4.若き傭兵団長の語るところ(3)
今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
ここはヨルクの団の団員たちが野営をしている場所からは離れている。また、雇い主であるザネッティ家の幕屋やギルウィルドたちが天幕を構えている一角からも幾らか距離をとっている。静かなところでゆっくり話をしたかったからだ。見渡す限り何もないというわけではないが、静かに話している分には、その声が届く範囲内に人影や誰かの天幕などはない――という場所を選んで、焚火を起こした。
いくつかぽつりぽつりと思い出したように松明が配置されてはいるものの、その明かりの輪の外は真っ暗闇に近い。ずるりずるりと音は近付いてくる。間違っても獣の立てる音などではない。人間の立てる音だ。
やがてぼうっと、松明の明かりの中に女の顔が浮き上がった。ルキシスだった。
「リリ!」
腰掛にしていた細い丸太から、ギルウィルドが慌てて腰を上げた。同時にヨルクも同じようにした。
彼女は黒髪をゆるい三つ編みにして垂らしていた。それはよい。白っぽい肌着姿で、襟ぐりが大きく開いている。それもまあ、よくはないが、他のことに比べれば些末ではあった。胸元を大きく開いたドレスが主流の地域もあって、そういう地域の女に比べれば胸元の露出はまだ慎ましやかな方だったからだ。問題は足だ。彼女は丈の短い下穿き姿で、要するに太腿から下が丸出しだった。足を見せる女は娼婦以外には存在しない。その娼婦だって、客寄せのために見せるのはせいぜい膝より下くらいで、太腿まで見せるのは客を部屋に上げた後の話だ。夜闇の中に彼女の真っ白な足が鮮やかだった。百合の花でも咲いているようだった。
紛れもない異常事態である。共寝する相手以外に、こんなふうに足を丸出しにして平気で姿を見せるなんて。
ルキシスは満面の微笑みを浮かべていた。確かに笑っていた。だが同時にまったく笑っていない。唇の両端を持ち上げ、目を細めてこちらを見ていても、それは笑顔を描いた紙を張り付けてお面のようにしているだけで、かえって人間ではない何かを目の当たりにしているような迫力があった。
異常事態は他にもあった。彼女は左右の手でそれぞれひとつずつ、大きな荷物を引きずっていた。重たげな荷物は、彼女自身のからだよりもずいぶんと大きいようだった。
「団長さん」
ヨルクとギルウィルドが駆け寄ると、ルキシスは殊更微笑みを深めてその場に足を止めた。そして掴んでいた荷物から手を放した。
どさりと重量感のある音が立つ。乾いた砂が巻き上がる気配も伝わる。
「お宅の団員さん、どうなっているのかしら?」
ルキシスが引きずってきたのは紛れもない、ヨルクの団の男たちふたりだった。彼女の細腕でよくここまで引きずってくることができたものだ。いや、それはどうでもよい。問題は、男たちふたりが気絶して、ついでに――松明の明かりのもと、しかとは分からないが、どうにも手の指が妙な方向に折れ曲がっていることだ。
「ルキシスさん、あの、これは――」
「わたしとお話したかったみたいで」
まだ笑っている。笑いを崩さない。だがどこまでも冷えきった眼差しは刃のようだった。
「ヨルク、てめえんとこの兵隊どうなってやがる」
ギルウィルドに胸倉を掴み上げられた。逆らうつもりがないことを示して両手を上げる。眼前に、旧友の凄みのある美貌が迫った。怒っている。当然だ。あれだけヨルクに釘を刺すくらいなのだから。
ギルウィルドがヨルクを捕まえたためか、逆にルキシスは少し距離を取って男たちを眺めている。
「次から事前にお約束をとってくださる? 夜はわたしも寝ていますから」
「こ、れは、その、申し開きのしようも――」
まさか自分の団の団員たちが、こんな真似をするなんて。東の広場に行けば娼婦たちが大勢いるものを。わずかな金を惜しんだのか。団員たちへの支払いを出し惜しみしたことはないはずだが。
「いや、とにかく申し訳ない。落とし前をつけさせる」
「それで済むと思ってんのか」
「落とし前はもう付けさせたから結構」
ギルウィルドはますます激してヨルクの胸倉を締め上げたが、ルキシスは淡々とそれを受け流した。温情をかけたのでなく、これ以上煩わされたくないがための発言だというのは容易に分かった。
「十指のうち、親指と小指を除く六本を。奇麗に折ってやったから奇麗にくっ付くはずだ。でも次は殺すから」
気絶している男たちは団の中では中堅どころの連中だった。腕も悪くない。そのふたりを相手にとって奇麗に指ばかりを折って気絶させるなど、並の人間にできることではなかった。彼女はそれをたったひとりでやり遂げたのか。しかも見たところ、まったくの無傷で。
「では、おやすみ。良い夜を」
ルキシスはそう言い、迫力のある目付きで最後にまたヨルクを見た後、軽く手を上げてこちらに背を向けた。歩くのが早い。その背中はさっさと遠くなり、松明の明かりに浮かんではまた闇夜に溶けていく。
『……悪い』
ヒルシュタット語に戻して言うと、やっとギルウィルドの手が緩んだ。
『おれに言ったって仕方ねえだろうが』
明日もう一度正式に詫びを入れろ。とりなしてやるから。
そう吐き捨てる語調も荒々しい。
『何を持っていけばいい』
『彼女、馬を欲しがってた』
『馬ぁ?』
さすがにそれは高価に過ぎる。もう少しまけてくれないか。
『じゃあ酒だ。うわばみだから』
それを良くは思っていないというのが滲み出た声だった。だが酒くらいならば贖いの品としては相応だろう。後で経理に特別支出を言いつけなければ。
『――どうしてくれるんだよ、彼女、ここのところ未だかつてないくらい機嫌よく過ごしてたってのに』
ギルウィルドが大きすぎるため息をついた。
『彼女の機嫌がそんなに大切か?』
『こっちの命に係わる』
何のことだか。
『この間まで――ちょっとあれだったのが、やっと元気になったみたいだってのに』
ギルウィルドはまたぶつぶつと愚痴を垂れた。それから大きなため息をついたと思うと、ヨルクをそこに残して歩き始めた。ルキシスが去って行った方へ。
『ギイ』
もう寝ろ、とすげない返事だけが飛んできた。




