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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
79/203

5.心配性のおせっかいやき

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

「リリ」


 声を掛けられたのは、天幕の入り口の垂れ布を持ち上げて中に入ろうとしたその時だった。もちろん、無視しようとした。それは別に自分の名前ではないし。変人が勝手にそう呼んでいるだけで。


「怪我しなかった?」


 また持ち前のお節介を発症しているようだ。放っておけばよいものを。他人のことなんて。

 ルキシスは小さく息を吐き出してから、入り口をくぐろうとして屈めていたからだを真っ直ぐに起こした。


 この辺りは特に置かれた松明の数が多い。ザネッティ家の幕屋の近くだから、そのおこぼれのようなものである。

 松明と松明の明かりの途切れた暗闇から、ギルウィルドが明かりの中に踏み込んできた。ルキシスからは慎重に距離をとっている。近付きすぎることを警戒している。こちらの気が立っていることを懸念しているのだろう。


「怪我なんてしない」

「その、大丈夫だった?」

「なにが」


 成果はさっき、お友達ともども見せつけてやったばかりだろうが。


「ごめん。その、ヨルクの団があんなに統制が効いていないなんて」


 ヨルク自身には、実を言えばそう悪い印象はなかった。ギルウィルドのように胡散臭くもないし。だが、まだ若い団長には苦労が絶えないようだ。組織を運営するというのはつくづく面倒なものである。

 しかし――こんなことは、大したことではないのだ。どこの傭兵団でも、騎士団でさえあることなのだ。手近にいる女を犯したり殺したり。統制がどうのというほどの大袈裟な話ではない。予め団長が厳しく――女に手を出してはいけないとか何とか指示したわけでもなければ、戦場での統制ともまた違う話だ。


「あのなあ、ギルウィルド君」


 ルキシスは腕を組み、ぎりぎり手の届く範囲の外に立っているギルウィルドに向き直った。


「ギ、ギルウィルド君って……」

「分からないみたいだから教えてあげるけど、わたしがこういう場所で何年飯を食ってると思ってる? こんなことはよくあること。日常茶飯事。大騒ぎするような話じゃない」

「だって、おかしいだろ。こんなことが日常茶飯事だなんて」

「そりゃ、手出しされればわたしは反撃する。落とし前はつけさせる。でもそれだけの話だろ」


 情けはかけてやった。殺さなかった。殺せば団に欠員が出て、ザネッティ家との契約違反になる。ここで契約違反からの契約解除となれば、ギルウィルドはまた募兵のために広場をうろつく羽目になる。そうなればもう、さすがに開戦までには間に合わないだろう。ルキシスはもちろんそれでも全くもって構わなかったが、ヨルクとギルウィルドが可哀想だと思ってなけなしの優しさを振り撒いてやったつもりだった。その優しさに気付いて感謝してほしいところだ。とはいえ契約解除にはならなくとも、戦闘不能に陥ったあの不埒者ふたりは今回の戦争では大した働きはできないだろうが。


「きみは――いつだって自分の身くらい守れるって、そう思ってるかもしれないけど……」

「あん?」


 ギルウィルドが何を言わんとしているか、察するものがあった。つまりはまた薬物でも盛られて素っ裸に剥かれたらどうするつもりかと、そう言いたいのだ。そしてそんなあけすけな物言いもできずに口ごもった。その時はその時だろと、言われる前から言い返そうかとも思ったが、その節は彼にもいくらか手を煩わせたのでこちらも反論しづらかった。

 お互いに妙な遠慮があった。変な感じだった。


「せめてこれを」


 しばしの沈黙ののち、ギルウィルドが腰から抜き取った短剣をルキシスに差し出した。もちろん、抜き身ではない。質素ではあるがきちんとした鞘に収まった状態だ。


「なに?」


 数歩歩み寄ってからそれを受け取った。


「剣をアラムに預けてナイフくらいしか持ってないんだろ。アラムたちには黙ってるから、せめて護身用に」


 ふうん、と頷きながら造りを確かめる。飾り気のない実用のための短剣だ。さすがに男物なので手にはなじまないが、振るうことができないというほどではない。


「じゃ、借りておく」


 別に必要はないが、殺す時に短剣があるとないとでは仕事のやりやすさが段違いだ。この気遣いは受け取っておくことにする。


「そ、それと、嫌だとは思うけど、夜だけ天幕を交換しない?」

「はあ? 嫌だけど」


 何を考えているのか。いや、この男の考えていることは分かる。そうすればルキシスが少しは安全だと考えているのだ。夜這いから身を守れると。


「あ、おまえが全財産置いていくならいいけど」

「財産はあげないけど」

「じゃあ嫌だ」

「あ、そう。まあ、そうか」


 自分でも無理のある提案だと分かってはいたのだろう。ギルウィルドはしつこく食い下がりはしなかった。

 でもどことなく情けない顔をしている。ヨルクの団を雇い入れたことに責任を感じているのだろうか。的外れな罪悪感だ。


「あのな、前にも似たようなことを言ったことがある気がするけど、おまえがわたしに何かしたわけじゃないだろ」

「当たり前だ」

「じゃ、話は終わり。おまえに関係のない、負うべきでもない責任を感じる必要はない。違うか?」

「うん……、でも」

「辛気臭い顔を見ている方がうんざりする」


 勝てる戦争も勝てなくなりそうだ。


「ごめん」


 それは何に対する詫びの言葉か。辛気臭い顔に対してか、それとも今宵のちょっとした騒動に対してか。

 多分後者なのだろうなあ、と思いながらルキシスは肩をすくめた。


「もういいだろ。わたしも寝たいんだけど」


 朝は早い。エルミューダの世話をしたいし。


「あともうひとつ、言いたいんだけど」

「あ?」


 まだ話があるのか。


「いくらなんでもその格好で出歩くのは……、娼婦と間違えられちゃうよ」

「わたしみたいな飾り気のない娼婦がどこにいるんだよ」

「足を、その、隠してくれない?」

「おまえが呼び止めたんだろうが」

「足を丸出しにして出歩くなって言ってるわけ。分かる?」


 うるせえな。片頬が引き攣る。


「誰のせいで夜着姿で出歩く羽目になったと?」

「だとしても」

「あーはい、はいはい。分かりました」


 借り受けた短剣を左右に振り、ルキシスは口端を吊り上げた。


「善処いたしますわ」

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