第三百十一話 迎え撃つ冒険者たち
ジックスの町の西門前には大勢のアドヴァリア兵とジャスティスが派遣したモンスターたちが集まり、西門の真正面にはジャスティス直属の上級モンスターの一体である剛鬼の姿がある。そして、アドヴァリア兵たちの中心にはエルギス軍の救援に駆けつけてきたレジーナとジェイクの姿があった。
剛鬼やアドヴァリア兵たちは突然現れたレジーナとジェイクを意外そうな顔で見ており、西門の真上にある見張り台や城壁の上にいるベイガードやエルギス兵たちも敵軍の中に移動した二人を目を見開きながら見ている。
「……結構な数ね」
「二個大隊くらいだって言ってたから、こんなもんだろう?」
周囲から注目される中、レジーナとジェイクは冷静に周囲を見回す。大勢の敵に取り囲まれている状態にもかかわらず、二人は落ち着いた様子で現状確認をしている。一方でアドヴァリア兵たちは落ち着いて辺りを見回すレジーナとジェイクを呆然と見ていた。
突然、頭上から自分たちの中心に下りてきた二人にアドヴァリア兵の殆どが状況を飲み込めずにいた。しかし、中にはレジーナとジェイクがエルギス軍の仲間だと感じ、敵意を向けたり戦闘態勢に入る者もいる。
戦闘態勢に入るアドヴァリア兵たちを見て、呆然としていたアドヴァリア兵たちもレジーナとジェイクを敵だと認識し、慌てて戦闘態勢に入った。アドヴァリア兵たちの中にいた濃い灰色の肌を持つ鬼のようなモンスターたちも武器を構えてレジーナとジェイクを睨みつける。
「どうやら、あたしたちを敵と判断したようね?」
「まあ、突然上から武器を持った奴が現れりゃ、敵だと考えるわな」
「でも、アドヴァリアの兵士たちは少し反応が遅かったわよ? もしかして、結構鈍感なんじゃないの?」
二ッと笑いながらレジーナはアドヴァリア兵たちのことを馬鹿にし、それを聞いた周りのアドヴァリア兵たちは目つきを若干鋭くしてレジーナを睨む。そんな中、アドヴァリア兵たちの中にいる一人のアドヴァリア騎士が騎士剣をレジーナとジェイクに向ける。
「お前たち、何をボーっとしている! 敵は二人、しかも敵軍のど真ん中に飛び込んでくる愚かな奴らだ。さっさと叩き潰せ!」
アドヴァリア騎士の指示を聞いたアドヴァリア兵たちは剣や槍を構えてレジーナとジェイクに鋭い視線を向ける。アドヴァリア兵たちが敵意を向けるのを見たレジーナとジェイクもお互いに背を向けながらテンペストとタイタンを構えた。
「来るぞ、油断するな?」
「大丈夫よ。今のあたしたちならこんな奴ら簡単に倒せるわ」
「だから、油断するなって今言っただろうが」
笑いながら余裕の態度を見せるレジーナにジェイクは呆れ顔で溜め息をつく。レジーナに忠告するジェイクであったが、彼も心の中ではアドヴァリア兵たちには余裕で勝てると思っていた。しかし、レジーナのように自分の力を過信せず、最低限の警戒はしている。
レジーナとジェイクが構えた直後、二人の正面にいるアドヴァリア兵たちが三人ずつレジーナとジェイクに向かって来る。迫ってくるアドヴァリア兵たちを見て、レジーナとジェイクは目を鋭くしながら得物を握った。
最初に仕掛けてきたのはレジーナ側にいるアドヴァリア兵だった。レジーナから見て左側のアドヴァリア兵は両手で剣を握り、レジーナに袈裟切りを放ち攻撃する。レジーナはアドヴァリア兵の攻撃をテンペストで難なく止め、素早く姿勢を低くしてテンペストで横切りを放つ。
テンペストはアドヴァリア兵の腹部を切り裂き、斬られたアドヴァリア兵は苦痛の表情を浮かべながら仰向けに倒れる。アドヴァリア兵を倒したレジーナはすぐに動き、他の二人のアドヴァリア兵に近づく。そして、素早くテンペストを振って残り二人も一瞬で倒した。
ジェイクも襲い掛かってきた三人のアドヴァリア兵たちと交戦している。右側から槍を持ってきたアドヴァリア兵がジェイクに突きを放ち攻撃するが、ジェイクはその突きを難なくかわし、タイタンで槍の柄を真ん中から両断してからアドヴァリア兵を攻撃した。アドヴァリア兵は巨漢のジェイクが予想以上の速さで反撃してきたことに驚きながら倒れる。
仲間が倒されたのを見て、残り二人のアドヴァリア兵は目を見開いて驚くが、すぐに表情を険しくしてジェイクに襲い掛かる。ジェイクは自分に向かって走ってくるアドヴァリア兵たちの方を向くと素早く構えを変えてタイタンを両手で強く握った。
アドヴァリア兵たちはジェイクに向かって同時に剣を振り下ろして攻撃するが、ジェイクはアドヴァリア兵たちの攻撃を驚くことなく素早くタイタンで防ぎ、剣を払うとタイタンを横に振って二人のアドヴァリア兵を一瞬で斬り捨てた。
体を斬られたアドヴァリア兵たちは持っている剣を落とし、その直後に崩れるように倒れる。アドヴァリア兵たちを倒したジェイクはタイタンを横に振って刃に付いている血を払い落とし、再び両手でしっかりとタイタンの柄を握った。
「フン、やっぱり余裕だったわね」
「油断するなって言っただろうが。今のはたった三人だったから楽に対処できたんだ。周りの奴らが一斉に掛かって来たら今みたいには行かねぇぞ」
「分かってるって。相変わらずアンタは真面目ね?」
「お前も戦闘中に不真面目な考え方をするのは変わってねぇだろう」
周りに敵に注意しながらレジーナとジェイクは会話し、それを見ていたアドヴァリア兵たちは目を見開いている。大勢の敵の囲まれているにもかかわらず、焦りなどを一切見せない二人を見て、感覚がおかしいのではと感じていた。
アドヴァリア兵たちが驚いていると、再びアドヴァリア騎士が険しい顔をしながら騎士剣をレジーナとジェイクに向ける。
「何をしている! 数人でかからず、一斉に攻撃しろぉ!」
力の入った声でアドヴァリア騎士が指示を出すと、アドヴァリア兵たちは声を上げながら一斉にレジーナとジェイクに向かって走り出す。レジーナとジェイクは迫ってくるアドヴァリア兵たちを見て素早く構え直した。
「本当に一斉に掛かって来たわね」
「ここからは気を抜かずに全力で戦え? 足元をすくわれるぞ」
「分かってるって」
改めて忠告するジェイクにレジーナはまたしても軽い返事をする。ジェイクはレジーナの返事を聞くと、何度忠告しても変わらないな、と心の中で呆れながら向かってくるアドヴァリア兵たちを睨んだ。
ジェイク側にいる大勢のアドヴァリア兵はジェイクの正面、左右から同時に襲いかかろうとする。ジェイクは視線だけを動かして敵の位置を把握すると、タイタンを横に構えて気力を送り込む。気力が送り込まれたことでタイタンの刃は黄色く光り出す。
「闘神回衝撃!」
戦技を発動させたジェイクは大きく前に踏み込むとタイタンを横に振りながら勢いよく回転し、迫ってきたアドヴァリア兵たちを攻撃した。
<闘神回衝撃>は槌や斧系の上級戦技で武器を横に構えながら高速で回転し、周りにいる敵に攻撃することができる。攻撃の仕方は中級戦技の綱刃連回斬に似ているが、こちらは武器に重量がある分、攻撃も重いため、相手の与えるダメージが大きい。逆に武器が重い分、回転速度はこちらの方が遅い。
ジェイクはタイタンを構えながら回転し続け、近づいて来たアドヴァリア兵たちを次々と薙ぎ倒していく。重量のある武器を振り回すため、攻撃が重くアドヴァリア兵たちは攻撃を防ぐことができずに吹き飛ばされてしまう。
アドヴァリア兵たちはジェイクの攻撃に驚き、取り囲んだまま攻撃できずにいた。しかし、次第にジェイクの回転が遅くなり、しばらくするとジェイクはゆっくりと停止する。ジェイクが停止するのを見たアドヴァリア兵たちは攻撃のチャンスだと感じ、再びジェイクに攻撃を仕掛けようと突撃を開始した。
「チッ、警戒心の無い連中だな」
攻撃が終わった直後に警戒もせず向かってくるアドヴァリア兵たちを見てジェイクは呆れる。タイタンを構え直し、向かってくるアドヴァリア兵たちの中で最も近づいてきているアドヴァリア兵の方を向くとタイタンを斜めに振って攻撃した。
ジェイクがタイタンを振ると攻撃されたアドヴァリア兵は一撃で倒れ、それと同時に強い衝撃波が発生して近くにいる別のアドヴァリア兵たちを吹き飛ばした。レベル90となっているジェイクの攻撃は非常に強力で武器を振った時に強い衝撃波が発生し、近くにいる他の敵にもダメージを与えるようだ。
衝撃波で吹き飛ばされたアドヴァリア兵たちは地面に叩きつけられ、無事だった他のアドヴァリア兵たちは吹き飛ばされる仲間を見て愕然とする。だが、すぐに戦闘に気持ちを切り替えてジェイクに攻撃への攻撃を再開した。
ジェイクがタイタンを構え直すと、右側から二人のアドヴァリア兵がジェイクに近づき、剣を同時に振って攻撃する。ジェイクは素早く右を向くとタイタンの柄の部分で剣を防ぎ、素早く払って横切りで反撃した。
横切りを受けた二人のアドヴァリア兵は崩れるように倒れ、アドヴァリア兵を倒したジェイクは素早くタイタンを構えて次の攻撃を警戒した。
「数が多いからって俺に勝てると思うなよ。数で勝っていても、戦い方が単純じゃあ俺に勝つなんて不可能だぜ!」
険しい表情を浮かべながらジェイクはタイタンを構え、ジェイクの迫力に驚いたアドヴァリア兵たちは表情を僅かに歪ませながら警戒心を強くする。
同時刻、少し離れた所ではレジーナがテンペストを片手に舞うように戦っていた。既に彼女の周りには大勢のアドヴァリア兵が倒れており、アドヴァリア兵たちはレジーナの強さに驚愕しながら構えている。
レジーナはテンペストを右手に持ち、走りながら次々とアドヴァリア兵たちを攻撃していく。盗賊系の職業を持ち、レベル90となったレジーナの動きは普通の兵士では追いついたり、目で追うのが難しいくらい速かった。
アドヴァリア兵をある程度倒したレジーナは走るのをやめ、テンペストを逆手に持ちながら周囲を見回す。周りにいるアドヴァリア兵たちは剣や槍を構えながらレジーナを緊迫したような表情で見ている。
「どうしたの? さっきから護ってばかりで攻めてこないじゃない……もしかして、数で勝っててもこの程度の実力なの、アドヴァリアの兵士って?」
レジーナが笑いながら挑発すると、一人のアドヴァリア兵が表情を険しくし、槍を構えながらレジーナに向かっていく。他のアドヴァリアたちは挑発に乗せられた仲間を見て僅かに驚きを見せ、レジーナは単純なアドヴァリア兵を見てニッと笑った。
アドヴァリア兵はレジーナに向かって槍を突き出して攻撃する。レジーナは突きを華麗にかわすとテンペストで槍の柄を真ん中から切り、アドヴァリア兵が持っていた槍を真っ二つにした。
槍を切られたのを見てアドヴァリア兵は目を見開いて驚き、その隙にレジーナはアドヴァリア兵に接近してテンペストを二度振ってアドヴァリア兵の胸部と腹部を一度ずつ斬る。アドヴァリア兵は苦痛の表情を浮かべながら仰向けに倒れた。
仲間が倒された光景を見て、周りにいるアドヴァリア兵の内の三人がレジーナを睨みながら彼女に突撃する。レジーナはアドヴァリア兵たちが三方向から同時に向かってくるのを見ると表情を変えず、冷静にアドヴァリア兵たちの立ち位置を確認した。
「無駄よ、今のあたしには三方向からの同時攻撃も通用しないわ」
そう言ってレジーナはテンペストを逆手から順手に持ち替え、テンペストに気力を送り込んで戦技を発動させる準備に入った。
レジーナが戦技を発動させようとしているのを見て、レジーナを攻撃しようとした三人のアドヴァリア兵は走る速度を上げ、レジーナの戦技発動を妨害しようとする。しかし、それよりも早くレジーナが戦技を発動させた。
「風神四連斬!」
剣身を緑色に光らせながらレジーナはテンペストを四回振り、三人のアドヴァリア兵の内、一人を二回、二人を一回ずつ斬って攻撃する。気力を送り込まれて切れ味が増したテンペストはアドヴァリア兵たちを簡単に切り裂き、攻撃を受けたアドヴァリア兵たちは三人同時に倒れて動かなくなった。
アドヴァリア兵たちを倒したレジーナは軽くテンペストを振ってから構え直し、まだ動いていない周りのアドヴァリア兵たちに視線を向ける。アドヴァリア兵たちは大勢の仲間を一瞬で倒したレジーナが恐ろしくなり、徐々に戦意を失っていく。
「どうしたの? まだあたしは余裕よ。ジッとしていないでさっさとかかってらっしゃいよ!」
レジーナは再びアドヴァリア兵たちに向けて挑発的は言葉をぶつけるが、今度はアドヴァリア兵たちは誰一人挑発には乗らず、その場を動かずにジッとしている。挑発に乗らない、というよりもレジーナに対する恐怖から動けなくなっていると言った方がいいかもしれない。
一向に攻めてこないアドヴァリア兵たちにレジーナは情けなさを感じたのか、軽く溜め息をつく。すると、ジックスの町の西門の方から一体のモンスターがゆっくりとレジーナとジェイクのいる方へ歩いて来る。ジャスティス直属のモンスター、デモンロードの剛鬼だった。
剛鬼が近づいてきたことに気付いたレジーナは視線を剛鬼に向け、少し離れた所にいたジェイクも構えながら剛鬼の方を向く。レジーナとジェイクが注目する中、剛鬼はニヤリと笑いながら歩き、二人の周りにいるアドヴァリア兵たちを見ながら口を開いた。
「お前ら、下がってろ。コイツらはお前らじゃ敵わねぇ」
レジーナとジェイクの周りに集まるアドヴァリア兵たちに下がるよう言いながら剛鬼は二人の方へ歩き続ける。レジーナはテンペストを下ろしながら剛鬼の方を向く、ジェイクもタイタンを構えたまま剛鬼を警戒した。
剛鬼はレジーナとジェイクから4mほど離れた位置までやって来ると立ち止まり、笑ったまま二人を見た。
「まさか、お前らがこんな所に来るとは思ってなかったぜ」
「アンタ、確かジャスティス直属の上級モンスター、確か剛鬼、とか言ったっけ?」
「ほほぉ? 俺を名前を知ってるのかい、嬢ちゃん?」
「調べたのよ。それにアンタや他の上級モンスターのことはダーク兄さんやノワールから一通り聞いたからね」
笑みを浮かべる剛鬼をレジーナは鋭い目で見つめる。剛鬼はレジーナが自分の情報を掴んでいることを予想していたのか、余裕の笑みを崩さずにレジーナを見ていた。
「ジャスティス直属のモンスターであるお前が出てきたってことは、今度はお前が俺たちの相手をするつもりなのか?」
レジーナと剛鬼が向か合っていると、離れた所で立っているジェイクが少し力の入った声で剛鬼に問いかける。すると剛鬼はジェイクの方を向き、小馬鹿にするような顔をしながら口を開く。
「おいおい、思い上がんなよ。お前ら如き、俺が相手をするまでもねぇ、俺の部下で十分だ……来い、冥鬼将ども!」
剛鬼は周りに集まっているアドヴァリア兵たちを見ながら叫ぶと、アドヴァリア兵たちの中にいる濃い鼠色の肌をした鬼のようなモンスターたちがレジーナとジェイクの前に現れる。数はニ十体で全員が銀色の鎧と兜を身に付け、大きな剣とタワーシールドを持つという重装をしており、現れたモンスターたちを見てレジーナとジェイクは軽く目を見開く。
「コイツらは……」
「俺の部下である冥鬼将だ。レベルは74から76というかなり強力な奴らだぜ。お前らにコイツらが倒せるか?」
目の前にいるモンスターがアドヴァリア兵と違い、高レベルの敵だと知ってジェイクは僅かに表情を険しくする。レジーナも流石にレベル70代の敵が現れたことで今までの気の抜けたような表情は消え、鋭い目で冥鬼将を睨んだ。
冥鬼将が前に出たことで士気が低下していたアドヴァリア兵たちに再び士気が戻る。彼らも冥鬼将が高レベルモンスターであることを知っているため、冥鬼将が出ればレジーナとジェイクを倒せると思っていた。だが中には冥鬼将に頼ることが不満なのか、納得のできないような顔をするアドヴァリア兵や騎士の姿もある。
レジーナとジェイクの前に出てきたニ十体の冥鬼将はそれぞれ十体ずつに分かれて二人を取り囲む。レジーナとジェイクは得物を構えながら自分たちの周りにいる冥鬼将たちを警戒した。
「ソイツらは魔法こそ使えねぇが、肉弾戦では上位の力を持っている。いくら英雄級の実力を持つお前らでも、ソイツらには勝つのは無理なんじゃねぇか?」
剛鬼は腕を組みながら小馬鹿にするように笑い、周囲のアドヴァリア兵たちもレジーナとジェイクに勝ち目はないと考え、余裕の笑みを浮かべる。そんな中でレジーナとジェイクは表情を変えずに視線だけを動かして剛鬼を見た。
先程の剛鬼の言葉から、レジーナとジェイクは自分たちがレベル90になっていることに剛鬼は気付いていないと知り、同時に冥鬼将やアドヴァリア兵たちも知らないと確信する。自分たちをレベル60だと思い込んでいる今なら必ず隙を見せるだろうと思い、レジーナとジェイクは短時間で冥鬼将を倒した方がいいと考えた。
レジーナはテンペストを逆手に持ち替え、目の前にいる一体の冥鬼将を睨み、ジェイクもタイタンを構えて同じように正面にいる冥鬼将を睨んだ。二人と視線が合った冥鬼将たちは持っている剣とタワーシールドを構え、戦闘態勢に入る。
「さて、それじゃあお前らがどこまでやれるのか、見せてもらうとするか……冥鬼将ども、やっちまいな!」
剛鬼が命じると冥鬼将たちは動き始める。最初に動いたのはレジーナの正面にいる冥鬼将で、それに続くようにジェイクの前にいる冥鬼将も動き出す。
レジーナの前にいる冥鬼将はレジーナに向かって勢いよく剣を振り下ろして攻撃する。レジーナは素早く左へ跳んで冥鬼将の振り下ろしをかわし、回避に成功するとテンペストに気力を送り込んで剣身を緑色に光らせた。
「天風斬!」
戦技を発動させたレジーナは地面を強く蹴って冥鬼将に向かって跳んで行き、冥鬼将の右側を通過する瞬間にテンペストで冥鬼将の右脇腹を斬った。
脇腹を斬られた冥鬼将は声を上げながら片膝を付いて苦痛に耐える。そんな冥鬼将の背後からレジーナは追撃を放つ。
「覇獣爪斬!」
再び戦技を発動させ、テンペストを緑色に光らせたレジーナは冥鬼将の背中に袈裟切りを放った。テンペストは鎧を難なく切り裂いて冥鬼将の背中に大きな切傷を付ける。同時に攻撃を受けた冥鬼将は断末魔を上げながら前に倒れ、そのまま動かなくなった。
剛鬼は冥鬼将が倒された光景を見て流石に驚き目を見開く。そんな中、ジェイクも冥鬼将を相手に優勢に戦っていた。
ジェイクはタイタンを振り回しながら冥鬼将に連続攻撃を仕掛ける。冥鬼将は持っているタワーシールドでジェイクの攻撃を全て防いでいるが、一撃一撃が重く、攻撃を防ぐたびに衝撃が襲い、冥鬼将は後ろに下がりながら徐々に体勢を崩していく。そして、遂にジェイクの攻撃に耐えられなくなった冥鬼将はタワーシールドを手放してしまった。
冥鬼将がタワーシールドを落として隙を作った瞬間をジェイクは見逃さず、大きく前に踏み込んでタイタンを冥鬼将に向かって振り下ろす。冥鬼将はタイタンによって両断されるとそのまま後ろに倒れた。冥鬼将を一体倒したジェイクは構え直しながらニッと笑みを浮かべる。
レジーナだけでなく、ジェイクも冥鬼将を難なく倒したのを見て、剛鬼は言葉を失う。レベル60の二人がどうしてレベル70代の冥鬼将を簡単に倒せたのか剛鬼は理解できずにいる。しかし、まだニ十体中、二体が倒されただけなので剛鬼は慌てることはなかった。
「お前ら、遊んでねぇでさっさと片づけろ。一体ずつ相手にする必要はねぇ、全員でやっちまえ」
剛鬼は生き残っている冥鬼将たちに一斉にレジーナとジェイクを攻撃するよう指示を出す。冥鬼将たちは無言で命令に従い、二人を取り囲みながらゆっくりと近づいて攻撃しようとする。
冥鬼将たちが一斉に迫ってきている中、レジーナとジェイクは落ち着いて敵の位置を確かめる。しばらく冥鬼将たちの位置を確かめると、得物を強く握りながら行動に移った。
ジェイクはタイタンを強く握って気力を送り、刃を黄色く光らせる。冥鬼将たちはジェイクが戦技を発動させようとしていることに気付くと、発動される前に仕留めようと九体同時にジェイクに襲い掛かろうとした。冥鬼将たちが少しずつ距離を縮める中、ジェイクは表情を険しくしてタイタンを横に構える。
「闘神回衝撃!」
アドヴァリア兵たちに使った上級戦技を発動させたジェイクはタイタンを横に構えたまま勢いよく回転する。回転したことでタイタンは近づいて来た冥鬼将たちの体を何度も切り裂いていき、冥鬼将たちは大ダメージを受けていく。
体中を斬られた九体の冥鬼将はジェイクに一撃も攻撃を当てられないまま崩れるように倒れ、そのまま動かなくなる。回転を止めたジェイクは倒れる冥鬼将たちを見て軽く息を吐いた。
すると、ジェイクの後ろで俯せに倒れていた一体の冥鬼将が上半身を起こし、持っていた剣でジェイクを背後から攻撃する。
冥鬼将の剣はジェイクを切り裂こうと勢いよく迫る。ところが、冥鬼将の剣が当たりそうになった瞬間、ジェイクは冥鬼将の視界から消えた。
ジェイクが消えたことに驚いた冥鬼将は上半身を起こしたまま周囲を見回してジェイクを探す。すると、背後から気配を感じて冥鬼将は目を見開いて後ろを向く。そこには冥鬼将の後ろでタイタンを振り上げるジェイクの姿があったのだ。
「あめぇよ、バァカ」
目を細くしながらジェイクはタイタンを振り下ろして冥鬼将に止めを刺す。冥鬼将はジェイクの一撃を受けて上半身を倒し、二度と起き上がることはなかった。どうやらジェイクはエルメスの光輪を使って高速移動をし、冥鬼将の背後に回り込んだようだ。
僅か数十秒で九体の冥鬼将を倒したジェイクに剛鬼は目を疑う。無理もない、レベル60代の人間がレベル70代のモンスターを短時間で倒すなど普通ではあり得ないことだからだ。しかし、現実に冥鬼将たちは英雄級の実力であるはずの人間にアッサリと倒されてしまった。
剛鬼はジェイクの戦いを見て驚いていると、今度はレジーナの方から冥鬼将の声が聞こえ、剛鬼はレジーナたちがいる方を向く。視線の先ではレジーナが九体の冥鬼将の内、既に二体を倒している光景があった。
レジーナはテンペストを順手に持ち、目の前で横に並んでいる三体の冥鬼将と向かい合っている。左右には二体ずつ冥鬼将がおり、三方向からレジーナを囲んでいた。囲まれているにもかかわらず、レジーナは取り乱さすことなく、冷静に構えている。
正面にいる冥鬼将たちの内、真ん中にいる冥鬼将が剣を振り下ろしてレジーナに攻撃すると、レジーナは左に跳んで攻撃をかわす。すると今度は左側の冥鬼将が剣を振り下ろして攻撃してきた。レジーナはこの攻撃も後ろに軽く跳んで回避する。
「アンタたち、力は強いけど攻撃の速度は遅いわね。おかげで楽にかわせるわ」
レジーナは正面にいる冥鬼将たちを見ながら二ッと笑うと地面を強く蹴って真ん中にいる冥鬼将に向かって跳ぶ。冥鬼将の目の前まで近づくと、レジーナは素早くテンペストを振り、冥鬼将の顔や体を何度も攻撃した。
顔や体を連続で斬られ、冥鬼将は声を上げながら後ろによろける。レジーナは上手くダメージを与えられたのを見て再び笑みを浮かべた。
真ん中の冥鬼将が攻撃されたのを見て、左右にいた冥鬼将は険しい表情を浮かべながらレジーナに同時に攻撃する。しかし、レジーナは再び後ろに跳んで二体の攻撃を難なくかわす。回避に成功すると、レジーナは右手にはめている剣神の指輪の力を発動させてテンペストを勢いよく横に二度振り、二つの斬撃を冥鬼将たちに向けて放つ。
二つ斬撃は真っすぐ冥鬼将たちに向かって行き、二体の冥鬼将に一撃ずつ命中する。斬撃を受けた冥鬼将たちは声を上げながら仰向けに倒れてそのまま立ち上がらなくなった。テンペストによって放たれた斬撃は一撃で冥鬼将を倒せるだけのダメージがあるようだ。
二体の冥鬼将を倒したレジーナはテンペストを構え直す。その直後、今度は左右から冥鬼将が二体ずつ、同時に剣を振り下ろして攻撃して来た。レジーナは一瞬驚きの反応を見せるも、素早く前に跳んで冥鬼将たちの攻撃をかわす。
距離を取ったレジーナは冥鬼将たちの方を向いてもう一度剣神の指輪の力を使い、テンペストを二度振って斬撃を放つ。二つの斬撃は左右の冥鬼将を一体ずつに命中し、冥鬼将たちは崩れるように倒れる。しかし、残っている二体は斬撃を警戒し、タワーシールドを構えながらレジーナに向かって走ってくる。それを見たレジーナは小さく舌打ちをした。
「力だけの木偶の坊かと思ってたけど、それなりに頭を使うみたいね」
そう言ってレジーナはテンペストを逆手に持ち替え、姿勢を少しだけ低くして走ってくる冥鬼将たちに意識を集中させる。そして、冥鬼将たちが一定の距離まで近づくと、地面を蹴って素早く移動し、冥鬼将たちの背後に回り込んだ。
どうやら冥鬼将たちはタワーシールドを前に出して走っていたため、レジーナの動きは確認することができなかったらしい。レジーナは冥鬼将たちを見て、やっぱり木偶の坊だと心の中で呆れながらテンペストに気力を送り込む。
「風神四連斬!」
戦技を発動させたレジーナは素早くテンペストを四回振り、二回ずつ冥鬼将たちを背後から攻撃する。背中を斬られた冥鬼将たちは剣とタワーシールドを手放し、膝を付いてゆっくりと前に倒れた。
レジーナはテンペストを軽く振って剣身に付着している血を払い落とす。これで全てに敵を倒した、そう思った時、前から一体の傷だらけの冥鬼将が剣を構えて走ってくる。最初に連続攻撃を受けた冥鬼将がまだ生きていたのだ。
向かってくる冥鬼将を見たレジーナは最初の攻撃で倒せていなかったことに不満を感じているのか、ムッとしながら冥鬼将を睨み、テンペストを逆手に持ち替えて剣身を緑色に光らせる。
「疾風切り!」
レジーナは冥鬼将に向かって跳び、横を通過する瞬間にテンペストで冥鬼将を斬る。斬られた冥鬼将は走りながら前に倒れて動かなくなった。
「傷だらけのアンタには下級戦技で十分よ」
しぶとく生き残っていたことが気に入らなかったレジーナは低めの声で冥鬼将の死体に言い放つ。今度こそ全ての冥鬼将を倒したレジーナは溜め息をついてテンペストを順手に持ち替えた。
「まさか、あんな嬢ちゃんにまでやられちまうとは……」
剛鬼はレジーナに倒された冥鬼将たちを見て目を見開いたまま呟く。ニ十体いた冥鬼将がたった二人の人間によって全滅させられたことが剛鬼はまだに信じられずにいる。勿論、周りで戦いを見物していたアドヴァリア兵たちも同じだった。
全ての冥鬼将を倒したレジーナとジェイクは合流し、驚いている剛鬼に視線を向ける。
「どうだ? お望みどおり見せてやったぜ? 俺らがレベル70代のモンスターを倒すところをよ」
ジェイクは真剣な表情を浮かべながら剛鬼に言い放ち、それを聞いたレジーナはニッと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。剛鬼はそんな二人を黙ってジッと見つめた。
(本当にどうなってやがるんだ? レベル70代のモンスターたちをレベル60の人間が二人で倒すなんて不可能だ……そんなことを可能にするには最低でもレベルを80まで上げる必要がある……ということは、奴らはレベルを80以上ってことか?)
剛鬼はレジーナとジェイクの戦いを見て二人がレベル80以上ではないかと疑い始める。しかし、レベル60の人間が短い時間でレベルを20も上げるなんて普通ではあり得ないことだ。しかも異世界では人間が到達できるレベルは60まで、どんなに努力しても61以上には絶対にレベルは上がらないようになっている。
しかし、現にレジーナとジェイクはレベル70代である冥鬼将を全て倒してしまった。少なくとも二人はレベル80にまでレベルアップしていると剛鬼は考えている。だが、どうやってレベルを上げたのかは分からなかった。
「流石はダーク兄さんのマジックアイテムね。此処まで強くなれるなんて」
レジーナはテンペストを持っていない方の手を見ながら楽しそうに語り、それを聞いた剛鬼はフッとレジーナの方を見る。そして同時にレジーナとジェイクがどうやってレベルを上げたのか理解した。
「……成る程な、お前らダークの力を借りてレベルを上げたのか」
剛鬼の言葉に反応し、ジェイクはフッと剛鬼の方を向いた。
「……何のことだ?」
「今更とぼけるな。お前ら、ダークから何らかのマジックアイテムを受け取り、それを使ってその強さを得たんだろう? 確かにLMFのマジックアイテムを使用すれば確かに短時間でレベルを上げることも可能だな」
レジーナとジェイクの強さの秘密を知った剛鬼は納得の表情を浮かべる。ジェイクは自分たちの秘密を敵に知られてしまったため、面倒に思ったのか僅かに表情を変える。一方でレジーナは知られても問題無いと思っているのか、余裕の表情を浮かべていた。
剛鬼は視線を動かしてアドヴァリア兵たちの様子を窺う。冥鬼将を倒されたことでアドヴァリア兵たちの士気は完全に低下しており、多くのアドヴァリア兵が怖気づいた表情を浮かべている。それを見た剛鬼は小さく舌打ちをした。
(コイツらはもう使えねぇな。まぁ、レベル70代の冥鬼将が全滅させられる光景を見れば当然か……冥鬼将が倒されたとなると、後方で待機させているデスレオーンを使っても無駄だな……)
レジーナとジェイクの強さから周囲のアドヴァリア兵たちや残っているモンスターは役に立たないと剛鬼は考える。近くにいる戦力が役に立たない以上、レジーナとジェイクを倒す方法は一つしなかった。
剛鬼は自分の拳をポキポキと鳴らしながらレジーナとジェイクに近づいて行く。剛鬼が近づいてくるのを見たレジーナとジェイクは少しだけ体勢を変えて警戒した。
「……アドヴァリアの連中も他のモンスターも使えねぇ以上、仕方がねぇ……俺自ら相手になってやるぜ」
現状でレジーナとジェイクを倒せるのは自分だけ、そう考える剛鬼は自分が二人を倒すことを宣言した。