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完全探偵  作者: awasiki
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基本問題編

挑戦者求む。

ホームズ。ポアロ。コロンボ。金田一。

ありとあらゆる名探偵の名前に『現代の』という接頭語をつければ、それは(いのうえ) 一庇(いっか)を差す言葉に変わる。

容姿端麗、頭脳明晰、金科玉条、才色兼備というプラスの意味を持つ四字熟語を全て同時に実現する彼の職業は探偵だ。

彼にかかれば解決しない事件はないし、警察はもちろん、マスコミでさえも彼に全幅の信頼を寄せている。亜の名前が広まっただけで犯罪率は目に見えて減少し、もはや彼は探偵という枠組みで語ることすらおこがましい。

 解決した事件は百を優に超え、彼に解決できない事件はないとまで言われる名探偵。

これはそんな彼が解くことができなかったただ一つの事件である。





鈴木(すずき) 大樹(だいき)はミステリを嫌悪どころか憎悪している。

たとえ小説の中であろうとも人を殺すことは決して許されるべきものではないし、あまつさえエンターテイメントにまで昇華させるとはありえない。

だから鈴木は目の前にいる男を快く思っていないが、その感情は決して表には出していない。

『いついかなる時でもお客様の前では笑顔を絶やさない』。それは旅館、(あざみ)の鉄則だ。

「お待ちしておりました、亜様」

丁寧に頭を下げる先は、いま日本では知る人のいない名探偵だ。

もはや大半の芸能人よりも遥かに有名となった亜が東京から遠路遥々やって来たのはガイドブックにも乗らない小さな旅館。

彼がそんな辺鄙な宿へ訪れたのは偶然でも療養でも観光でもない。はっきりと明確な仕事(ビジネス)だった。

「依頼人の高橋(たかはし)さんは?」

「支配人は奥の部屋でお待ちしています」

告げて鈴木は先行して薊の中に入っていく。後ろから亜がゆっくりと周囲を見ながら付いてくるのが分かった。

 薊はまだ出来たばかりの旅館だ。どこかの社長であった高橋の父の会社が倒産し、その娘である支配人が会社を売って旅館を開いたと聞く。

 小さいながらもなんとか軌道に乗り、辛うじて潰れない程度の小宿。それが周囲の人間からの薊の評価で、概ね間違いはない。

「なんだ、お客さんか?」

鈴木が廊下を歩いていると、客室の一つが開き小木(おぎ)が顔を出した。彼も薊に勤める数少ない従業員だ。

「ああ。亜さんだ」

鈴木が亜を紹介すると、小木はハッと顔を上げて丁寧にお辞儀をした。

「小木は厨房を担当していまして、今晩の夕飯も彼が作ります」

「そういうことで」

明らかに客人をもてなすとは思えない仕草で小木は片手を上げた。厨房を任されているとはいえ、飛び抜けて料理が上手いという訳ではなく、従業員としての態度も悪い。同じ従業員として鈴木は小木が嫌いだ。

嫌いな小木と大して会話もせず、鈴木は薊の奥へと進む。規模も名前も小さな旅館は、数分とかからずに最奥の管理人室へ着いた。

「高橋さん、入りますよ」

コンコンと二度ノックして鈴木は引き戸を開いた。

居住スペースも兼ねた支配人室は決して広いとはいえず、それでも綺麗に整頓された部屋の中心には二十代半ばほどの女性がいた。彼女こそが薊の支配人である高橋 有加(ゆうか)だ。

「亜様。ようこそいらっしゃいました」

高橋は鈴木の後ろにいた亜を見るやいなや丁寧に頭を下げた。まだ若いものの女主人としての気概は十分にある。

「時間ですし、手短に本題に入っても?」

「ええ、構いませんよ」

亜の反応を見るや、高橋は鈴木を下がらせる事なく話を切り出した。

それは薊にとっての目下最大の問題点であり、早急に手を打たねばならぬ事件だ。 事の起こりは今より六日前。高橋が業務用ポストを見に行った時からだ。

「これが例の手紙です」

高橋が厳重そうに取り出したのは一枚の手紙だ。新聞を切り抜いて作られた文章で『あザみを閉メなけれバ一週間後に人を殺す』と書かれている。

よくドラマで見るような脅迫文で、手紙だけなら高橋もまともに受け取らない

のだが状況はそうではない。

「それと同時に犬の死体が入っていまして」

包丁で何度も突かれて息絶えた犬の死体がビニール袋に入れられポストに押し込まれていたのだ。

それから狂気を感じて高橋は警察に連絡。しかし事態としては野犬が一匹殺されただけで、警察はまともに取り合わない。結果として高橋が目を付けたのが亜だったのだ。

高橋が事の顛末を話し終えると、亜は手紙を手に取った。数分調べる様にじっくりと手紙を見つけ、そして亜はようやく口を開いた。

「ここ一週間で帰った宿泊客はいますか?」

「?いえ、いません」

まだ名の売れていない薊はそんな簡単に新規客を集めることができない。ただ丁寧な接客と隠れ家的人気で長期滞在客が多く、ここ一週間の内で帰った宿泊客はいないが一週間前から滞在している人はいる。

高橋が正直に薊の経営情報を答えると、亜は次の言葉を放った。

「ならば今いる従業員か宿泊客が犯人です」

「!」

「そんなすぐに!?」

ほんの数分で既に犯人像を予想した亜に、鈴木は息を飲み高橋が声を上げた。

その反応に亜は簡単に解説を始める。

「まず手紙ですが、この手紙には消印がありません。そもそも犬の死体からも考えて、手紙は間違いなく直接投函されています。

 第二に、ここ薊の立地場所は最悪で車以外に交通手段はなく、その車も近付けばすぐに分かる。これは私がタクシーで到着した直後に、なにもしない内に鈴木さんが玄関から出てきたことからも明らかです。

 そしてなにより第三に、一週間前に降った雪が足跡がない事を示していたはずです」

車でポストに近付けば音で分かり、車以外でポストに近付けば足跡で分かる。

この二つの防衛線を破るにはポストの内側から手紙を入れるか、あとは旅館から外に出て雪の積もっていない軒下沿いを歩くしかない。いずれも手紙が投函された時に旅館内にいなければ犯行を行えない。

「一週間前に宿に泊まった人間は?」

亜の素早い推理に、高橋は僅かに気圧されながらもすぐに答える。

「私と従業員の鈴木と小木。それに常連客の三好(みよし)さんの四人だけです」

つまりこの内の誰かが悪趣味な手紙の差出人。数分でそこまで辿り着いた亜に鈴木は思わず息を呑んで見つめた。

この人なら本当に謎を解き明かすだろうという予想と予感。そしてそんな亜を良く思わない憎悪の感情とが混ぜ合わせた眼だった。

自分なりに考えた、絶対に解けない完全犯罪とその末路。

コミックマーケット80に寄稿した作品の一部。

途中までは早めに更新。解決篇は9月末日に公開予定。

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