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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵のお小遣い稼ぎ
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2.はたらくふたりとお水とごはん(10)

今のところ恋愛未満な感じの男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

 ザネッティ家の財産や私兵を用いることは許さない。だがオプリーニの街の代表として、ザネッティ家の嫡男として、参戦し家名に恥じない戦果を挙げよ。

 と、フラヴィオは父親からそう命じられたのだという。当然、裏で糸を引いているのは後妻だ。


「無体な」


 素朴な感想を、ギルウィルドが洩らした。

 そうとも、無体である。金がなければ兵隊を集められない。私兵を連れていくことも許さないというのなら、フラヴィオは名ばかりの指揮官としてひとり戦場へ放り出されて何を成すことができるというのか。


 結局、この出兵のための費用は生母の生家が持った――というよりは、生母の遺産で賄ったらしい。フラヴィオを補佐する老騎士ジャコモ・アマティーニ卿も、元は生母の生家からの縁でフラヴィオに仕えることになったそうで、今回帯同している使用人たちもみな彼の伝手だという。


 そういうわけでフラヴィオたちは、現金にだけは困っていない。しかし短い期間で兵隊を用意することができなかった。それでも開戦の時期は迫っており、いつまでもオプリーニに留まっているわけにもいかず、現地徴用に賭けてここまでやって来たらしい。ほかに手の打ちようがなかったとはいえ無策に過ぎるというのがルキシスの感想だった。そして実際、想像以上に早く、広い範囲に、後妻による妨害策は張り巡らされている。


 すべてが後手だ。それだけ相手が手強いということでもあるのだろうが。

 そして自分たち二人は、その後妻の指の隙間をするりとすり抜けてフラヴィオと契約してしまった。


「わたしだったら後妻も次男もまとめて始末するけど」


 と、そう、ルキシスは話をいったん締めくくった。

 ギルウィルドは得も言われぬ目付きでこちらを見る。


「きみはすぐ殺し過ぎるよ」

「だってそうしたら自分が押しも押されもせぬ後継ぎだろ」

「一応、殺人は明るみに出れば犯罪だけど」

「おまえの言うとおりだ。つまり、明るみに出なければ何の問題もない」


 ギルウィルドはもう相槌も打たず、檸檬の水割りをちびちびと舐めている。まるで度の強い酒のような飲み方である。

 少ししてから彼はまた口を開いた。


「それでその後妻は、募兵は邪魔する。暗殺者は送り込む。一線を越えてるな。腹は決まってるんだろう。若君に戦果を立てさせないってだけでなく、あわよくば戦場の混乱の中ででもそうでなくても、とにかく始末したいってところか」


 これもまた彼の言うとおりだろうとルキシスも思っている。後妻としては、できればここで明確にフラヴィオを始末しておきたいところだ。それが無理だった場合には次点として、戦場での失敗を口実に廃嫡に持ち込む。それだって別に悪くはない。廃嫡した後で念のために殺しておくということもまた、いくらでもできるはずだ。


「ま、できる範囲で守ってやるさ」

「タダで?」

「守れば褒美がもらえるだろうからそれでいい」


 そういうわけで、フラヴィオ自身の身の安全は、ルキシスはそう心配していなかった。それよりもやはり気にかかるのは戦争の方だった。兵隊は集められるのか。開戦に間に合うのか。戦果を上げることはできるのか。ただ、戦果の方はルキシスの報酬には関係ないのでどうでもよいと言えばどうでもよいのも事実だった。契約期間は戦争が終わるまでだし、勝っても負けても通訳としての手当てには影響しない。


 どうでもよくないのはギルウィルドの方だ。明確な手柄がなければ褒賞の上乗せは見込めない。そのためにも兵隊は欲しいところだし、そもそも最低限の兵を集められなければ契約の不履行を問われかねない。


(私には関係ないが)


 食欲がなさそうなのも仕事が上手く進んでいないからだろうか。ルキシスはもうほとんど平らげてしまったが、彼の方は半分も食べ進めていなかった。


「兵隊はからだが資本だろ。食欲がなくても肉は食べとけよ」


 牛の内臓と野菜の煮込みを指し示す。

 ああうん、と彼は気のない返事を寄こした。


 せっかく、元気の出そうな料理なのに。でも男はあまりこういうものを食べすぎると大変だとも聞く。どういうふうに大変なのかは知らないけれど。いずれにせよ、そんなことが理由で食が進まないわけでもないだろうが。

 そんなことを考えているうちにふと思ったことがあった。

 ルキシスは残り少なくなったパンをちぎって口に運び、飲み下してから改めて口を開いた。


「おまえ、帰って来たんだな」

「なに? どういうこと?」

「今夜は帰って来ないかとも思っていた」


 フラヴィオと大量の鍋を並べて水を蒸留しながら、もし彼が帰って来なかったらこの水はどうしようと思ったことを思い出したのだ。


「どうして。おれが契約を放棄して遁走するとでも思ったの? エルミューダだってここに置いてるし、そんなことはしないけど」

「そうじゃなくて、東の広場を中心に娼婦たちが集まって来てただろ」

「――リリ」


 ギルウィルドが半眼になった。話の行く末を悟ったらしい。


「今夜は気晴らしにぱーっと前祝いってことで、女のところに泊まってくるかもしれないと思っていたんだ」


 それで、水が無駄になったら勿体ないというか、フラヴィオに悪いといささかの懸念を抱いていた。もっとも、蒸留した水は一夜くらいでは腐らないだろうが。


「おれのことなんだと思ってるわけ?」

「ひとり寝なんかしないと聞いている」

「そんなわけないじゃん。昨日だってひとりで寝てただろ」

「そんなもの、見ていたわけじゃないから知らない」


 正論だと思ったのかもしれない。ギルウィルドが束の間言葉に詰まった。


「なんで帰って来たんだ?」

「いや……、あの、きみ」

「それか、別におまえの天幕に娼婦を連れ込んでも構わないぞ。夜隣からあられもない声が聞こえてきても全部聞かなかったことにしてやるから」

「……それも冗談? きみの言うこと、冗談かそうじゃないか分からないし、冗談だとしても笑うところが分からないんだけど」

「冗談じゃないんだが」


 むしろ気を遣ったつもりだった。

 ギルウィルドは胡散臭そうな目でルキシスを見ていた。口元が幾分引き攣っている。

 じきに、彼は大きく嘆息した。


「大体さあ、戦争勝った後ならともかく、勝つ前からそんな気になるかよ」

「そうなのか?」

「いやまあ、人によるけど……、いや、この話もうやめない?」


 なるほど、この男はそうだというだけか。ひとつ世の中のことを知った。


「一緒に寝てくれる女がいないなんて可哀想」


 いつも女どもにきゃあきゃあ言われているわりに不甲斐ない。と、素直な感想を述べただけだった。

 ギルウィルドが眉を吊り上げた。


「きみこそ一緒に――」


 寝てくれる男を見つけてから言え、とでも言いかけて止めたのだろう。言いたければ言えばいいのに。でもこの男の性格からして、それは言わないだろう。ルキシスがまだ違う名前だった頃のことを知っているだけに。言いかけた言葉を軽率だったと、内心後悔さえしているかもしれない。こちらはそんなに気にもしないのだが。


 いずれにせよもの言いたげな、困り果てたような、何とも言い難い面持ちで彼は唇を引き結んでいた。眼差しには恨みがましささえ感じられる。


「もう勘弁してくれよ」


 結局彼は、辟易した態度を示してそう告げるにとどめた。

 せっかく夕餉に招待してくれたのだから、主人がそう言うのならばそれには従おう。ルキシスは軽く肩をすくめ、持参した葡萄酒を口に含んだ。

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