20
「今日もたくさん作ったから一杯食べてね」
アグスの笑顔を一瞥し、一雷精は昨夜の倍はある料理の量に唖然とする。外で肉体労働をしていたラリア達とは違って、一雷精はずっと家の中でぐうたらしていたせいか、あまり腹が空いていなかった。卓上に並べられている沢山の品の数々を眺めていると、意志とは関係なく胃がキリキリしてしまう。
「うお、凄いな。食うぞ」
野菜と格闘している一雷精の右隣で、ラリアが豪快に肉料理を頬張る。その隣で、フクレイも昨夜を上回るペースで箸を進めていた。
「……凄いわ」
ウェルは暴食の限りを尽くすラリアとフクレイを、じっと凝視していた。その瞳は相変わらずの無感動だったが、驚いているということだけはなんとなく察せられた。
「ウェルは食べないの? どこかへ出かけていたんでしょ?」
たまたま喋ったところを目撃したからという単純な動機だけで、ウェルに話しかける。少しの沈黙の後、彼女はキッと目を鋭くさせ、警戒しがちに答えた。
「疲れるようなことはしていないわ。あと、気安く名前で呼ばないで」
今朝の告白のせいで、すっかり嫌われてしまったようだ。でも、俺はめげないよ。
「あっはは。でも、結構長い間外に出ていたじゃないか」
痛烈な一言をなんとか笑って受け流し、再度質問を投げかける。今度は即答だった。
「ええ。ずっと外にいたわ。でも、疲れることは何一つしていないの」
「それは一人でしてるの?」
「ええ……そう」
僅かに声のトーンが下がった気がするが、それは自分の勘違いだろうと自己解釈をし、一雷精は思い切って自分をアピールすることにした。
「成程、それ危ないね。そんなか弱い少女に優しい騎士が一人いる――ぎゃあああ」
アツアツの汁が、オレンジ色の弾道を描きながら一雷精の顔面に弾け散る。皮膚が全て裂かれるような熱が顔面中に広がってたまらず悶絶する。
「やめてほしいわ……」
ウェルは蔑視を向ける。顔に滴る熱い液体を裾で拭い、一雷精は喚いた。
「あつい、あついよ」
ウェルは一雷精に濡れた布巾を差し出してきた。迷わず受け取り、火傷を負った頬につける。ひんやりとして気持ちいい。
「あなたは可笑しいわ。つまらない返事しかしない私より、フクレイやフィアルのことを普通は好きになるんじゃない?」
「誰にも認められている美少女は、昔からちやほやされていてみんな性格が悪い。俺は、それを知ってるんだ。私なんて可愛くないですよー。やだー。なんて言っている女なんて、内心じゃ自己顕示欲の塊さ。だから、俺は美貌に騙されたりはしない。沢山の薔薇に囲まれるよりも、君のように汚れのない百合を眺めていたいんだ。フハハハ」
最後は自分が出来る最大限の爽やかな顔を向けての発言だったが、ウェルは無反応だった。むしろ、ウェルよりもフィアルが隣席で俺を睨んでいた。こっちを見るんじゃない。トゲしかない薔薇め。
「……そう。その発言じゃ、私は美少女ではないってことになるけれど……」
「え いいや、君だって可愛いと思うよ。でも、パアーって感じが――って聞いてない」
必死に弁解するが、ウェルは取り合ってはくれなかった。好感度下がったな、と内心で肩を落とす。
「改めなくていい。わかっているは。私に華やかさなんてないもの」
ウェルは肉のような触感がする、ウェズーという食べ物を咀嚼する。この食材は噛み砕くと中から汁が溢れ、香ばしい匂いがたちまち口内中に広がるという一級品だが、ウェルは全く表情を変えなかった。これじゃウェーズが浮ばれないなと一雷精は苦笑する。
「それよりも、あなたは今日ずっとこの家にいたらしいわね」
「うん。いたよ」
次の瞬間、ウェルが衝撃発言を放った。
「なら、明日私と一緒に物を探してみる気とか無いかしら?」
「は?」
目を瞬かせてウェルを見る。え? なんでいきなり俺を誘ってきたんだと脳を回転させて必死に思考を繰り広げる。俺を突然誘う。そこで告白する。断られ、ぶん殴――結婚する。はい解決……してねえ! 殴られた事実強引に揉み消しやがった!
誤った思索に苦悩していると、ウェルが冷笑しながら訂正してきた。
「別に他の人でもいいけど、あなた以外の人は忙しそうだし。私一人では広すぎて探せないのよ。他意はないわ。勘違いしないで」
「ほう、ほーう……へえ」
声のテンションを徐々に下げて、一雷精は脱力した返事を返す。
「じゃあ、明日朝ご飯を食べたら私の部屋に来て」
「……了解!」
好意を持たれてはいないが、それでも絆は随分と深まった気がした。
一雷精は嬉々としながら、料理を口に放り込んだ。
晩餐が終わり、アグスとウェルにお礼を述べると、ピースメイン一同はラリアと一雷精の寝屋へ向かった。
目的は、今日の情報収集で得た情報をそれぞれ報告し合うこと。わざわざ移動なんかせず、リビングで話し合いをしても構わないとアグスは言ってくれたが、ただでさえ家事で忙しいアグス達に気を遣わせるわけにはいかない。
ラリアはそう断り、四人は寝室で輪を囲いながら会議を始めた。
「まずは俺からでいいか?」
ラリアが口火を切る。全員が首肯するのを確かめると、咳払いをして自身が持つ手掛りを疲労した。
「俺が聞いた話だと、ウルヅスはこの国を支配した直後、見せしめとして森の木々を全て伐採したそうだ。恐らく、その目的は悲鳴の願いを奪うためだろう。そして、もう既に奪われていることがわかった」
「!」
一同に衝撃が走る。国の生命線が完全に断ち切られた今、事件を未然に防ぐという最良の措置はもう取ることができなくなってしまった。
「……ですが、この国は勿論、世界そのものもまだ滅びていませんよ?どうしてでしょうか」
フィアルの問いに、ラリアは降参するように両肩を上げた。
「さあな……。石像を集めたが世界を終らせることはやっぱりできなくて、仕方がないから退屈しのぎにこの国を支配しているのかもしれん。それか、石像で世界は滅ぼせるが、そのためには金が必要で、その資金を得るためにこの国でたかり続けてるのかもな……」
「言い伝えが嘘だったというのはわかるが、言い伝えには、資金が必要だっていうエピソードはないから、二つ目の説は有り得ないね」
フクレイがやんわりと否定する。その傍らで、フィアルがパチンと両腕を叩き、自身の推測を述べた。
「もしかしたら、ウルヅスがここを襲ったときにはもう石像はなくなっていて、その犯人を突き止めるこの国にいるのではないのでしょうか?
「この国の人達が石像を奪うことはないだろうから、犯人はウルヅスの前にここへきた観光客だね」
フィアルに乗っかる一雷精だったが、その意見はどうやら的外れだったらしく、フクレイが大きくかぶりをふった。
「それも無い。言い伝えを知っている人は前にもいった通り、ここの国の人を除けば少数しかいないし、まず石像と対面するには国王の同行が必要なんだ。これを見てくれ」
フクレイは抱えていた埃の被った赤い本を全員に見せ、頁を捲る。言われた通りに全員が集まってフクレイの方へと顔を寄せると、そこには小さな字でフクレイ・エンダルと記されていた。
「この国を訪れた観光客の名前を、役所がこの本に記入するのさ。驚いたことに、二年前に訪れた私以降、誰も客が来ていないんだ。そして、最後の観光客である私は森で石像を見ている。それはつまり、観光客が石像を盗んでいないということになるね」
「てことは、やっぱり石像を奪ったのはウルヅスなんだね……まあ、この国の誰かが国王をなんとか騙して石像を奪ったって可能性もあるけど」
「いや、そんなこもしても直ぐバレルだろ……ていうか、そもそもここの国の人はなんでか、皆悲鳴の願いの存在を知らないらしいんだ 」
「いや、なんか、よくわからんが、みんながウルヅスを不審がっていた点は、『切っても何も特のない森を伐採している』ことで、『言い伝えでしかない悲鳴の願いを狙っている』ことじゃないんだ。なくなった石像にも気付くことなく、彼等は裸になった森とウルヅスの真意に疑問をうかべている。だからこの国の人達は石像が石像を奪ったとは考えにくい。やっぱ石像を奪ったのはウルヅスなんだろう……それにしても、何で国の象徴でもある石像を忘れてたりしてんだろうか」
そこで、フィアルがはっと思い出したように呟いた。
「……もしかしたら、ウルヅスの運命魔法で石像に関する記憶を消されているのかもしれません」
「どういうことだ?」
と、ラリア。フィアルは真剣な顔をして
「アグスさんとその友人に聞いた話なのですが、ウルヅスは多重運命魔法を持っているのかもしれません。地震を起こせますし、物体をワープ可せるこもも能でのようす。密かに思案していた、ウルヅスがこの国に来てお金を回収する時に始末するという手段も出来ないとわかりました」
「なんと……」
言葉を漏らすフクレイを一瞥し、フクレイはさらにことばを続けた。
「それだけではありません。ウルヅスは幻影魔法も使えて、自らが作った幻影で住みかを隠し、誰にも居場所がバレることなくこの国に潜んでいるらしいです。地震を操り、物体を移動させ、さらに幻術を扱う難攻不落な支配者こそが、ウルヅスなのです……」
ラリアとフクレイは、顔に絶望の色を染めたまま黙っていた。話していたフィアルもどこか曇りのある表情をしている。予想していたよりも巨大な敵だったウルヅスに、どう立ち向かえばいいのかと困惑しているようだった。
「人を欺くことができて、地震も操り、物体を移動させ、幻術まで扱える……そんなことができるあいつの運命ってなんだ? なに一つ統一性がないじゃないか」
頭をかきむしって喚くラリアに、一雷精は訊ねる。
「どういうこと?」
「……運命魔法はその人の運命を具現したものだから、種類は一つしかないんだ。例を挙げると俺は風を操れるだろ? 操れる理由は風が小さな火を業火にさせられるように、俺の運命が他人をサポートする運命だからだ。こんな風に、運命魔法はその人の運命を、一つの魔法として統一され、それが変異したり、増えることはないんだ……」
一拍の間をおき、再び口を動かす。
「だが、ウルヅスは違う。あいつの魔法はバラバラで、纏まりがないんだ。一つの運命に統一されていない。こんなんじゃただの魔法だ。まさかウルヅスがそんな反則的な力を持っていたとは…」
ラリアは手で顔を覆い、長い溜め息を吐く。出会って間もないが、彼がここまで取り乱すなんて珍しいと思った。
「運命魔法の本質がわからないから、対処の使用もないしね……」
「本当に、そうだよな」
「そうですね」
ハア、と同時に息を吐く三人。一雷精もなんとなくだが状況を察知、息を吐く。
沈滞とした空気が部屋を包む。
「……とにかく」
沈黙を破るように、ラリアが畳を強く叩く。そして、今回の会議を要約した。
「今日の情報集で得たことを纏めるとこうなるな。ウルヅスは石像を奪ったがやはり世界を滅ぼすことはできなくて、もて余した時間を潰すためにこの国の人達を弄んでいる。そして、けた違いの力の持ち主である」
「世界が崩壊されないのが救いだね。問題は、ウルヅスの暇潰しで行われてる支配の方だ。国の人間は奴のせいでお金を失うだけじゃなく、裁きである地震を恐れて人を守れないし、守ってもらえない状況なんだからな」
「そうですよ。許せません」
フィアルは力強く頷く。一雷精もフィアルに続いて小さく首肯した。
「ああ。確かに許せないな。だが、ウルヅスの支配を止めるためには、まずウルヅスの住み家を特定する必要がある。しかも、ただ戦うのではなく、あいつに気付かれないように隙をついて始末しなくてはいけない」
なぜ隙を突く必要があるのか、そのことを一雷精
「そうだね。ただでさえ次元が違う強さを持つウルヅスだ。万が一彼の弱点を見破って互角に戦えたとしても、『これいじょう近付くと地震を起こして国を崩壊させるぞ』と彼に言われたらもう私達は何も出来なくなってしまう。暗殺という戦法が、賢明そうだね」
ラリアは頷くと、更に口を進めた。
「だから、まず俺達がしないといけないのはウルヅスの住み家を特定することだ。明日から、全員でこの国を走査するぞ」
「どうやって特定するの?」
一雷精が質問する。ラリアはにやりと笑うと、背後に置いておいたバッグを掴み、中身を漁る。
「これだ。これ」
ラリアはお札のような細長い紙を四枚程バッグから酉だし、畳に置いた。紙に描かれていた絵は血まみれの男が消えかけている女を抱きしめているという、なんだかとても不気味なものだった。
「なんですか、これ」
目を見張るフィアル。ラリアは畳に置かれている四枚の紙を指差すと、その名前を言った。
「科学の国で貰った『スフイ』ってお札だ。これは幻術や幽霊などのオカルト対策で使われるお札らしいから、明日はこれを持って外に出ればいい」
「よくそんなものが都合よくあったね」
感心しながら一枚の札を掴む。
「最初に会ったとき言っただろ。沢山の国を旅してるって」
ああ、そう言えばそんなこと言ってたっけな。とぼんやり思い浮かべる。あの時自分に着せようとしていた黒くて長い桂は、今でも持っているのだろうか。
「これは素晴らしいね。でも、ウルヅスが必ずここにいるって確証はあるのだろうか?」
「わからん。ウルヅスの反則的な魔法が、あくまで運命魔法に沿ってのものだったら大丈夫だろう。俺が世界中の風を操れないのと同じで、お前が世界中の物質を吸い込めないのと同じで、必ずなんらかの制限があるからな。運命魔法とは、あくまで運命を具現化させた魔法に過ぎない」
フクレイは納得したのか、うんうんと頷いた。
「ですが、本当に運命を超越した魔法を持っていたとしたら……」
フィアルの不安が一層込められた呟きに、ラリアが苦い表情を見せる。
「ああ。為す術がないな」
その一言に、この場の空気が緊迫とした雰囲気に変貌した。不意に、一雷精の脳裏にアグスとウェルの顔が浮かんでくる。幸せそうにしている二人の顔は、一瞬で硝子細工のように脆く散った。
そんなこと、させるものか。とは口に出して言わなかったが、代わりに胸中で何度も繰り返した。
俺が必ず守る。守ってみせる。




