9話 休の話
「…………おい」
ふと、思い出したことがある。
俺は、この少女の名前を知らない。
「?……はい」
「コレはなんだ?」
皿の上に並ぶものを見て俺は無意識にも口を曲げる。
「?醤油漬けのシラスです」
「食い物なのか?」
はっきり言って見た目がかなり気持ち悪い。
黒々しく染まる中でブツブツの斑点が散らばるそれは、よく見れば小さな魚の密集でブツブツはその一つ一つの目だった。気持ち悪い。
「もしかして、今まで食べたことがありませんでしたか?私は結構好きなのですが」
「こんなの見たことすらねーよ」
魚は嫌いじゃないが、何故こうも小さなものを一纏めにぐちゃぐちゃにして食わなければならない。
食ってる図を想像するだけで気持ち悪い。
「……集合体」
「?」
少女が何かを呟いたかと思えばすぐに口を閉じた。俺が視線を向けても敢えて逸らす。
かと思えば急に立ち上がり俺の皿を奪い取った。
「なら、こちらは下げますね。他のおかずを用意します」
そのままキッチンに出ていく姿を見て、俺は彼女を怒らせたのかと思った。
『──私は結構好きなのですが』
好きなものを気持ち悪がれたら、不快に思うのは当然だと思った。
それからすぐに少女が戻ってきたら、皿の上の魚は消え卵焼きになってた。
この一瞬で作ったのかと驚いていると「納豆は食べられますか?」と聞いてきた。
「おう?」
「イクラは?」
「食えるが今はいらねーぞ?」
「スジコは?」
「イクラと何が違うんだ?」
「キャビアやトリュフは……」
「食ったこともねーよ」
まるで伺うように下から覗き込まれ、俺が戸惑いながら答えるが少女は一人「うーん」と唸りそうな顔をし続ける。
「…………カエルの卵は?」
「飯食う時に何言ってんだよっ!?」
まさかそれを食い物とでも思ってるのかと疑えば、少女がようやく満足げに頷き食事を再開した。
まさかさっきの仕返しか?と思い当たった俺だが、これ以上何かを口にして更にえげつない単語を出される前にとコメをかきこんだ。
その後も妙に少女から見つめられ、体が穴だらけになるかと思った。