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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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9.あちこち騒ぎがあるものだ(3)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

「おい、ギイ」


 アラムがトマを脇に退け、ずいと足を進めてくる。


「アラム、久しぶり。いや、よその団のことに余計な手出しをするつもりはないよ。ただあのいかれ坊主が刃物出したりしたから見かねただけで」

「それは分かってる。うちの女どもが世話になった」

「あんたたち、なにぼさっとしてんのよ! さっさとお湯沸かしてお風呂の準備してやんな!」


 ゾーエが周囲の娼婦たちをどやしつけた。

 風呂だ。いいなあ。

 などとルキシスは思ったが、ギルウィルドは顔を引き攣らせた。


「あ、いえいえ、そういうおもてなしは結構で。はい」

「なんでだよ。お風呂もらっていけば」

「きみ、黙ってて」


 頭から葡萄酒をかけられて、いくら布で拭いたところでべたべたしている。遠慮する必要もないだろうに。


「ギイ、遠慮することないのよ。好きな娘選んでね。これはお礼だからね、お代なんて考えないでね」


 ゾーエが近付いてきてギルウィルドの手を取ろうとしたが、稀に見る俊敏さで彼は身を引き、それを避けた。


「いえ、あの、婆ちゃんの遺言で美人とはふたりきりにならないようにしてるんで」


 ルキシスは心の底から呆れた。誰でも好きな娘を選んでよくて、もちろんお代はただで、風呂でしっぽり楽しめるらしいのに。


「何言ってるんだよ、おまえ。せっかくのゾーエ姐さんたちの心遣いを」

「きみは黙ってろって言ってるだろ!」


 何故怒られたのか全然分からなかったが、とにかく怒られた。

 ギルウィルドは肩を怒らせ、借りていた布を近くにいた娼婦に手渡し、ジャゾに向かって指を差した。


「それ、リリの荷物?」

「お、おう」

「じゃあ受け取るから。先を急ぐんで。お邪魔様」


 ギルウィルドはずかずかとジャゾに歩み寄りひったくるようにして荷物を受け取る。葡萄酒だらけのべたべたで触ってほしくなかったが、文句など言えそうもない剣幕だったので不服ながら黙っていた。


「行くぞ」


 白蹄団の娼婦から奉仕を受けることで、白蹄団の男たちから余計な恨みを買うことを警戒しているのだろう。誰とでも上手くやりたいと、立ち居振る舞いにはいつもそれなりに気を遣っているようなので。だが今回はさすがに例外ではないのか。何と言っても娼婦たちの頂点に君臨するゾーエ自らのもてなしである。


(もったいない)


 あまり警戒して断るのも失礼だろうに。

 しかしそうこうしているうちにも、ギルウィルドはルキシスの荷物を持ったまま勝手に歩き出して騒ぎの地から離れようとしている。


「あ、じゃあ、わたし、行くから。姐さん、アラム、また。あ、トーギィ」


 顔馴染みの少年兵のトーギィの姿が輪の中に見えた。しかしギルウィルドがどんどん突き進んでいってしまうので、ろくに別れの挨拶を交わす暇もない。

 と、急にギルウィルドが足を止めた。危うく背中にぶつかりそうになった。

 彼はルキシスの恨みがましい視線を無視して背後を振り返り、アラムに向かって言葉を発した。


「白蹄団もなるべく早くここを去った方がいい。次はあいつ、たぶん、仲間を引き連れてやってくる。ああいう奴は男には敵わないって分かってるから、また女たちを狙う」

「ああ」


 単純な武力では、もちろん傭兵団の方が有利だろう。しかし女たちを狙われたり、そうでなくとも夜陰に乗じて火などかけられたりすれば厄介だ。


「野郎、神官だって話だからな。おれたちも罪をでっち上げられて神殿なんぞに告発されたら面倒だ。さっさと次の場所へ行くさ」


 言われてみれば、確かにその危険性もある。正式に涜神罪にでも問われれば、それはもう武力では解決できない。神殿全てを敵に回すことになる。一傭兵団としてはひとたまりもないだろう。


「もしおれのことを恨んで何か白蹄団に嫌がらせしてくるようなら――」

「女どもが世話になったんだからおまえを売るようなことはしねえよ」

「助かるよ。ま、もしも面倒があったら、適当に死んだとでも言っておいて」


 じゃあ、と言って再びギルウィルドが歩き出す。もう背後を振り返ることはしない。

 彼の隣に立って歩きながら、ルキシスは「風呂は本当によかったのか?」と言おうとしてやめた。その方が明らかに無難であった。代わりに別のことを訊く。


「さっきのあの男は本当に神官なのか?」


 とても神官とは思えない暴挙の数々だった。神官と一口に言っても色々なのがいる。例えば今隣を歩いている男のように、まるっきり聖職者になど見えない流れ者のようなのまで。

 だがそういうのとはまた別の、異様な雰囲気の男だった。特に、瞬きをしないぎらぎらとした目付きにはおぞましい何かが宿っているようだった。


「あいつが胸に下げてたカトラを確認した。本物だ」


 カトラは神官の身分を証明する装身具の一種である。


「それにあの特徴的な黒衣もね。あれはラヴォラーノサ会派の中でも特に過激で狂信的な連中が好んで着てる僧衣だ」

「ラヴォラーノサ会派」


 宗教には疎いが、一応正統宗派のうちのひとつだったと思う。


「ラヴォラーノサ会派は南部ですごく流行ってて、まあ元々禁欲的で自罰的で厳格で、自分を鞭打って神々に近付くみたいなことを言ってる宗派なんだけど」


 色々な宗派があるものである。自分を鞭打って神々に近付くとは、ルキシスにはまるで意味が分からなかったが、その教義を信じる者にとっては正当な理由もあり、大切な行いでもあるのだろう。まあ、よく分からないが。


「昔から好戦的だったわけじゃないみたいなんだけど、ここ二、三十年は過激な連中が目立つようになってきて、いくつかの街では娼婦を火炙りにしたって話も聞いてる」

「火炙りということは、完全な異端扱いか」


 思わず眉をひそめる。娼婦にも守護女神はいる。それなのに。


「おれはオフリド会派だからね、ラヴォラーノサ会派の信仰を詳しく勉強したこともないし、なんで連中が急に先鋭化してるのかって背景も知らないけど、あの黒衣が白蹄団の娼婦たちに近付いてきた時、まずいと思ったよ」


 もちろん、オフリド会派とやらのこともルキシスはよくは知らない。ただ宗教の話をする時、この男はよく経典を引き合いに出す。だから経典の記述を殊更に重視する会派なのだろうと想像はしている。


「リリ」


 ギルウィルドがうんざりしたようなため息をついた。


「あの男がどうして刃物を取り出したか分かる?」

「娼婦たちの命を奪おうとしたんじゃないのか?」

「違う」


 違うのか。では何か。少し考える。


「ええと、じゃあ、もう興奮しすぎて本人もわけが分からなくなってて、何でもいいから刃物振り回してやれ、というようなやけっぱちな?」


 ギルウィルドは小さく首を横に振った。


「そうも見えるかもしれないが、そうじゃないんだ」

「じゃあ何だ?」

「娼婦たちの顔を傷つけるためだ。顔を傷つければ容色が損なわれる。そうすれば彼女たちは客を取れなくなる。それこそが彼女たちの救いだと」


 思わず言葉を失った。

 何という悪意だろう。悪意しかない。それなのに、それをよりにもよって救いなどと言い換えるとは。


「……客を取れなくなった娼婦がどうなるか分かっていて、救いだと?」

「連中はそう思ってる」

「おまえ、よく彼女たちを助けてくれた」


 ルキシスは白蹄団の一員ではないし、礼を言う立場ではないかもしれないが、白蹄団とは時々行動を共にしていて、娼婦たちにもいつも親切にしてもらっている。


「でも客を取り続けることが彼女たちの救いなのかって言うと、それも……」


 そこまで言って、ギルウィルドは軽くかぶりを振った。


「いや。変なこと言って悪かった」

「いや――」

「ま、ひとまず追い返せてよかった。殺すのは簡単だけど、坊主は殺すと後が面倒だからね」


 自分自身、本職が坊主であるわりにそんなことをしれっと言う。


「それに、あいつの頭があまり良くなくて助かったよ。おれは本物の学僧じゃないから、一日中神学を論じ続けてる学僧なんかが相手だったら一往復も問答できなかったかもしれない」


 その口調に、何か滲み出る感情があった。少しためらったが、結局、気になってルキシスは訊いた。


「学僧になりたかったのか?」


 今からでも遅くはないのではないか。戦場を地獄だと思っているのだからそんな場所は去って、神殿に戻って、まじめに勉強をすれば。


「本物の学僧としてやっていきたかったら、どんなに遅くとも十歳までには神殿に入らないとな」


 そういうものなのか。神学の世界も大変なようだ。


「それより、アラムとは上手く話がついたみたいでよかった」


 ギルウィルドが話題を変えたのでルキシスもそれ以上は訊かなかった。

 ただ世間にはルキシスの想像もしない色々なことがあると、どっと疲れる思いだった。

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