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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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12.破戒僧の語るところ

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。

 生まれたのはノールという名の糞みたいな田舎の小王国だった。一年の半分近くは雪に閉ざされ、雪よりも強固な因習と頑迷に囚われ、王から奴隷まで全員愚昧という言葉をそのまま擬人化したような阿呆面を並べていた。日々極寒と飢餓に晒され、思考を剥ぎ取られ、その地に縛り付けられて生きるうち、みな顔つきが似てくるのだろうか。ぎりぎり、まともなのは神殿くらいだった。あれもあれで乱れた世界だったが。


 大陸中央部の人間たちからは文明の光の届かない蛮族の跋扈する土地だと思われている。一般に北方諸王国という呼び方をするが、悪気なく北方辺境王国群という言い方をする者もいる。

 実際、辺境だし、洗練された中央部からすれば歴史も風習も物の見方も違う北国の人間たちは野蛮人にしか見えないだろう。

 自分自身でさえそう思う節があるのに他者からそう言われていささか複雑な気分になるのは、故郷を愛おしく思う気持ちが少なからずあるからなのだろうか。


 矛盾している。自分自身が、生まれた土地を、そこに生きる人々を見下しているくせに。

 灰色の空により濃い灰色の影を落とすぼた雪が重なって、あたりはどんどん白く灰色に染まっていく。それは次第に鈍色に変わって、空も大地もその中に覆われて、包み込まれて、閉ざされる。夜とは違う種類の闇に飲まれる。

 そういう土地で生まれた。


 世界の中心は大陸中南部だ。常識も、歴史も、新しい芸術も、全てはそこで作られる。辺境は巻き込まれ、憧れ、蔑まれ、踏みつけられるばかりだ。

 同郷の連中に比べれば自分は、多少は「中央」を「基本」とした「世間一般の常識」に触れる機会は多かっただろう。商売柄である。

 だからクロフィルダイというその異教めいた名前は聞いたことがあった。詳しいことは知らないが、大陸中央の歴史を学ぶときに必ず出てくる名前だ。

 古代の名族の生き残りだ。


 大陸をどこまでもどこまでも西に行って、その一番西の半島から船を出せばいつか巨大な島にたどり着くという。肥沃で広大な土地を持ち作物も家畜もよく育つという、殆ど伝説の楽園のような島国だとか。

 クロフィルダイはその島主だ。氏族の名前がそのまま島の名前にもなっている。そして大陸の全土に教化が及ぶよりも前、クロフィルダイの一族は自らの島だけでなく大陸にも野心を持ち、実際、大陸中西部、今は五か国ほどにも及ぶ範囲の土地を支配下に置いたという。


 今ではその勢力も衰え、大陸の領土をすべて手放して自らの島に引き籠っている。皇帝には頭を垂れているが、帝国の構成国家の中には名を連ねていない。誰にも臣従していない。大陸の覇者である皇帝からも独立と自治を許されている。つまりは封建君主ではなく独立君主だ。王と名乗ってこそいないが、神殿で学んだ時、島主とその一族への敬称は「殿下」だと教わった記憶がある。


(世が世なら足元にも寄れないご身分だ)


 教化される前から、千年以上も続く名族の生き残り。大陸の中でもそれほどの歴史を誇る一族はほかに三、四くらいしかないのではないか。


 奇妙だと感じたことはあった。

 彼女にはしっかりとした教育が入っていた。多言語に通じ、しかも古クヴェリ語を除いては世俗の中で言葉を学んできた自分と違って、堅苦しく書き言葉めいた言い回しが目立つ。発音も明瞭すぎてその土地土地の気配を感じない。机の前で言語を学んできた者の特徴だ。それに普段話しているリーズ語も、意図して大衆語に発音や文法を寄せているように感じることがあった。たぶん、同じリーズ語でも宮廷語の方が馴染みが深いのだろう。自分は宮廷語の方は話すことはできないが、聞き取って意味を理解することはできる。薬物を盛られていくらか意識が朦朧としていた時、彼女が話していたリーズ語は大衆語と宮廷語が混ぜこぜになっていて、本人は気付いていないようだったが相当に奇妙な様子だった。「あなた方」などと言い出した時は物の怪にでもとり憑かれたかと思った。何か訳ありなのだろうと思ったし、その後も色々な出来事が続いたので誰も詮索するようなことはなかったが、今にして思えばつまりはそういうことなのだ。そのリーズ語も母語ではないと言っていた。クロフィルダイの島ではおそらく何か別の言語が用いられているのだろう。


 もちろん、話すだけでなく読み書きの方も問題ない。彼女はいつも、戦働きの契約書を自分自身の手で作成していた。高等数学はどうだか知らないが、少なくともある程度の算術も問題ないようだった。ただ計算とは別に金勘定は苦手そうで、何かにつけざるだなと感じることはあった。クロフィルダイの姫君が細かな金勘定などするはずがないので無理もないかもしれない。

 それに彼女は手が奇麗だった。傭兵らしく傷もあるし荒れてもいるしタコができて固くなっている部分もあるが、一度も農作業をしたことのない手だった。

 その姫君がどうして傭兵にまで身を落としたのか、否応なく大方の事情を知ってしまった。故意に探り回ったわけでもなく、むりに聞き出したわけでもない。でも知ってしまった。

 故郷にいられなくなった者同士か。


 ――同じ穴の狢。


 自分の目には、彼女は痛々しく見える。正確には、剣を握る女は全員そう見える。戦場を去るべきだと思う。田舎者の発想かもしれないが、誰か心の広い男を見つけて、暖かい土地にでも引っ込んで、子供を産んで育てる人生を考えてもよいのではないかと思う。

 しかし彼女が信頼できるような男――という存在が彼女の前に現れるだろうか。仮にそういう男が現れたところで、彼女自身が信頼を寄せる気になるだろうか。手を触れたり、身を任せたりすることができるだろうか。この世の男の全てが憎いかもしれない。

 あの一瞬に見交わした彼女の顔が忘れられない。

 見たこともないくらい大きく見開かれた瞳。弧を描く歪んだ口元。

 彼女はいつもこの世の全てが気に入らないとでも言いたげに顔をしかめていることが多かったが、その根幹はここにあった。

 わざと足音を立てて近付いた。


「早いね。追い付けないかと思ったよ」


 とっくにこちらの気配には気付いていただろう。

 ささやかな焚火が赤く揺らめいている。追われるかもしれない身で焚火を焚くなんて軽率だが、きっと自信があったのだろう。追手を掛けられたところで自分なら相手を撃退できると。

 焚火の炎の色が彼女の白い頬に映って、そこだけが地獄のように赤かった。

 女傭兵が視線を巡らせてこちらを見た。

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