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女傭兵は殺し足りない  作者: 綾瀬冬花
女傭兵は殺し足りない
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11.夢の終わりの続き(2)

男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。

1日あたり1、2話くらい更新します。


この話には性犯罪に関する描写や暴力的な描写がありますので苦手な方は閲覧しないようご注意ください。

「わたしたちの恩人よ!」


 ユシュリーがそう言って、今来た方を振り返る。老女が付き添いの侍女の手を借り、甥を引き連れてゆっくりとこちらへやって来る。


「いや、ユシュリー、いいんだ。わたしは」

「変なお姉さん。遠慮しないで」


 先に近付いてきたのは甥の方だった。彼は穏健な微笑みを浮かべ、ルキシスを見た。髪こそ真っ当な女のように結い上げているが相変わらずの男装である。近くにいるギルウィルドだって、村人たちを怯えさせるわけにはいかないのでいつもの長剣こそ携えてはいないものの、明らかにその辺の農民には見えない。甥は愛想のよい態度を示してはいるが、ふたりの出で立ちを見て不審も覚えているのではないか。


「こちらさまは」

「わたしたちを助けてくれたの。たくさん迷惑をかけちゃったけど、わたしと村のために」


 ルキシスさんとギルウィルドさん。

 ユシュリーはにこやかにそう紹介する。

 ルキシスは半ば顔を背け気味に、それでも気持ちばかりの愛想笑いを浮かべた。大勢の注目を集めるのは心地悪かった。影の中でぶすっとしている方がずっと穏やかな気持ちになれる。

 遅れていた老女が甥の隣に並んだ。彼女は初め、甥同様穏やかな微笑みを浮かべてルキシスを見ていたが、その双眸に不意に訝しみの気配が浮かんだ。そしてそれはあっという間に明らかな警戒にすり替わる。

 それを見てルキシスにもはっと気が付くことがあった。まさか。そんな馬鹿な。思い過ごしだろう。いくら彼女が若様の乳母だからといって。本当のことを知っているのは当主とその側近など、ごく限られた範囲の者たちだけのはず。家門の恥を、その詳細を、使用人に共有するなどありえない。皇帝の勅勘さえ被ったものを――。


「……こなたさま、御名を伺えますか?」


 しかし老女はルキシスだけをじっと見据えていた。皺の目立つ顔、垂れ下がった瞼の奥から、刺し貫くような鋭さで。

 それを見て、ルキシスも認めざるを得なかった。思い過ごしなどではないということを。


「ルキシスさんよ。なに、どうしたの?」


 ユシュリーが目をぱちくりとさせる。老女の態度に素直に驚いているようだった。


「ご家名を」

「――家名などありません」


 口早に、ルキシスは言った。

 潮時だった。

 結局こうなってしまうのか。


「失礼ながら、こなたさまの瞳の色はとてもお珍しくていらっしゃいます。もしや西のご出身では」


 ルキシスの目の色は茶色がかった紫色だ。そう、大陸ではとても珍しい色合いだ。島の者たち以外で、こんな目の色をしている者はいないという。実際に大陸中あちこちで戦働きをしているうちで、自分と同じ色の瞳の人間に出会ったことはなかった。


「お言いなさい。こなたさまの本当の御名を。言えないのですか」


 老女の声が厳しさを帯びる。殆ど剣のように。

 そうか。若様の乳母とやらが、わたしのことを知っていたか。


「お嬢様、その者から離れて!」


 ――その者はお父上の仇です!


 老女の声はもはや悲鳴のようだった。

 ルキシスは腕を回してユシュリーの首を捕えた。その喉元に腰から抜き取った愛剣の切っ先を突き付ける。

 怒涛のようなどよめきが起こった。


「おねえさ――」

「お嬢様!」

「ユシュリー、おまえの父が何故死ななければならなかったか教えてやる」


 少女の耳元に口を寄せて囁いた。

 十三歳だった。

 夏の日の夕方。

 残忍な気持ちが押し寄せて来る。全てを滅茶苦茶にして、壊して、殺してやりたい。

 いつの間にか瞬きができなくなっていた。勝手に目が見開かれて、このままでは瞼から眼球が落っこちて来るのではないかと思った。

 一方で口元は笑みの形を作っていた。これも勝手にそうなっていた。

 愉快なのか。もしかしたら自分は、今。


「――リリ、剣を引け」


 ギルウィルドが一歩、近付いた。


「近付くな」


 顔を上げて、馴染みの傭兵仲間を睨みつけた。薄青い双眸は状況を把握しかね、素直な困惑を浮かべていた。この男にしては珍しい表情だった。


「何を考えてるんだ」

「死にたくなければ黙れ」

「なあ、落ち着いてくれよ。剣を捨てて」


 長剣を携えていなくて残念だったな。いくつか暗器の類は仕込んでいるだろうが、それを使うよりも自分がユシュリーの喉を貫く方がずっと早い。


「ユシュリーだぞ。彼女を助けたくて、きみは」

「説得しようとしても無駄だ」

「……今ならまだ間に合う。それ以上続ければ誰も庇えなくなる」


 遂にそれくらいしか言えなくなったようだ。何の説得力もない。状況が分からないのだから無理もないだろうが。

 ギルウィルドは唖然とした顔で無為にルキシスを見ていた。立ち尽くしたまま、次の手を見いだせないでいるようだ。だがわずかでも隙を見せれば剣を奪われる。この場で一番警戒しなければならないのはやはりこの男だ。後は有象無象だ。


「――クロフィルダイの娘か」


 そう口にしたのは老女の甥だった。現実感のないような、まさかと疑うような口調だった。死んだと聞かされたのを信じていたのだろうか。いや、でも、もう十年近くも前だがジャデム家が刺客を送ってきたこともあった。当然返り討ちにしたが。

 口元に浮かんだ笑みが深くなるのが自分自身で分かった。

 クロフィルダイの娘。そう、そのとおり。

 生まれた時の名前はラティアだった。ラティア・クロフィルダイ。

 なんて忌まわしい名前。忘れようとしても忘れられない。


「お、ねえさ」

「おまえの父は卑劣で、下劣で、生きる価値のない男だった」

「嘘をつくな! この殺人鬼が!」


 老女が叫んだ。ルキシスは彼女に向かって微笑みかける。


「何故おまえの『若様』が死んだのか、おまえは理解していないのか」

「おまえが殺した! 殺したくせに! 若様の仇! 皆、早くあれを殺せ――」


 老女は半狂乱となって叫んだ。髪を振り乱し、手足を振り回し、付き添いの侍女にも手の付けようがない。

 再びユシュリーの耳元に口を近付ける。


「おまえと同じ十三歳だった」


 夏の日の夕方。

 涼しい風が窓から吹き込んで。


「リリ、よせ」


 ギルウィルドが手を伸ばそうとした。その報復として、ユシュリーの喉に少し剣切っ先をめり込ませた。皮膚がぷつりと切れ、赤い血が一筋、重力に従って彼女の喉を滑り落ちた。

 老女が耳障りな悲鳴を上げる。

 ギルウィルドも諦めて両手を下ろした。その一瞬、彼とは正面から視線が交わった。眼球が零れ落ちそうなほどに見開かれたまま戻らない両目。深く歪んだ笑みを形作る口元。その顔を見られて、束の間の視線の交差で、きっと伝わってしまった。


「よってたかって、六人もの男たちで、わたしの侍女を人質にとって、わたしを押さえつけて、服を脱がせて、突き回して、跪かせて、口を開けろと言った」


 ――これが本当のことだと。

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