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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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7.決断(1)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 翌日昼の開戦後、テッサーロの街は夜になる前に降伏した。


 露天で祝杯を挙げながら、ルキシスはますます上機嫌だった。何せ、無事門を開けることができた。しかもその間、小賢しい若造に気の赴くままボケ愚図早くしろと好きなだけ罵声を浴びせることができた。浴びせられる方はぶすっとしていたが、自分が手助けを受ける立場なのは痛いほど分かっているようでひとつも反論しなかった。

 まず、目立たないところから崖を下りて海から取り付く場所を探した。その後は登りやすそうなところに目星をつけてひたすら断崖をよじ登る。取り決めどおりルキシスが先行して、要所要所に鉤縄を引っ掛けて、それを手繰ってギルウィルドが後から続く。市囲壁の崩れたところから歩廊に降りても、辺りには誰もいなかった。とはいえ闇夜に乗じて侵入したわけではないので程なく見張りに発見されてしまい、わっと防御兵が押し寄せてきた。防御兵といっても所詮は市民兵だ。本職である自分たちの敵ではないし、頭数も不足している。その上歩廊も塔の内部も狭いため一対一の剣戟となる。ますます簡単な仕事だった。さすがに塔を下りきって門の内側に到達したところには市民兵たちが密集していて多少は時間を要したが、ヨルクたちに先を越されることなくこちらから門を開けることができた。これが本職なら、市民兵が密集しているところに味方の損害を覚悟のうえで飛び道具を浴びせかけるところだが、そのあたりが悲しくも素人の甘さなのだった。矢も石も飛んでこなかった。おかげでこちらの仕事はやりやすかった。


 実を言えば思ったよりもヨルクたちが上手くやっていて、もしかしたら先に門を開けられてしまうかもしれないと思った局面もあった。鉄板の補強部分以外の木製面にはあちこち穴が開いていたし、柱と接続する金具にもだいぶんガタが来ていた。

 しかしいずれにせよ、門を開けたのはこちら側だった。ギルウィルドは褒賞金を与えられ、その半分はルキシスが分捕った。本当は半分以上の働きをしたと思ってはいるが、顔見知り分おまけしてやったのだ。涙を流して感謝してほしいところだった。


 しかも優しいご主人様は、通訳としてのルキシスの契約に変更契約書を追加してくれたのだ。つまり、必要に応じて陣営を離れることを認める、と。そのおかげで違約金を支払う必要がなくなった。そして今回、必要に応じて陣営を離れて崖を登って門を落としてこうしてまた通訳として戻ってきたわけである。もっともその変更契約はルキシスが自分の名前で勝手に結んだものである。アラムに伝わればごめんでは済まない。よって、何があっても彼には隠しとおさなければならない。


 良いことづくめだった。小遣いはたっぷり。エルミューダも戦闘に参加することがなかったので泥まみれにならずぴかぴかの毛並みのまま。戦争自体も無事勝利に終わって、こうして祝宴のご馳走にもありついている。

 ルキシスは遠慮せず、山盛りのご馳走に片っ端から手を付け、上等の葡萄酒も飲みたいだけ飲んでいた。最高の気分だった。

 団員たちと談笑していたヨルクが近付いてきた。彼が杯を目の上に掲げて礼をしたのでルキシスも答礼した。


「ご高名のとおりだった」

「お世辞をどうも」

「お世辞じゃない。機会があればまたあんたと仕事ができるかな?」

「もちろん」


 人数に不足がある時など雇い入れてもらっても構わない。無論それなりの金額は要求するが、ヨルクの団は思ったよりも腕があるようだった。あんなに早く門を破られそうになるとは思っていなかった。

 ヨルクも機嫌は上々のようだった。門自体を開けたのはルキシスとギルウィルドで、その分多く褒賞金を受け取ったのは事実だが、役割を分けただけでもある。ヨルクたちにも相応の手当ては与えられていた。


「この後どうするつもりなんだ?」

「実はわたしの身柄はわたしのものじゃないんだよなあ」


 小さくため息をついた。アラムにはそろそろ解放してほしいところなのだが。

 どういうことかというようにヨルクが首をひねる。


「一時的にある団に身を寄せてるんだ。いや、ちょっとした奉公みたいなもので、いつまでもそこの世話になるつもりはないんだけど。だから一旦団のところに戻る……か、あるいは」

「なんか、ヨルクには当たりが柔らかいよね、きみ」


 不機嫌な声が割って入ってきた。見ればギルウィルドが杯にじゃぶじゃぶ水を注いでいる。葡萄酒を割っているのだろう。そんなに水を入れたら単なる葡萄水になってしまうだろうに。もったいない。そんなもったいない飲み方をしたら葡萄酒が可哀そうだ。


「焼きもち焼くなって」


 ヨルクがからからと笑った。戦争の緊張から解放されて陽気になっている。

 いや焼きもちとかそういうんじゃなくて、と北国の男はまだぶすっとしている。半日の間、ボケ愚図のろまクソ間抜け野郎早くしろ、と鬱憤晴らしに言いたい放題言い続けてこちらはすっきりしていたが、言われる方はいささか鬱屈した気分が募ったかもしれない。もっとも、彼の気分などルキシスにはどうでもよいことだが。


「ヨルクはおまえのように胡散臭くないし、ひとを勝手に変な名前で呼ばないし」

「真人間だって」


 嘘つけ、と思った。


「まあギルウィルド君。知り合ってからというもの、わたしは今一番おまえに優しくしてやりたい気分だ。何と言っても小遣い稼ぎに大いに活用できたからな。お小遣いさん、毎度御贔屓にどうも」


 適当なことを言って、ルキシスはひらひらと手を振った。

 ええええご機嫌なことで、とこちらもよく分からない皮肉をギルウィルドは口にした。


 周囲は喧騒に包まれている。皆が皆、思い思いにご馳走を口にしたり杯を呷ったり、心地よい戦勝の余韻に浸ってはしゃいでいる。

 ルキシス自身はあまり大騒ぎする方ではない――が、こうした戦勝の雰囲気自体は嫌いではなかった。大勢でさんざめいている宴の輪の端に陣取って、そのさまを眺めているのが好きだった。ただ、あまり機嫌良さそうにしているとどういうわけか何かを勘違いした男に絡まれることが多いので、普段は努めて表情筋を動かさないようにしている。でも今はつい、気が緩んでいた。ふとそのことに気が付いた。

 平静を装って、表情を改めた。なるべく冷たく、近寄りがたく、機嫌悪そうに見えるように。


 そんなことをしていると、ザネッティ家の幕屋のある方角からフラヴィオがやって来るのが見えた。労いにやって来たのだろうか。貴族の御曹司が、陣営の総大将が、兵卒の宴の場にわざわざ来臨するとは、なかなかどうしてめったにないことである。

 フラヴィオはルキシスを認めると、少し安堵したように微笑んだ。


『何か皆にお話が? 訳しましょうか?』


 話しかけると、ルキシスのすぐそばまで歩み寄りながら小さく頷く。

 皆の尽力のおかげで無事市壁門を開けさせるという任を果たすことができた、大儀であった、心ばかりの宴だが楽しんでほしい、怪我をした者はよく養生をしてほしい、という趣旨のことを、フラヴィオは多少つっかえながらも丁重に述べた。彼は見事な天鵞絨のマントを身にまとっており、それが彼の貴族らしい風貌に重みを添えていた。それは見られることを意識した装束であり、彼の登場はそれだけで兵士たちから一定の注目を集めてもいた。ルキシスが声を張り上げて彼の言葉を訳している間、多くの者が酒を飲む手を止めて少年に礼を尽くしていた。規律の粛正に努めたというヨルクの努力の賜物でもあったかもしれない。


 挨拶の最後で、ギルウィルドが杯を少年に手渡した。一応、この男にも雇い主を立てる意思はありそうだ。毎日真水まで支給されているし、それくらいの恩返しはしてもよいだろう。少年の方は一瞬戸惑ったような顔をしたが、乾杯を、とルキシスが唇だけで告げると得心がいったようだった。


『乾杯』


 少年が杯を掲げる。周囲を取り巻く兵隊たちもわっと歓声を上げて同じようにした。もっとも兵隊たちは既に酒盛りの真っ最中だったので今更ではあるのだが。酒も進んでいたので、ある意味何があっても面白いといった頃合いだったかもしれない。

 遠くに目をやると、ジャコモ・アマティーニが重々しく腕組みをしつつ、隠しきれないにこやかな面持ちで、主である少年を見守っているのが見えた。このところ、彼は敢えて少年をひとりで行動させている。当然、ルキシスはそのことに気付いていた。刺客が送られるかもしれないというのに大胆なことである。勝手に少年の身柄を預けられるルキシスとしては、良いように使われているという感もなきにしもあらずではあったが、破格の報酬をいただいているのでこれくらいはまあいいか、と納得することにしていた。大雑把でざる勘定、というのも自分の性格の一部である。

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