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「ふふ。それじゃあ、お皿を洗ってくるわね」
三時間くらいがたち、ようやく談話が終了した。一雷精達が話すことはほとんどなく、大半がこの国の昔の思い出ばかりだったが、それでも会話の輪に入っているのが一雷精には心地よく、嬉しくもあった。
「ウェルさんの兄様ってそんなに凄い方だったんでしか」
アグスに変わってマリナの話し相手となったフィアルがそう言う。
「ええ。私は洋服屋をしているんだけど、一年前大きな台風があって店が壊れてしまったのよね。ボロボロで、もうダメだったわ。そこで、オルツ君が直してくれたの。驚いたわ。壊れる前よりも見映えがいいんだもの」
懐かしむような眼差しで湯飲みを眺める。 その目は、どこか憂いさも含まれた気がした。
「オルツ君が今生きていたら、きっと大工さんになっていたに違いないわね……だって、彼はそれが夢だったのだから」
そう呟くと、今度は自分のお腹を触りだした。悲痛の目で自分のお腹を優しくさすると、力のない声が放たれる
「私にはね、今一人の赤ちゃんがいるの……地震が起きる前日に生まれたね」
アリナは自分のお腹を見つめる。瞳がなぜか、濡れていた。
「私は、生まれてきた赤ちゃんが最初の子でね。愛しているわ。誰よりも一番ね……でも、そんな愛すべき我が子が危険な目に遭ったら、私はどうすればいいかわからないの……」
腹を強くさすりながら、力なくかぶりをふる。
「私が守らなかったら国は滅ばない。でもその代わり子供は死んじゃうわ。それは絶対に嫌なの……守りたいわ。でも、私が子供を守ったら、子供も、私も、国中の人間も皆死ぬの。どっちみち、子供が助かる選択肢なんかないのよ」
「そんな……」
言葉をつまらせるフィアル。アリナはさする手をとめて続きを話した。
「私は、たった一人の子供も守れない。でも、私は、あの子と一緒に笑いたいし、遊びたいし
成長をみたいし、愛したいの……そう……思っている。でも……」
目を虚しく伏せ、沸き上がってくるすべての感情を出したように囁いた。
「私には……そんな資格は、きっとないの」
全てを悟ったような、諦めているような、そんな虚しい雰囲気を、一雷精はマリナから感
取った。
そして、そのなんとも言えない悲痛な雰囲気こそが、人を守ってはいけない国を具現させ
たものなのだろうとも感じた。何故だか、胸がとても痛んだ。
「そんなこと……ないですよ!!」
フィアルが涙を流しながらマリナの手を握る。その握り方は、とても優しそうだった。
「私達が、絶対に、なんとかしますんで……そんな眼をしないでください」
俯いていて見えないマリナの目を除くようにしてフィアルは言う。マリナは一筋の涙を床に
落とすとフィアルを見つめた。
「ありがとう」
フィアルは笑う。マリナも、救われたように涙を拭った。
一時の危険のために、全てを犠牲にしてでも愛する我が子を守るのか、それとも愛する者を見捨て、国の皆を守るのか。この究極の二沢を選ぶのは誰だって悩むし瞬時に判断できるはずがない。誰だって、両方愛しているのなら、その両方を選びたいに決まっている。
「……はは」
笑い合うフィアルとマリナを見ながら一雷精は思う。
親にも、それ以外の愛を知らない自分は一体誰を守り、誰に守ってもらえるのだろうかと。