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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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4.若き傭兵団長の語るところ(2)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

『ちょっと利害が一致しなくて。それ、まだ許されてねえみたいだし。謝ったんだけど。ていうかそもそも、初めて会った時リリは攻め手で、おれは防ぎ手で、半分腕ちぎられたんだぞ。あんなん忘れるか』

『城砦戦?』


 自分の腕を半分ちぎった女から差し入れられた桃にかぶりつきながら、ギルウィルドは無言で頷いた。


『よかったな、腕くっ付いて』

『ほんとだよ』

『いつの話?』

『腕ちぎられかけたのは三年くらい前。腹ぶっ刺されたのは先月』


 腹も刺されていたのか。つくづく何をやっているのか。


『よく食えるな』


 そんな女からもらった食べ物など。


『いらないなら返せ』


 腕を――彼女にちぎられかけた方か、そうでない方かは不明だが――伸ばして、ギルウィルドが桃を取り返そうとする。からだを半ば横に向け、ヨルクは桃を庇った。


『いや、ありがたくいただいておく』

『口説くなら別の女にしとけ』


 その話に戻ってきた。たぶん、うんと言うまで件の女傭兵殿がどれだけ狂暴か、一夜の恋の相手に向いていないか、延々話が続くのだろう。

 なんでまた、そこまで彼女を庇おうとするのだろうか。やっぱり怪しい。素直にそう思った。

 それが視線に表れていたのだろうか。ギルウィルドがじとっとした目つきでこちらを見返してきた。


『言っておくが、おれが個人的に彼女に何らかの感情を抱いていて、それでおまえの恋路を邪魔しようとしてるわけじゃねえからな』

『嘘つけ。寝たんだろ?』


 そうでなければこの態度はおかしい。

 ギルウィルドの片方の口端が持ち上がった。焚火と月光の明かりだけの夜でもそれがはっきりと分かった。


『ありえねえだろうが。あんなしょ――、き――、えー、あー』

『しょき?』


 書記?

 彼女は通訳だとかいう話だが。


『何でもねえ。忘れろ』


 相方はひとりで勝手に言って勝手に機嫌を損ねたようだ。ぶすっとしてまた桃を齧っている。


『彼女と何かあって上手くいっていないようならお兄さんが一肌脱いであげてもいいんだぜ?』

『円満円満。かつてないくらい円満』


 ギルウィルドはひらひらと手を振る。


『ふうーん』


 ギルウィルドから分け与えられた女傭兵の差し入れにヨルクも歯を立てた。完熟するまであと少しといった具合の爽やかな香気が立つ。心ばかりのかたさが暑い時期にはかえって気分が良い。


 種をその辺に放り捨て、その流れで持参していた革袋に手を伸ばした。中身は葡萄酒だ。ギルウィルドは相変わらず酒はやらないらしく、粗末な木の杯に林檎酒を水で割って飲んでいる。ただでさえ酒精の弱い林檎酒を水で割ればそれはもうほとんど林檎水なのではないかとも思うが余計な口出しはしない。どういう話になっているのか知らないが、水は毎日雇い主から与えられているようだった。


 意識がよそに向きかけていた。不意にギルウィルドに名前を呼ばれた。

 真面目に話すけど、と彼は訥々と語り出す。


『リリには友人として幸せになってもらいたいと思ってる。できれば金があってそれなりの身分もあって、彼女がめちゃくちゃなことを言っても許してくれるような温厚な人間と結婚してもらいたい。だからおまえは駄目。金ないし平民だし。そもそも結婚して責任取るつもりもないし』


 まだそのことを考えていたのか。自分の方はもう別のことを考えていた。たとえば、前の街で別れてきた女のことなどを。


『金ない平民はおまえも一緒だろ』


 自分の実家はそれなりに羽振りのよい商家だがギルウィルドのお眼鏡にはかなわないようだった。もっとも、平民なのはそのとおりだが。


『そう。だけどおれは別に彼女とどうこうとか思ってるわけじゃないからそこは関係ねえんだわ』


 自分だってその話はもうどこかへ置き去ったつもりだった。それをこの男は、くそ真面目に黙考していたというのか。


『分かった分かった』


 これ見よがしに両手を天に向け、肩をすくめた。確約が欲しいのだろう。彼女に不埒な真似を仕掛けないと。


『おまえのご友人に妙なちょっかい出したりしねえよ』


 まったく、妙に堅物というか紳士的というか。

 この男が騎士くずれなのは知っていた。直接そのことについて話したことはなかったが、立ち居振る舞いや身のこなしで一目瞭然だった。だからなのか、時々こうして妙に騎士道精神を発揮する。彼自身にはさして実直という印象もないのだが。


『リリさんねえ』

『なんだよ』

『ずいぶん可愛らしい愛称で呼ぶなあって。おれは名前で呼べって言われちまったのに』


 ルキシスは男名だ。女騎士とか女傭兵とか、昔に比べるとだいぶ減ったという。男の名前を名乗るのも便宜上そうせざるを得なかったということなのだろう。


『せめて呼び名くらいは』


 それは彼女の名乗る名前が男名だから愛称くらいは女性らしい響きを持たせようと、そういう意味だろう。それ以外に取りようがない。しかし、ギルウィルドの声はまた物憂げで、そして平素より幾分低くもあるようだった。その声の調子には聞く者の動揺を誘う不穏なものがあった。


『女が男の名前名乗って、男みたいに剣を握って戦場に立つなんて馬鹿馬鹿しい』

『ギイ……、そりゃ、あんまりな言いように、おれは思うがね』


 ルキシスの兵士としての働きを直接見たことがあるわけではないが、少なくとも彼女は傭兵としてある程度名前が売れるだけの腕をしている。馬鹿馬鹿しいなどと言われる筋合いはないのではないか。


『ほかに言いようがあるか?』


 ギルウィルドは極めて冷ややかな目つきをしていた。元が作り上げられたような端麗な容貌だけに、そういう目をするとひどく冷酷な男のように見えた。


『おまえ、それこそ彼女に聞かれちゃまずいんじゃないのか』

『直接は言ってない』

『言ってなくても態度には出るぞ』

『おれがどういう態度を取ろうと彼女が馬鹿なのは変わらない』


 ますますどうかと思う発言だった。馬鹿馬鹿しいどころか、彼女を指して直接馬鹿だとさえ言っている。


『なら言い方を変える』


 こちらの非難がましい内心が伝わったのだろう、ギルウィルドは不快げな仕草で前髪を払いながら続けた。


『女が結婚もせず兵士として働くなんて気の毒だ』

『ああー、まあ、そりゃ……』

『腕っぷしが強かろうが、十分な稼ぎがあろうが、女がひとりで世の中を渡り歩いていくなんて無理がある。気の毒だ。痛々しい。男からは舐められるし、同じ女からも共感は得られない。だから彼女にはしかるべきところに落ち着いて、幸せになってもらいたい』


 ギルウィルドの思考では、そういう結論に至るわけか。しかしどこかいびつな気はする。ただ、上手くそれを指摘できない。


『女のひとには幸せになってもらいたいね、おれは』


 それは適当に付け足した言葉などではなく、実際、彼の本心ではあるのだろう。だがやはり酷薄な感じがする。


『男は幸せにならなくていいのかよ』


 苦し紛れにそんなことを口にすると、ギルウィルドは鼻先で笑い飛ばすように少し顎を持ち上げた。


『男は自分で何とかしろよ。甘えんな』


 つまり女は自分で何とかすることができないから、金があってそれなりの身分もあって、彼女がめちゃくちゃなことを言っても――この辺はよく分からなかったが――許してくれるような温厚な人間と結婚して幸せになるべきだ、ということか。


『女だって自分で幸せになるひともいると思うがねえ』

『それはその状況に置かれた女がそう思い込んで自分を慰めているだけだ。違うか?』


 辛辣に過ぎる意見だった。多少の真実味はあるかもしれないが、それにしたってあんまりな言いようだと思った。


『好きで剣を握る女がどこにいるんだ』


 馬鹿馬鹿しい。

 ギルウィルドはまたもそう吐き捨て、黙り込んだ。


 ずいぶんとむきになっている。そう思った。今まで彼とこんな話をしたことは、もちろんなかった。彼女のためなのだとしたら、やはり何か個人的な感情を抱いているようにも思えるが本人は違うと言う。


 せっかく久しぶりに会えたというのに気まずい雰囲気だった。まったく、余計なことを口走ったものだった。女傭兵殿にちょっとばかり色気を持ったことが旧友の気に障ってしまったようなので。

 生業上、次にいつ会えるかは分からない。いや、そもそも会うことがあるかどうかも定かでない。お互い、どこぞでおっ死んでいても不思議はない。


 気分を変えよう。飲みなおそう。せっかくの機会だ。といってもギルウィルドは酒をたしなまないのでもっぱらこちらばかりが酒精を摂ることになるが。

 葡萄酒入りの革袋を手にしたところで、西の方から何かずるずると物を引きずるような音が聞こえてくるのに気が付いた。ほとんど同時に、ギルウィルドも気付いたようだった。

 ふたりしてそちらに注意を向ける。不穏な物音だった。

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