11.夢の終わりの続き(3)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
この話には性犯罪に関する描写や暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。
「嘘だ! 嘘をつくな! 殺人鬼!」
「だからその代償に死んだ。おまえの父は」
ユシュリーが息を飲む。
あの時初めて人を殺した。自分の前に立った男が懐にナイフを帯びているのが見えた。跪かされて初めて間近に見る異性の肉体を口の中に押し込まれて、何をすればよいかも分からないまま、ナイフを抜き取った。男たちは六人もいたのに全員でくの坊だ。彼らが事態を把握したのはルキシス――ラティアが男の肉を噛みちぎり、男が悲鳴を上げて床に転がってからだった。
抜き取ったナイフで次々と男たちの心臓や喉や大腿の動脈を切り裂いた。ナイフ一本では普通、血や脂で曇ってとても成し遂げられる仕事ではなかっただろうに、それでも完遂することができた。
人を殺す才能があると初めて知った。どこをどう切り裂けばよいか、誰に教わらなくても不思議と分かった。その場所がまるで光っているかのように見えて、狙いをつけるのは簡単だった。刺繍よりも竪琴よりも言語よりも、ずっと上手にできた。
ユシュリーの父親が六人の男たちのうちのどれだったかなど覚えていない。だが、首謀者格の男ではなかった。あれは別の貴族の子弟だった。
「騎兵の馬を一頭よこせ」
甥に向かって顎をしゃくった。
彼はためらい、強張った顔で立ち尽くしている。
「悪魔! 何故誰もあれを殺さない!」
「ギルウィルド」
益体もなく喚き続ける老女を無視して、ルキシスは馴染みの仕事仲間に顔を向けた。
「おまえは動くな。一歩でも動けばこの娘を殺す」
何か言いたそうに、彼の唇が動きかけた。
「わたしがこの娘を殺せないとでも思うのか?」
刃先のめり込んだ傷口からは今もまだ赤い血が流れ続けている。ほんの少し刃を進めれば、こんな小娘の命など簡単に消えてしまう。
「教えてやったはずだ」
いつかの夜に。
「女でも女を傷つけられる」
本職が神官だからか何なのか知らないしどうでもよいが、この男はいつも、男に痛めつけられる女のことを妙に気にしていた。踏み躙られる女を大勢見てきたのは、実際、本当のことなのだろう。
女や子どもは弱い存在だから守ってやらなければならないとでも思っているのかもしれない。傭兵のくせに。傭兵なんて、力ずくで他者の命や財産を奪うことが生業であるくせに。
弱い方が悪い。奪われる方が。踏み躙られる方が。
(だからわたしは戦った)
誰も知らない。当事者たちと、その家門のごく限られた者たち以外には。アラムたちにだって言ってなどいない。
女だって女を傷つけられる。男を痛めつける女だってたくさんいる。自分にはそれができる。
「リリ」
「次に一言でも口をきいたらこれを殺す」
ギルウィルドは素直に口を閉ざした。困惑を素直に面に浮かべ、途方に暮れているようだった。
「持っている刃物をその場にすべて捨てろ」
そう命じると、嘆息しながら彼は懐だの革帯だの長靴だのに仕込んだ刃物をひとつずつ取り出してルキシスに見えるようにしてその場に投げ出した。どうせすべてを出しはしないだろうが、こちらもこの男の裸踊りを見たいわけではないので目立つ分だけでよい。
――ユシュリーにも教えてやったのだ。出会ったばかりの人間など信頼してはいけないと。ひとの忠告は素直に聞くものだ。所詮は世間知らずの小娘だ。ひとを見る目がなかったことを悔やむがいい。
「来い」
ユシュリーの喉元に剣を突き付けたまま、彼女のからだを引きずって広場の中央に向かった。村人たちは恐れおののき、ただ硬直している。こんな場面に出くわしたことなどないだろうから無理もない。その中にダーリヤやファブロの姿も見えた。彼らが愕然とした顔で自分を見ているのも分かった。でも、どうでもよいことだ。
みなが凍りついたように身動きひとつできないでいる間を、ルキシスは悠々と歩いた。ユシュリーは足をもつれさせながらもそれに従って何とか歩いている。小さな胸を激しく上下させつつ、どうしてとかやめてとか、喚かないのは立派だった。喚いているのは彼女の侍女頭、若様の乳母の老女ひとりだった。しかしその女にも何ができるわけもない。老いた枯れ木のような手足で、侍女の補助を受けなければままならないからだで、大切な若様の落とし胤をどうして取り戻せよう。
馬車を囲む騎兵たちは全部で四騎だ。すぐそばで立ち止まり、ルキシスは彼らを見回した。正確には、その馬の様子を観察した。
「全員降りろ」
騎馬の男たちはうろたえ、指示を求めるようにルキシスの斜め後方に目を向ける。老女と彼女の甥がいる方だ。
ルキシスはため息をついた。
力のある者の言葉には大人しく従った方がよいものを。
ユシュリーの首に突き付けた剣を少し引いて、その代わりに薄く、横に滑らせた。薄皮一枚が真っ直ぐに切れ、そこにまた血が滲んだ。
その様子を見ていた村人たちのうち、どこかの女が悲鳴を上げた。
「要求に従う!」
声を上げたのは甥だ。もっと早くそうすればよかったのに。
騎兵たちががちゃがちゃと音をさせながら下馬した。異様な雰囲気を察し、馬たちも幾分落ち着きを欠き始めている。だがこの騎兵の馬は軍馬だ。この村で農耕や荷駄運びのために使われている馬たちとは出来が違う。
「おまえの要求は何だ! 復讐か? 金ならいくらでも渡す。お嬢様を放してくれ」
甥が叫んだ。
結局、その程度の発想か。復讐とか金とか。
「そこのおまえ、おまえは馬の手綱を引いてわたしの前を歩け」
一番後肢の立派な馬を選び、ルキシスはそう命じた。指名された男は助けを求めるようにきょろきょろとあたりを窺ったが、結局は諦めてルキシスの前に馬を引いてやって来た。
「ど、どちらへ……」
立派な武装をしているが、実戦の経験はないのだろうか。見ればまだ頬の赤い若者である。
「わたしがいいと言うまで村の出口の方に向かって歩け。あと、何があっても手綱を手放すな。手放せばお前もこの娘も殺す。いいな?」
言い放つと、若者は怯えた顔でこくこくと頷いた。続いてルキシスが方角を顎で示すと、彼は素直にそれに従う。
少し行ったところで、彼に足を止めさせた。他の馬たちから少し離したかっただけだ。実際に出口まで行かせる必要はない。
靴の爪先には刃物を仕込んであった。地面を蹴りつけるとばねのように刃先が飛び出す。その爪先で残った三頭の馬のうち一番癇の強そうな馬の尻を思いきり突き刺し、すかさず距離を取って退いた。
同時に馬は馬らしからぬ野太いいななきを上げ、激しく尻っ跳ねをした。その動きを制御できず、そばにいた騎兵が無様にすっ転ぶ。手綱が手から離れた。一頭が暴れ出すと他の馬もつられて暴れ出す。それを見て周りにいた騎兵や村人たちは大慌てで逃げだした。人間の十倍近い体重を持つ馬に暴れられてはひとたまりもない。そのままじっとしていれば、蹴り飛ばされ、踏みつぶされるだけである。
軍馬のうち一頭があらぬ方角に向かって走り出した。馬は群れで生きる生き物である。一頭が走り出せば本能的に他の馬もそれに続く。そうなってしまうとなかなか人の手には取り戻せない。訓練された軍馬ならば、落ち着いた後に呼べばあるいは戻って来るかもしれないが、いずれにせよそうなるまでにはしばらく時間がかかるだろう。
ルキシスはもう何も言わず、ユシュリーを引きずって再び歩き始めた。その先にはルキシスの言いつけどおり、手綱を死守した若者と彼の愛馬がいる。
すぐそばまでやって来ると、若者は怯えた顔でルキシスを見た。愛想笑いめいたへらへらした顔つきをしている。命乞いのつもりだろうか。
ユシュリーのからだを彼に向かって思いきり突き飛ばす。勢い余って少女は若者ともども派手に地面に転がった。ここでようやく、彼女の喉の奥から押し殺したような悲鳴が上がったがどうでもよかった。
その時にはルキシスはとっくに馬上に跨り、馬の腹を蹴っていた。出足が早い。さすがは訓練された軍馬だ。さらに速度は上がり、周囲の景色が目にも止まらぬ速さで流れ出す。出足だけでなく瞬発力もある。持ち主の若者よりずっと有能ではないか。
背後で上がった悲鳴も怒号も、瞬く間に聞こえなくなった。
これでもう、全ては過去になった。
最初からそうするべきだった。
こんな村に留まるべきではなかった。少女がどうなろうと、自分の知ったことではなかったのに。
「ごめんなさい」
最後に聞いた少女の悲鳴。そこに紛れながら発せられた、彼女の懺悔の言葉。
胸の痛みをすべて引き絞って、ようよう発せられたような声だった。
そんな言葉を言う必要はないのに。
こちらだって聞きたくもなかった。
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