが?」

「え」

「チトニア陛下に、帝国籍の抹消とランヴァリオン王国への身分移譲届けにサインを頂きましたので。あなたは先週から晴れてランヴァリオン国民となったのです。だから公爵家の養女にもなれるのですよ」

ニコニコと笑いながら説明するルシアン。

「ああ、そうでした。チトニア陛下から、大鷲の永久貸与のプレゼントもありました。何時でも帰ってきていいですからね、という事だそうですけど。その他もあるそうですよ。こちら目録です」

引き出しから取り出したのはこれもまた分厚い目録だった。

分厚い二つの目録を前に、クラリスが小さくなる。

「あの、なぜ公爵家に?帝国籍の抹消とかまだびっくりしてますけど、それなら別に平民のままでも…」

クラリスのもそもそとした言い訳に、ルシアンが微笑みを深くする。

「相応しい身分がないと、あなたが王妃になれないでしょう?だからですけど?」

「王、妃…?」

「私は別に、あなたの意志を尊重するつもりは全くなくて、兄がそれを望んでいるからそのようにしているだけなんですよ。現に兄はとても喜んでくれましたし。それに私はこの国の宰相でもあるので、そこら辺は自由にできる権限をもってますからね。ついでに王族ですから、平民を貴族にするのも、貴族を奴隷にするのも自由自在です」

恐ろしいことを平然と口にするルシアンにクラリスが震え上がるが。

「あの、王妃って」

なおも抵抗するクラリスに、とうとうルシアンはため息を着いた。

「あなた、ちゃんと兄の演説聴いてましたか?あんなにあからさまに大衆の前で、あなたへ愛の告白をしたんですから、当然あなたは兄の気持ちに応えるべきでしょう?」

ルシアンの言っている意味が分からない、という顔をしていたらしい。

ルシアンもルシアンで、とても名誉なことなのにわかってないとは何事か?という表情になる。

「…」

「…」

黙り込んでお互いの表情を探りあっていると、執務室の扉がノックされた。

入ってきたのはキリアンだった。

「話し合いは終わったか?」

二人の顔を見て、キリアンが眉を寄せる。

「難航するような事があったか?」

「いいえ。なにも」

ルシアンが朗らかに笑ってキリアンを見上げる。

「少し認識の齟齬があっただけですから。()()?」

ルシアンの圧が強い。目を逸らしながら、クラリスは「そうですね」と小さな声で答えるしか無かった。

流れを知らないキリアンが、そうかと首をかしげるが、ややあってからクラリスを立ち上がらせて腕を引いた。

「借りるぞ」

「もう兄上のものですよ」

ルシアンの言葉にキリアンが笑うが、クラリスはそれどころではなかった。

キリアンに引っ立てられながら、クラリスはうっとりとするような笑顔を浮かべて見送るルシアンを睨むことしかできなかった。


キリアンの執務室はルシアンのより広く、しかし程よく雑然としていて、何となく居心地の良さを感じた。

天井まで届く書架、クラリスが寝転んでもまだ余る大きさの机、見た事のある…アンバーカノープスの傍に置かれていたフカフカのクッションが、ソファに置かれている。

ぼんやりと部屋を眺め回していると、キリアンが目の前に立つ。あまりに近い距離に思わず後ずさると、ドアが背中に当たった。

「具合はどうだ?」

キリアンは動くつもりがないらしい。お互いの鼓動が聴こえそうな距離。クラリスの頭の上から、少しだけ心配そうに尋ねられ、クラリスは「平気です」と若干上擦った声で答えた。

「あの、殿下…じゃなくて陛下…?ちょっと距離が近…」

「キリアン」

え?と顔をあげると、少し身をかがめたキリアンの顔が目の前にあった。彫刻のように美しい顔は相変わらず、即位式典の準備などで忙しかったせいもあったのだろう。深紅の瞳には疲れが滲んでいた。

「あの…?」

キリアンの両手が、クラリスを囲うように扉につかれていて、檻に閉じ込められた感じになる。

ほぼ密着するような距離感の向こうで、キリアンがクラリスの耳元に口を寄せた。

「キリアンだ」

「キ、キリアン、…」

顔が熱い。血が沸騰している錯覚。胸を痛いくらいに打つ心臓。鼓動は確実にキリアンに聞かれているだろう。その事が妙に恥ずかしくて、クラリスはキリアンの檻の中で小さくなった。

「クラリス、昨日の演説はちゃんと聴いていたのか?」

何度も頷くと、耳元に口を寄せていたキリアンが小さく笑った気配がした。

「色々とルシアンに褒賞は用意させたが、気に入ったものはあったか」

「あの、たくさんに、ありがとうございます…タウンハウスは本当に…その」

顔の熱さが耐えられなくなって、冷えきった指で冷やすように顔を覆う。そんなクラリスを間近で見つめていたのだろうキリアンが少しだけ身体を離して、目線を合わせるように屈んだ。

「アンブリエルを起動させるのに俺も相当な努力をした。お前も傍で見ていただろう」

「それはもちろん。はい。陛下の努力の賜物です」

何度も頷くクラリスは、横目で顔を赤くしたままキリアンを見る。キリアンが少しだけ笑った。

「実は俺も褒美が欲しくなってな」

「…?」

「始祖の王のような伴侶を迎えたい」

固まるクラリスを見つめながら、キリアンは巻き毛のかかる頬を撫でる。

「男神ラムが始祖の王に言った一節がある。ジュネヴァの血統を迎えよ、と」

クラリスの頬を指の背で撫でながら、キリアンは目を細めた。

「なら、この俺にはお前しかいないだろう…?」

「…そ、そう、なります…かね…?」

なかなか目を合わせようとしないクラリスを軽く睨みながら、キリアンは言う。

「お前しかいないのなら、お前から褒美をもらいたいんだが?」

ようやくキリアンの顔を見たクラリスに、キリアンが笑いかける。

「私は何をすれば」

「伴侶になると言うだけでいい」

「…」

「クラリス。俺の半身になってくれ」

切なげに眉を寄せるキリアンの瞳に、熱が灯る。

キリアンから立ちのぼる真っ赤な数式達が、戸惑いながらクラリスを包み込み始めた。

芳醇なラムの香りと、ジュニパーベリーの薫香がキリアンから漂う。

「陛…」

「キリアン」

「っ、キリアン様…あの」

「…」

断る事は絶対に許さない圧に押しつぶされそうだ。

クラリスは息も絶え絶えに言葉を振り絞った。

「まずは、お付き合いからお願い、します……」

「…」

キョトンとした顔のキリアンを見上げながら、クラリスは恥ずかしそうに続ける。

「陛下との結婚については前向きに頑張るので、その。…男性と恋仲になったことがないので、まずは」

全て言い終える前に、クラリスはすごい力でキリアンに抱きしめられた。

「ありがとう…クラリス」

キリアンは泣いているのか、少しだけ声を震わせていた。

そっとその背中に腕を回す。あやす様に優しく叩いてやると、腕を解いたキリアンは、クラリスの顔を優しく持ち上げて口付ける。

角度を変えて何度も求められたキスは、クラリスがへたり込むまで続けられ、キリアンが楽しそうにその身体を抱きとめてようやく終わった。






おわり

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