第三百十三話 侵略の天使たち
セルメティア王国の町、ジェーブルの町の東にある平原でセルメティア軍とジャスティスの軍団が抗戦する中、突如現れたアリシアとファウによって大勢の敵天使族モンスターが倒され、セルメティア軍の士気は少しずつ高まっていく。指揮官であるリダムスもセルメティア兵たちの士気が戻ったのを見て闘志が戻り、敵軍に勝てるかもしれないと感じていた。
士気が高まったセルメティア兵たちは自ら前に出て天使族モンスターたちに攻撃を仕掛け、少しずつジャスティスの軍団を押していく。後方の弓兵や魔法使いたちも矢や魔法を放てセルメティア兵たちを援護し、一体ずつ天使族モンスターたちを倒していった。
しかし、天使族モンスターたちも負けずと反撃してセルメティア兵たちを押し戻そうとする。セルメティア軍の士気が高まったとはいえ、天使族モンスターたちは戦闘能力が高く、空中から攻撃することも可能なので戦況はまだ若干ジャスティスの軍団の方が優勢だった。
セルメティア兵たちは剣や槍を使って近くにいる権天騎士や主天闘士に攻撃を仕掛ける。戦闘能力では天使族モンスターたちよりも劣っているため、セルメティア兵たちは単独で挑まず、複数の仲間と協力して戦った。その光景を見てリダムスは鋭い表情を浮かべている。
「少しずつだが兵士たちが天使たちを押し戻している。このまま士気を低下させずに敵を倒すことができればいいのだが……」
今の戦況を維持しながら戦いたいと考えるリダムスは騎士剣を強く握る。アリシアとファウが合流したことでセルメティア兵たちの士気が高まったが、自分たちが不利なのに変わりはない。せめてビフレスト王国から新たな救援部隊がやって来るまでは持ち堪えたいとリダムスは思っていた。
戦いに集中するためにリダムスは騎士剣を構えながら前を向くと、一体の権天騎士が真正面から低空飛行でリダムス向かってくる。そして、リダムスの目の前まで近づくと持っている剣で攻撃してきた。
リダムスは権天騎士の剣を騎士剣で防ぐと素早く剣を払って袈裟切りで反撃する。袈裟切りを受けた権天騎士は空中で怯むがすぐに体勢を立て直して剣を構え直す。リダムスはまともに攻撃を受けたのに死なない権天騎士を見ながら小さく舌打ちをした。
「真正面から体を斬られたのに倒れないとは、やはりコイツらは普通のモンスターではないのか……」
権天騎士が過去に自分が遭遇したモンスターたちとは明らかに強さが違うと感じ、リダムスは面倒そうな表情を浮かべながら騎士剣を強く握る。そんなリダムスに権天騎士は再び真正面から剣で攻撃してきた。リダムスは騎士剣で再び剣を防ぐと素早く権天騎士の左側面に回り込み、騎士剣に気力を送り込んで剣身を紺色に光らせる。
「剣王破砕斬!」
戦技を発動させたリダムスは騎士剣で権天騎士を真横から斬りかかる。リダムスの攻撃を受けた権天騎士は飛んだまま体勢を崩し、そのまま静かに光の粒子となって消滅した。
通常の攻撃に加え、中級戦技を撃ち込んでようやく倒せた権天騎士をリダムスは改めて厄介な敵だと感じた。そんな厄介な敵が大勢いることから、リダムスはアドヴァリア聖王国に力を貸すジャスティスの軍団が強大な戦力を持っていると実感する。
権天騎士を倒したリダムスは敵の攻撃に備えて素早く騎士剣を構えて周囲を警戒する。その時、左側から轟音が聞こえ、リダムスが驚きの表情を浮かべながら左側を向くと、十数m先で大勢の天使族モンスターを相手にフレイヤを構えているアリシアの姿があった。
アリシアはフレイアを両手で握りながら中段構えを取っており、その周りでは三体の主天闘士が正面、右斜め後ろ、左斜め後ろの三方向からアリシアを囲んでいる。空中では四体の能天導士にアリシアを見下ろしており、アリシアは完全に囲まれている状態だった。にもかかわらず、アリシアは焦ることなく鋭い目で自分を囲んでいる天使族モンスターたちを見ている。
現在、アリシアは七体の天使族モンスターを相手にしているが、数分前までは五体の権天騎士を含めた計十二体の敵を相手に戦っていた。しかし、アリシアは五体の権天騎士をあっという間に倒し、今は七体の天使族モンスターだけが残っている。
「残りは能天導士四体と主天闘士三体か……この程度なら問題無い」
自分を取り囲んでいる敵の数と種類を確認したアリシアが構えたまま呟く。その直後、アリシアの右斜め後ろにいた主天闘士の一体が大きく前に踏み込み、持っているハンマーをアリシアに向かって降り下ろす。
アリシアは後ろからの攻撃に気付くと素早く構えを解いて右手だけでフレイヤを持ち、頭上に持ってきて横にする。すると、主天闘士のハンマーはフレイヤの剣身にぶつかり、高い金属音を立てながら弾かれた。
攻撃を弾かれた主天闘士はその反動で体勢を崩し、よろけながら下がる。その隙にアリシアは攻撃してきた主天闘士に近づいてフレイヤで袈裟切りを放つ。体勢を崩していた主天闘士は回避も防御もできずにフレイヤの攻撃をまともに受け、そのまま光の粒子となって消滅した。
一体の主天闘士を倒したアリシアはすぐに振り返って残っている二体の主天闘士の方を向いて構え直す。残っている二体の主天闘士もアリシアと目が合うと素早くハンマーを構え、それを見たアリシアは先手を打たれる前に仕掛けようと主天闘士たちに向かって走り出した。
アリシアが走り出した直後、空中にいた四体の能天導士たちが一斉に杖をアリシアに向け、杖の先から白い光球を放って攻撃してくる。魔法攻撃に気付いたアリシアは急停止して空中から迫ってくる四つの光球を睨む。そして、光球が自分の間合いに入った瞬間、フレイヤを素早く振って全ての光球を叩き落した。
「使うのならもっと攻撃力のある魔法にしろ」
弱い攻撃をしてきた能天導士たちを見上げながらアリシアは低い声を出し、フレイヤを横に構えて剣身を白く光らせる。
「白光千針波!」
神聖剣技を発動させたアリシアはフレイヤを横に振り、空中の能天導士たちに向かって無数の白い光の針を放つ。光の針は勢いよく能天導士たちに向かって飛んで行き、ほぼ全てが能天導士たちに命中した。
体中に光の針が刺さった能天導士たちは地上に向かって落下し、落下しながら光の粒子となって消滅する。能天導士たちを倒したアリシアは視線を主天闘士たちに戻すと再び主天闘士たちに向かって走り出す。
主天闘士たちも走ってくるアリシアを見ると迎え撃つために翼を広げ、地面から少し足が離れる高さまで飛び上がる。そして、ほぼ同時に低空飛行でアリシアに向かって飛んで行く。
走るアリシアと低空飛行で移動する二体の主天闘士、双方は徐々に距離を縮めていき、敵の数m手前まで近づいた。その直後、アリシアから見て右側にいる主天闘士がハンマーを振り上げてアリシアに攻撃する。走るアリシアは素早く左へ跳んで主天闘士の振り下ろしをかわす。
アリシアが振り下ろしをかわすと今度は左側からもう一体の主天闘士が近づき、ハンマーを左から横に振って攻撃してくる。アリシアは左から迫ってくるハンマーの頭を見ると真上にジャンプして横振りを回避した。攻撃をかわしたアリシアは左側にいる主天闘士を鋭い目で見つめながらフレイヤを素早く構えた。
「聖光飛翔槍!」
フレイヤの剣身を白く光らせたアリシアは主天闘士に向かって勢いよくフレイヤを振り下ろす。剣身からは槍のように先端の尖った光の刃が放たれ、主天闘士の体の命中する。光の刃を受けた主天闘士は仰向けに倒れ、粒子となって消滅した。
二体目の主天闘士を倒したアリシアは視線を最後の一体に向ける。すると、三体目の主天闘士は再びハンマーをアリシアに向かって振り下ろして攻撃してきた。アリシアは頭上から迫ってくるハンマーを見て一瞬目を見開くが、すぐに目を鋭くしてハンマーを睨み付ける。
アリシアは迫ってくるハンマーを睨みながらフレイヤを頭上に向かって振り、振り下ろされたハンマーを弾く。通常はジャンプ中に振り下ろしの力と重力が加わったハンマーを剣で弾くなど不可能だが、レベル100のアリシアにはそれは可能だった。
ハンマーを弾かれたことで主天闘士は僅かに体勢を崩し、その間にジャンプしていたアリシアは着地した。着地するとすぐに主天闘士に向かって走り出し、目の前まで近づくとフレイヤを素早く振って主天闘士を攻撃する。フレイヤで斬られた主天闘士は持っていたハンマーを落としながら崩れるように倒れ、そのまま光の粒子と化した。
「よし、これで片付いたな。あと他には……」
アリシアは周囲を見回して他に敵がいないのを確認し、近くに敵がいないのを確認したアリシアはフレイヤを振って軽く息を吐く。疲れは感じていないが、敵を片付けたので少しホッとしたようだ。
離れた所ではリダムスがアリシアの戦う姿を見て呆然としている。自分は一体の天使族モンスターを倒すだけでも苦労していたのに、アリシアは自分が戦っていた天使族モンスターよりも強い敵を複数相手にして圧勝したのだから驚くのは当然だった。
「い、いったい何がどうなっているんだ? アリシア殿はどうやってあれほどの力を得たんだ……」
アリシアが強くなった理由が分からず、リダムスはただ目を丸くしながらアリシアを見つめる。そんな時、今度は後方から大きな音が聞こえ、音を聞いたリダムスは目を見開きながら反応した。
「今度は何だ?」
リダムスは驚きながら振り返って轟音の原因を確認しようとする。リダムスの視線の先には五体の天使族モンスターと向かい合っているファウの姿があり、その光景を見たリダムスは再び目を見開いた。
「あ、あれはファウ殿、まさか彼女も一人で複数の敵を相手にするつもりか?」
アリシアだけでなく、ファウまでも大勢の敵と戦おうとしていると知ってリダムスは僅かに声を震わせる。もしかして、ファウもアリシアと同じように大勢の敵を短時間で蹴散らすのでは、リダムスはそう思いながらファウの戦いに注目した。
ファウはリダムスに見られていることに気付かず、ただ目の前に集まっている敵を睨みながらサクリファイスを構えていた。ファウの前には剣を構えた三体の権天騎士がおり、その後ろには金色の装飾が入った白いローブと銀のフルフェイスの兜を装備した能天導士に似た天使族モンスターが二体いる。ただ、その二体は能天導士と違って柄の長いロッドを握っていた。
「……敵は五体、うち三体は下級天使の権天騎士、残り二体は確か回復と補助が得意な力天神官だったわね」
権天騎士と共にいる天使族モンスターがどんな存在なのかを確認するようにファウは呟き、権天騎士よりも先に倒した方がいいと考えた。
ファウがどう攻めるか考えていると、力天神官の前にいる三体の権天騎士が低空飛行でファウに突撃する。権天騎士たちが突っ込む中、後方にいる二体の力天神官たちはロッドの先を権天騎士たちに向けて魔法を発動させた。魔法が発動したことで権天騎士たちの体は薄っすらと赤く光り、それを見たファウは力天神官が補助魔法を使ったと確信する。
補助魔法で強化された権天騎士たちはファウに近づくと一斉に剣を振り下ろしてファウに攻撃する。ファウは素早く右へ移動して三体の振り下ろしをかわすと、後方にいる力天神官たちに向かって勢いよく走り出す。
ファウが力天神官に向かって行くのに気付いた権天騎士たちは力天神官を護るためにファウの後を追う。しかし、ファウは既に力天神官たちの目の前まで近づいており、権天騎士たちは間に合わない状態だった。
「暗黒斬!」
力天神官に近づいたファウは暗黒剣技を発動させ、サクリファイスの剣身に黒い靄を纏わせると二体の力天神官の内、右側の力天神官を攻撃する。
ファウの攻撃を受けた力天神官は持っているロッドを落としながら後ろに倒れ、ゆっくりと光の粒子となって消滅する。レベル90となったファウの攻撃なら敵を簡単に倒せるのは当然だった。それ以外にも天使族モンスターには闇属性攻撃が非常に効果があるため、暗黒剣技は相性が良いと言えるだろう。
力天神官の一体を倒すと、ファウは素早くもう一体の力天神官の方を向く。力天神官はファウから距離を取るため、低空飛行で後ろに下がる。ファウは距離を取ろうとする力天神官の追撃するために走ろうとするが、その前に三体の権天騎士が立ち塞がった。
ファウは行く手を阻む権天騎士たちを無視して力天神官を追おうとするが、三体の権天騎士は正面と左右からファウを囲んで動きを封じる。権天騎士たちの行動にファウはムッとしながらサクリファイスを構え直す。力天神官を倒すには目の前の権天騎士たちを倒さないといけないとファウは感じた。
三体の権天騎士はファウを取り囲み、三方向から同時に剣を振ってファウを攻撃する。ファウは素早く後ろに跳んで権天騎士たちの攻撃をかわした。攻撃がかわされると、三体の権天騎士の内、正面にいた権天騎士が前に出てファウに向かって剣で突きを放つ。しかし、ファウは迫ってくる剣に驚くことなく落ち着いてサクリファイスで払った。
「今のあたしにはそんな単純な攻撃は効かないわよ!」
権天騎士に向けて力の入った声を出したファウは素早くサクリファイスを振って攻撃してきた権天騎士を斬る。斬られた権天騎士は光の粒子となって消え、一体目を倒したファウはすぐに移動し、左側にいた権天騎士に向かって走り出す。
左側にいた権天騎士は走ってくるファウに気付くと剣を振って応戦する。ファウは権天騎士の攻撃をかわし、懐に入り込むと横切りを放って反撃し、権天騎士を胴体から両断した。
両断された権天騎士は崩れるように倒れながら粒子と化し、ファウは最後の一体に視線を向ける。その直後、最後の権天騎士がファウに急接近し、持って剣を振り下ろして攻撃してきた。
ファウは目を鋭くしながら権天騎士を睨み、右へ移動して振り下ろしをかわす。そして、振り下ろしをかわすとサクリファイスを振り上げて反撃し、権天騎士を左腰から右肩に向けて斬り、最後の権天騎士も倒した。
最後の権天騎士を倒したファウはようやく力天神官と戦えると思いながら軽く息を吐く。すると、左側から白い光球がファウ目掛けて飛んで来た。光球に気付いたファウは咄嗟に後ろに下がって光球をギリギリで回避し、光球が飛んできた方角を確認する。そこにはロッドの先を自分に向けている力天神官の姿があった。
「今のってアイツの攻撃だったのね。てっきり回復や補助系の魔法しか使ってこないと思ってたけど、魔法を使えるモンスターなら攻撃魔法が使えてもおかしくないわよね……」
自分の考え方が甘かったと反省しながらファウは呟き、力天神官の見つめながらサクリファイスを構え直す。ファウが構えた直後、力天神官は再び杖の先から白い光球を放ってファウを攻撃する。ファウは光球をかわすと力天神官に向かって走り出す。
走ってくるファウに向けて力天神官は光球を連続では放って攻撃する。ファウは飛んでくる無数の光球をサクリファイスで叩き落しながら走り続け、徐々に力天神官に近づいて行く。力天神官の2mほど手前まで近づくと、ファウはサクリファイスの剣身に黒い靄を纏わせた。
「暗黒斬!」
再び暗黒剣技を発動させたファウはサクリファイスで袈裟切りを放ち力天神官を攻撃する。力天神官はサクリファイスで体を斬られ、苦しむ動作を見せながら光の粒子と化して消えた。
ファウは自分の近くにいた天使族モンスターを全て倒したのを確認するとサクリファイスを下ろしてフゥと息を吐いた。
「な、何て強さだ……」
離れた所でファウの戦いを見守っていたリダムスは目を丸くする。アリシアだけでなく、ファウまでもが天使族モンスターを難なく倒すほどの強さを持っていることを知り、驚きを隠せずにいた。いったいどんな訓練をすればそんな強さを得られるのか、リダムスは呆然としながら考える。
リダムスがファウの方を向いていると、一体の主天闘士がリダムスの背後から近づいて彼に襲い掛かろうとしている。リダムスが振り返ると目の前にはハンマーを振り上げている主天闘士の姿が目に入り、リダムスはしまった、と驚愕の表情を浮かべた。
やられると思い、覚悟を決めたリダムスは目を閉じる。すると、突然主天闘士が真っ二つに両断され、光の粒子となって消滅した。目を開けたリダムスが消えていく主天闘士を見てまばたきをしていると、主天闘士の後ろにフレイヤを振り下ろしているアリシアの姿はあり、それを見たリダムスはアリシアが助けてくれたのだと気付く。
「大丈夫ですか、リダムス殿?」
「アリシア殿、助かりました……」
「戦場のど真ん中でボーっとしているのは感心しませんね?」
「仰るとおりです」
失敗を指摘されたリダムスは小さく俯きながら反省し、そんなリダムスを見たアリシアは周囲を見回して近くに敵がいないことを確認する。そこへ、さっきまで天使族モンスターと戦っていたファウも合流し、ファウの姿を見たアリシアは小さく笑う。
現在ファウはレベル90となっており、普通のモンスターが相手なら決して殺されることは無いとアリシアは分かっているが、仲間が無事な姿を見ればやはり安心するのか笑みを浮かべてしまうようだ。
「アリシアさん、この辺りにいた主天闘士のような中級モンスターは粗方倒しました。ですが、まだ他の場所には中級や下級の天使族モンスターは大勢おり、戦いが長引けばセルメティア軍が不利になってしまいます」
ファウが戦況を説明するとアリシアは難しい表情を浮かべ、リダムスは目を見開きながら驚く。敵の戦力はセルメティア軍よりも少ないが、中級モンスターのような強力な戦力が大勢いれば数で劣っていてもセルメティア軍を押し切ることは十分可能なため、まだ安心することはできない状況だった。
長引けばセルメティア軍は負けてしまう、そう感じたリダムスはどうすればいいか俯きながら考えるが、どれだけ考えても敵を押し返す作戦が思いつかず、リダムスは表情を歪める。そんなリダムスを見たアリシアは攻め込んで来た敵軍の後方、平原の東側に視線を向け、後方で待機している敵の本隊を見つめた。
敵の本隊は前線に出ている部隊と比べて小さく、少し大規模な部隊を送り込めば倒せるくらいの規模だった。しかし、それは人間の部隊である場合の話だ。敵はモンスターだけで構成されており、簡単には倒せないほどの力を持っている。当然、セルメティア軍の部隊では倒せるはずもない。
アリシアは遠くで待機している敵の本隊を無言で見つめ、ファウはそんなアリシアを不思議そうに見ていた。やがてアリシアは何かを決意したような表情を浮かべ、考え込んでいるリダムスの方を向いて静かに口を動かす。
「……リダムス殿、これから私とファウは敵の本隊を叩きに行きます」
「え?」
リダムスはアリシアの言葉を聞くとフッと顔を上げて目を見開きながらアリシアを見つめる。いきなり二人で敵の本隊を叩きに行くと言い出すのだから驚くのは当然と言えた。
ファウは意外そうな表情を浮かべてアリシアを見ている。敵の本隊には指揮官、つまりジャスティス直属の上級モンスターがいるため、いつかは自分とアリシアが上級モンスターを倒すために敵本隊を攻撃しに行くと分かっていたが、予想よりも早くアリシアが本隊を叩くと言い出したので意外に思ったのだ。
「ア、アリシア殿、今なんと?」
「私とファウが敵の本隊を叩きます。本隊には敵の指揮官がいるはずです。指揮官を叩けば天使たちも指示を出す者がいなくなり散り散りになるはずです。リダムス殿は私たちが敵の指揮官を倒すまで持ち堪えてください」
「そ、それはいくら何でも無謀です! 本隊となれば強力なモンスターが大勢いるはず。たった二人で本隊を叩くなど自殺行為です」
リダムスは驚愕の表情を浮かべながらアリシアを止めようとする。無理もない、強力なモンスターで編成された敵部隊の本隊にたった二人で攻撃を仕掛けるなど英雄級の実力者でも無理なことだからだ。
セルメティア兵たちが倒すのに苦労していた天使族モンスターを簡単に倒せるほどの実力をアリシアとファウは持っている。しかし、そんな二人でも敵の本隊を叩いて指揮官を倒すのは不可能だとリダムスは考えていた。そんなリダムスをアリシアは落ち着いた表情で見つめる。
「心配ありません。私たちなら本隊にいる敵指揮官を倒すことが可能です。それにこれ以上時間を掛ければリダムス殿やセルメティア軍に兵士たちも危険です。これ以上部隊に被害を出さないようにするためにも、素早く本隊を叩いて敵を大人しくさせなくてはいけません」
「例えそうだとしても、お二人だけでは無理です。それに同盟国の軍団長とダーク陛下直属の騎士であるお二人の身に何か遭ったら……」
「その点でしたら問題ありません。私たちは勝手にこの国に来て勝手に行動したのですから、セルメティアが何らかの責任を取るということにはなりません」
「い、いえ、そういう問題では……」
アリシアは自分とファウの身に何が起きてもセルメティア王国に都合の悪い結果にはならないと微笑みながら説明し、リダムスは困惑したような表情を浮かべる。
確かにセルメティア王国が責任を取るような結果になることは避けたいと思っていたが、それ以上にアリシアとファウが危険な目に遭わせることを避けたいと考えている。今は違うが、嘗ては同じようにセルメティア王国のために剣を握っていたアリシアやその仲間であるファウに無事でいてほしいとリダムスは願っていた。
「とにかく、私とファウのことは心配いりません。リダムス殿はご自分と町、そして仲間たちを護ることだけ考えていたください」
「ア、アリシア殿!」
「では、お願いします!」
アリシアは自分のことを心配しているリダムスの本心に気付いていないのか、リダムスを納得させずに本隊がある方へと走り出す。一人で話を進めて敵本隊に向かってしまったアリシアをリダムスは目を見開いて見つめる。
リダムスは遥か遠くに走って行ってしまったアリシアを見て言葉を失い、呆然と見つめている。すると、ファウがリダムスの隣にやって来て、彼の肩にポンと手を乗せた。
「心配ないですよ。アリシアさんはあんな奴らには負けません。勿論、あたしもね」
「で、ですが……」
「あたしたちを信じてください。必ず勝ちますから」
ファウは微笑みながらそう言うとアリシアの後を追って走り出す。ファウの走り去る姿を見ながらリダムスは複雑そうな表情を浮かべた。
「こちらが納得していないのに行動に移ってしまうとは……アリシア殿も以前と比べて少し変わられたな。昔はしっかりと相手を納得させてから言動される方だったが……」
しばらく見ないうちに性格が変わったアリシアに対してリダムスは寂しそうな口調で語る。ビフレスト王国に移住してから何か彼女の性格を変える出来事が起きたのか、と心の中で疑問に思った。
アリシアとファウが敵の本隊に向かう姿を見ながらリダムスは体勢を直す。納得してはいないものの、今更後を追っても間に合わないし、指揮官である自分がこの場を離れることはできないので、とりあえずアリシアに言われたとおり町の防衛を続けることにした。
騎士剣を握り、リダムスは周囲を見回して天使族モンスターに苦戦している仲間を探す。そして、苦戦を強いられている仲間を見つけると加勢するための走って移動した。
リダムスと別れたアリシアは真っすぐ遠くにいる敵部隊の本隊に向かって走っていく。一秒でも早く戦いを終わらせないといけないと思っているアリシアは走る速度は上げた。すると、アリシアが向かう先に三体の権天騎士が立ち塞がり、それを見たアリシアは僅かに目を鋭くする。
「……やはり、すんなりとは行かせてくれんか」
本隊に近づく敵がいれば妨害するのは当然、アリシアはそう思いながらフレイヤを強く握って走り続ける。権天騎士たちは翼を広げると向かってくるアリシアに向かって勢いよく飛んで行く。
低空飛行でアリシアに接近した三体の権天騎士は同時に剣を振ってアリシアに真正面から攻撃を仕掛ける。アリシアは走りながらフレイヤを素早く振って剣を弾き、権天騎士たちの体勢を崩すともう一度フレイヤを振って権天騎士たちに反撃した。権天騎士たちは胴体を一度ずつ斬られ、宙に浮いたまま光の粒子となって消滅する。
権天騎士たちを倒したアリシアはそのまま敵部隊の本隊に向かって走っていく。そこへ遅れて移動したファウが追いつき、アリシアの左隣にやって来る。ファウに気付いたアリシアは視線だけを動かした左にいるファウを見た。
「リダムス殿は町の防衛に就いたか?」
「ええ、一応あたしたちを信じてほしいと伝えておきましたが、やっぱり納得してないようです」
「そうか……」
「アリシアさん、せめてリダムス殿を納得させてから行動に移った方がよかったんじゃないですか?」
「ジャスティスの部隊を相手にしているんだ、そんな余裕は無い。短時間で決着をつけ、少しでも被害を少なく済ませるためにはああやって少し強引に動くしかなかったんだ」
セルメティア軍を護るために仕方なく強引な方法を取ったと説明するアリシアを見てファウは複雑そうな顔をする。
確かに強大な力を持つジャスティスの軍団を相手にしているのにリダムスに説明し、納得させていてはセルメティア軍の被害が大きくなってしまうだろう。だが、例え余裕のない戦況だとしても、共闘する以上は説明しておいた方がよかったのではとファウは感じていた。
「それに私たちなら敵部隊の本隊を倒すことができる、と言ってもリダムス殿は信じてくれないだろう。私たちのレベルを知れば信じてくれるかもしれないが、今の私たちのレベルをリダムス殿に話すわけにもいかないからな」
「それは確かに……」
レベル100と90なので敵の本隊を難なく倒すことができる、そんなことをリダムスに言えば納得する前にレベルの高さに驚愕し、リダムスやセルメティア軍が混乱する可能性がある。そうなれば益々セルメティア軍が不利になって敗北するかもしれない。何よりも、レベル100と90だと言ってリダムスが信じるとは思えなかった。
「納得してくれず、私たちのレベルを教えられないのなら、強引に話を終わらせて敵本隊に向かい、指揮官を倒すしか方法が無い。だからリダムス殿を納得させずに動いたんだ」
「……確かに現状から考えて、短時間で決着をつけるにはそれが一番かもしれませんね。リダムス殿には申し訳ありませんが……」
「この戦いが終わったら、ちゃんとリダムス殿に謝罪するさ」
アリシアは走りながら小さく苦笑いを浮かべ、ファウもそれがいいと言いたそうに小さく頷く。レベルのことは教えられないが、戦いがを終わったらなぜ強引に話を終わらせたのか、どのようにして本隊を倒したのかを説明できるので、ちゃんと話した方がいいとファウも思っていた。
「……さぁ、リダムス殿やセルメティア軍のためにも、急いで本隊にいる上級モンスターを倒すぞ?」
「ハイ!」
本隊に向かうため、アリシアは更に走る速度を上げ、ファウも遅れないようにアリシアに合わせて走る速度を上げる。二人の女騎士はセルメティア軍とジェーブルの町を護るため、敵本隊に向かって全速力で走っていく。
広い平原の中を走りながらアリシアとファウは敵本隊に向かって行く。途中で何度も権天騎士などの天使族モンスターたちの妨害を受けたが、二人は苦労することなく天使族モンスターたちを倒していき、少しずつ敵本隊との距離を縮めていった。まだハッキリ見えないが、遠くには大勢の天使族モンスターが隊列を組んで集まっており、アリシアはそれを見て間違い無く敵の本隊だと確信する。
アリシアとファウは走り続け、本隊から500mほど離れた所まで近づいた。少しずつ細かく見えてくる敵本隊を見てアリシアは目を鋭くし、ファウも余裕の笑みを浮かべる。だがその時、上空から大きな影が二つ、アリシアをファウの前に落下して二人の行く手を阻む。二人が急停止すると落下して来た物が何か警戒した。
二人の目の前に落下していたのは身長3mはある二体の大柄な天使族モンスターだった。権天騎士のように白の全身甲冑とフルフェイスの兜を装備し、鉄球の付いて鎖を持っている。明らかに今までの天使族モンスターとは雰囲気が違い、アリシアとファウは自分の得物を構えて天使族モンスターたちを見つめた。
「アリシアさん、コイツらは……」
「……大柄で鉄球の付いた鎖を持つ天使、恐らく座天重兵だろう。レベル70代の上級天使だ、気を付けろ」
「ううぅ、此処で上級天使かぁ……」
敵本隊を叩く前に上級の天使族モンスターと遭遇してしまったことを不運に思いながらファウはサクリファイスを構える。アリシアは敵の本隊に近づいているのだから遭遇しても不思議ではないと心の中で納得していた。
アリシアとファウが構えると座天重兵たちは持っていた鎖を頭上で振り回し、繋がっている鉄球も一緒に頭上で回し始める。鎖を振り回す座天重兵たちを見て、アリシアとファウは攻撃してくると感じて構えた。その直後、二体の座天重兵は回している鉄球をアリシアとファウに向けて勢いよく飛ばす。
飛んでくる大きな鉄球をアリシアとファウは左右に跳んで回避し、アリシアは目の前にいる座天重兵の左側、ファウはもう一体の座天重兵の右側に回り込んだ。座天重兵たちもお互いに背を向けて自分たちを挟むアリシアとファウに方を向いた。
アリシアと向かい合っている座天重兵は鎖を横に振り、アリシアの左側から鉄球を振り飛ばして攻撃する。アリシア鉄球の方を向くとフレイヤを勢いよく右から横に振って鉄球を攻撃した。
フレイヤと鉄球がぶつかったことで高い金属音が響き、同時に鉄球は大きく弾かれて地面に落ちる。普通なら巨大な鉄球を剣で弾くなど不可能だが、レベル100のアリシアには鉄球を剣で弾くなど簡単なことだった。
座天重兵は鉄球を弾かれたのを見て驚いたような反応を見せるが、すぐに鎖を引いて鉄球を引き寄せ、再びアリシアに攻撃しようとする。だが、アリシアはもう攻撃させるつもりは無く、素早く座天重兵の懐に入り込んで袈裟切りを放った。
フレイヤは座天重兵の胴体を切り裂き、斬られた座天重兵はよろけながら後ろに下がる。アリシアは怯んでいる座天重兵に追い打ちを掛けるように横切りを放ち、座天重兵に大ダメージを与えた。二度斬られた座天重兵は持っていた鎖を落とし、右側に倒れながら光の粒子となって消滅する。
座天重兵を倒したアリシアは真剣な表情を浮かべながら軽くフレイヤを振る。すると、右の方から大きな音が聞こえ、アリシアが音のした方を向くと、少し離れた所でもう一体の座天重兵の攻撃をかわしているファウの姿が目に入った。
「あ~もう! 鬱陶しいわねぇ」
ファウは愚痴をこぼしながら座天重兵が振り回す鉄球をかわし続けている。何とか近づいて懐に入り込もうとしているのだが、なかなか近づくことができずにいた。
一度態勢を立て直そうと考えたファウは大きく後ろに跳んで座天重兵から離れる。その直後、座天重兵は頭上で鉄球を振り回し、勢いがつくとファウに向かって鉄球を飛ばした。ファウは真正面から迫ってくる鉄球を見て一瞬驚くが、素早く左へ移動して鉄球をかわす。そしてすぐに体勢を立て直し、サクリファイスの剣身に黒いオーラを纏わせた。
「魔空弾!」
ファウは暗黒剣技を発動させ、サクリファイスの剣身に黒いオーラを纏わせると座天重兵に向かってサクリファイスを振り下ろす。振り下ろされるのと同時にオーラは黒い光球へと変わり、座天重兵に向かって放たれ、座天重兵の右肩に命中する。
光球は座天重兵の右肩に命中すると爆発して座天重兵に大ダメージを与える。座天重兵は右肩を左手で押さえながら怯み、その隙にファウは座天重兵に急接近して胴体をサクリファイスで斬った。
斬られた座天重兵は仰向けに倒れて光の粒子となり、座天重兵を倒したファウは軽く息を吐く。そこへ先に座天重兵を倒したアリシアが合流した。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっと時間が掛かりましたが、無傷で倒せました」
ファウが無事なのを確認するとアリシアは小さく笑いながら頷き、ファウもアリシアが無傷なのを確認して笑みを浮かべた。
「上級天使が出てきたとなると敵の本隊が私たちの存在に気付いた可能性が高い。ここからはより警戒して進軍する必要があるぞ」
「ええ、分かっています」
改めて敵の攻撃に警戒するよう忠告され、ファウは真剣な表情を浮かべながら頷き、アリシアも目を鋭くしながら敵本隊がいる方を向く。
「よし、一騎に敵本隊に近づくぞ!」
「その必要は無い」
突如低い男の声が聞こえ、アリシアとファウは目を見開いて反応する。周囲を見回して声の主を探すが周りには誰もいない。
アリシアは周囲を見回して誰もいないことを確認した後、もしやと思いながら上を向くと、上空から一体の天使族モンスターがアリシアとファウを見下ろしている姿が視界に入った。白い全身甲冑に白のフルフェイスの兜を装備し、背中から四枚の翼を生やしている。明らかに今までの遭遇した天使族モンスターとは雰囲気が違った。
天使族モンスターはゆっくりと降下してアリシアとファウの正面、5mほど離れた所に着地する。アリシアとファウは着地した天使族モンスターを鋭い目で睨む。なぜなら、二人はその天使族モンスターのことを知っているからだ。
「また会えたな、ダークの戦友たちよ」
「……ミカエル」
低い声を出す天使族モンスターを睨んだままアリシアは呟く。そう、アリシアとファウの前に現れたのはジェーブルの町を襲撃した敵の指揮官であり、ジャスティス直属の上級モンスターの一体である熾天剣聖、ミカエルだった。