21
暖かい陽光の陽射しに促され、一雷精は起き上がる。
眼が冴えていて、疲労が全く感じられなかった。
恐らくこの世界へ来て一番寝覚めの良い朝だろう。どれくらい早起きしたのか調べたくなったが残念ながらこの部屋に時間を確かめられる時計の類は置かれていない。
一雷精は仕方なく自分の体内時計を参考にし、まだアグスの朝食が完成する前だという推測を立てる。
「ん……ッ」
一雷精は思い切り伸びをし、隣で寝ているラリアを見た。金髪の少年はとても気持ちのいい寝息を立てていて、なにかマジック的な物で無防備なその寝顔に落書きをしたくなる衝動に陥るが、折角なので寝させてあげようとその衝動を沈め、用済みとなった寝具を片付けることにした。
布団を畳んでいる最中に、コンコンという音が扉から聞こえた。誰かな? ひょっとしたらウェルかなグヒヒと煩悩まみれの予測を建てながら、一雷精はどうぞと返事をする。
「あれ? 精様、お目覚めでしたか」
フィアルだった。初めてみる白のパジャマ姿はフィアルのサイズには見合っていなく、とても窮屈そうだ
った(特に胸部が)。
「ラリアさんに用事があったんですけど、まだ寝ていらっしゃいましたか」
一雷精とフィアルはゆっくりとした寝息を立てているラリアを見つめる。普段の毅然とした態度なラリアだが、こうしてみると自分とはなにも変わらないただの少年のようだ。
「今日の走査で、私は悲鳴の願いがあった森を操作したいのでラリアさんにその許可を取りにきたのですが……寝ているのなら仕方ありませんね。また後で訊ねるとします」
「ああね」
そこで一雷精は思い出す。自分が今日、ウェルと一緒に森に行く予定を、まだフィアルに告げていなかったことを。
「俺もウェルと一緒に森に行くんだった……」
「え? なんでですか! 精様って、ウェルさんに嫌われていましたよね」
目を剥くフィアル。一雷精はどう説明すればいいか色々模索する。
「嫌われてない……いや、嫌われてるかもしれない……うわあ、嫌われてたらどうしよう……。でも、ウェルが頼んできたんだ。いつも一人で何かを探しているらしくて、それを俺も一緒に探してほしいんだって」
フィアルは体を数秒間固まらせた後、難しい顔をして腕を組んだ。
「そうですか。まさか、精様を頼る女性が世の中にいらしたとは……」
「俺は頼りになるんだよ。去年だって、隣のクラスの昌代ちゃんに頼りにされていた。親が無職だった彼女のために俺は歳を偽ってバイトして、毎月三万あげていたからね……彼女の両親バリバリ働いてたけど 」
「騙されてたんですね……」
同情めいた視線がフィアルから飛んでくる。実はこの話はこれで完結ではなく、俺があげていた三万を、昌代ちゃんは彼氏に必死に貢いでいたという衝撃的な続きがあったのだがこれは秘密にしておこう。
「まあ、そういうことだよ。一緒に森へ行くのは構わないが、俺とウェルの濃厚なラブストーリーになったら速やかに去ってくれ。というか、ずっと遭難しとけ!」
「森林がないのに遭難なんてする筈がありません」
フィアルの叫びが部屋中に響く。その声で、ラリアが目覚めた。
「お前今日ははやいな」
欠伸を呆けながらラリアが言う。まだ眠たそうだ
「まあね。今日は俺も森に大切な用があるからかな? 思ったより早く起きれたんだ」
「へえ、森に行くのか。 フィアルとか?」
「いいや、ウェルだよ。手伝ってほしいって頼まれたんだ」
途端、ラリアの顔が驚愕にそまり、部屋が揺れる程の大声が放たれた。
「んだとおおおおおおおおお。お前、あの子と仲悪いんじゃなかったのかよ」
キーンと耳が打たれるような感覚を味わいながらも、一雷精は両耳を塞ぎ、音の根源であるラリアを睨んだ。
「失敬だな。もうとっくに仲直りをしたよ!」
ラリアはまだ事実を受け止められないのか、口をあんぐりと開けながら停止していた。本当失礼だ。
「そ、そうか。仲直りしたのか。それにしても……お前に頼るとはな。何故だ?」
ラリアが思案したところで、アグスから朝食の呼びかけが聞こえた。三人は急いでリビングへと駆けていった。
「悪いね! 今日は私も現場監督とかで忙しいから朝食はこれで我慢してくれ」
台所から聞こえるアグスの陽気な声に耳だけを傾けさせテーブルに視線を向けると、そこには前回とは大
きく異なる簡素な食卓があった。何も手が付けられていない平たいパンのようなものに、昨夜の残り物のオ
カズが乗せられていた。
アグスは時間がないからと言っていたが、それは自分達を配慮しての嘘で、もしかしたらピースメインが何日もここに居座り続けているせいで食費が何倍にも膨れ上がり、とうとうお金が尽きたのかと一雷精は心配する。
しかし直ぐにその食費以上に自分達が払っているであろう宿泊費の存在を思い出し、沸き上がった懸念を抹消した。
「昨夜の残り物に、エリアリ―名物のバンか。もしかしたら、俺達四人がいつまでたってもここに居続けてるからとうとうお金が尽きたんじゃないだろうな……」
右席でラリアがパンのようなもの(ラリアの発言から推測するに恐らくバンという名前だろう)を齧りながら、ついさっきまで一雷精が思っていたことを呟く。
「それはないよ。だって、食費以上のお金を、俺達が宿泊費として払っているじゃないか」
「そう言えばそうだったな。ハハ。財布の懐も心配しないとな」
笑って言うと、ラリアは口一杯にバンを頬張った。バンはラリアによって無音で分断され、あっという間にその姿を半分にする。
「あ。フクレイちゃん。これ、昨日言ってた彫り物だよ」
台所から出てきたアグスは黒光りしている大きな物体を大切に持ちながらフクレイの所まで向かってき
た。
「おお。ありがとうございます」
興奮で頬を紅潮させながら、フクレイは勢いよく立ち上がって早足でアグス元へ駆ける。その時に見せた表情は普段のフクレイからは考えられない、小さな子供のような無邪気さが含まれていた。
「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか? アグスさん、この彫り物大切にしていたんですよね?」
「いやいや、フクレイちゃんが貰ってくれればいいのよ。そもそもこれは私のじゃなくて死んだオルクの者だから……」
「それなら尚更ですよ。私のような他人よりも母であるアグスさんが」
アグスはフクレイを見つめ、優しい声音で囁いた。
「いいのよ。私以上に、この作品を好きでいてくれる人の手に渡ってもらえれば、オルツも幸せだと思うもの」
「……そうですか」
アグスの真っ直ぐな瞳に圧せられ、フクレイは細心の注意を払って彫り物を受け取る。アグスからフクレイの手に渡った彫り物は、眩い光を放ったように見えた。
「凄く……光ってる」
同様のことを正面のウェルも言っていた。どこか笑っているように見えたのは、一雷精の誤認だろう。
「オルツさんってそう言えば大工を目指していたのですよね。やはりそのような芸術品を参考にでもしていたのでしょうか?」
「必要なんじゃないの。やっぱセンスとか磨く必要があるじゃんか」
フィアルの素朴な疑問に答えていると、ラリアが加わってきた。
「なあ……オルツさんは大工になろうとしてたって話し、本当なのか?」
「そうですよ。昨日アグスさんの友人がおっしゃってました」
「そうか……」
何事かを熟思しながらの返答だった。なぜそのような表情を浮かべたのか引っかかりながらも、一雷精バンを齧った。




