10.後始末(5)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
やはりアラムは公平な男だ。彼のような人格者が何故傭兵などやっているのか、ルキシスは時々理解に苦しむ。
「それはヴェーヌ伯がルキシスさんの身柄を渡せと、当家に要求するということですか」
「そうです」
「構いません」
あっさりと彼女は頷く。本当に事の次第が分かっているのか、ルキシスは不安になる。
それが伝わったのか、少女は一同を見渡してから言葉を続けた。
「元よりルキシスさんのご助力がなければ今頃この村も屋敷も焼け野原となっていたことでしょう。それを思えば、当家ができることであれば何であれご恩返ししたいと思います。それにヴェーヌ伯も今日明日で当家に攻め込んでくるわけではないでしょう? もしヴェーヌ伯が事を構えたがった場合、できるだけ日を稼いでもらえますか? 当家から本家に要請すれば兵団を送ってもらえると思います。でもヴェーヌ伯は果たして、ジャデム本家と事を構えたいと思うでしょうか」
本家の後ろ盾を利用する、というのは昨夜聖金鹿団との交渉でも用いた手段だった。
アラムは重々しく頷いた。
ヴェーヌ伯とジャデム本家では貴族としての規模、勢力が違いすぎる。ヴェーヌ伯も、それが分からないということはないだろう。またひとつ有利な条件を獲得した。
「ダーリヤ」
ユシュリーが声を上げて呼ぶと、奥に控えていた女が姿を見せた。
「お母さんの宝石箱を持ってきてちょうだい」
ダーリヤは頷き、ほどなく両腕にようやく抱えられるくらいの大きさの箱に鍵を添えて運んできた。
ユシュリーが箱の蓋を開ける。飾り帯のエメラルドに比べればさすがに見劣りはするものの、そこには金銀に色とりどりの宝石が象嵌された宝飾品がいくつも並べられていた。細工は細やかで手が込んでおり、あまり宝飾品に関心のないルキシスから見ても上等な品々だということは理解できた。さすがはヴィユ=ジャデム家といったところか。
「これは当家の私的な財産ですから、処分に村の決裁は必要ありません。ギルウィルドさんとルキシスさんの働きに報いるのにここからお支払いしたいと思います」
「それを白蹄団に」
特に何事かに拘泥していない、さらりとした口調でギルウィルドが言った。確かにこれだけの品々がこれだけの数あれば、白蹄団を動かすのに不足はないだろう。だがギルウィルド個人としてはヴィユ=ジャデム家への尽力の見返りを辞退するというつもりなのか。
「どうしたの?」
ルキシスの視線に気付いたのか、ギルウィルドが怪訝な顔をした。
「おまえ、いいのか」
前金に色を付けてヴェーヌ伯に返して、ここでも対価を辞退するなら赤字ではないか。しばらくの間ヴィユ=ジャデム家に食事と寝床を提供してもらっただけということになる。評判だって落とすだろうに。
「この先一生きみに恨まれて心臓をつけ狙われるよりは」
金ならまた稼げる、と事も無げに言う。
やはり甘いところのある男だと思う。
「……親爺。ごめん。悪かった。わたしのために労を取ってくれるか」
――同じ甘さが自分にも流れている。似た者同士。いや、そんなはずは。こんな男なんかと。嫌な言葉だ。同じ穴の狢の方がまだましだ。
「おまえ、落ち着いたらしばらくうちで無償奉仕しろ。分かったな」
「……しょ、食事だけ与えてくれるなら、する」
「さすがに飯抜きにはしない」
「ルキシス、楽しみにしてるわ」
ゾーエがまた微笑みを振り撒いた。
「ユシュリー、この告発文はアラムに渡すけど同じものを用意しておくから、いざという時はそれを使ってもいい」
ルキシスの手元にある羊皮紙を指してギルウィルドが言った。
「ひとつ確認しておきたい」
アラムの眼光が急激に鋭さを増した。彼の視線の先にいるのはギルウィルドだ。
「なに?」
ギルウィルドは掴みどころのない笑みを口元に浮かべている。誰に対してもこういう笑顔を作りがちなのはこの男の癖なのだろう。
「この神殿文書は本物か」
「もちろん。神殿に照会してもいい。印章も本物だよ」
ルキシスは文書の最下部に押された印章に目をやった。印章の隣には文書作成者の名前がある。神官文字なので読み間違えているかもしれないが、ギルウィルドの名前ではないように見える。
(――うん?)
さすがに偽名ということか。本職がそう言うからには、偽名でも印章が本物ならば照会自体はできるのだろうが。
「神殿文書の偽造は大罪だ。おれたちは戦争はする。危ない橋も渡る。だがさすがに神殿に関わる犯罪を犯すつもりはない」
「だから本物だって」
「おまえがどうしてそんなものを用意できる」
「ヴィユ=ジャデム家の力だよ。神官を紹介してお布施も出してもらった。おれは段取りを組んだだけ」
――もちろん、それは出まかせだ。
アラムがユシュリーを見た。
ルキシスは平静を装い、羊皮紙に目を落としたままの姿勢を保った。
「はい、ギルウィルドさんのおっしゃるとおりです。当家の聴罪神官をご紹介しました」
何食わぬ顔で、ユシュリーはそう答えた。
堂々としている。言いよどんでいない。眉も下がっていない。胸を張って姿勢よく座っている。こうした受け答えの台本も元より考えていたのだろうか。
「まあいいだろう」
アラムが席を立った。
「おれたちは明日の朝、ここを発つ。何かあれば急使を飛ばす。ヴェーヌ伯と話がつくまでとりあえずルキシスとギイはここで厄介になっていろ」
「分かった」
ギルウィルドが頷いた。
ブリャックとニドら、エメ家のこともある。本家からの使者がやって来るまでは、まだ油断はできない。
「交渉は成立ということでよいですね」
「ご令嬢、全力を尽くします」
アラムが姿勢を正し、礼をとった。ユシュリーも急いで立ち上がってそれを受ける。
ゾーエに宝石箱の中身を受け取ってから野営地へ戻って来るよう指示して、アラムは先に広間を出ていった。団の書記係や経理係、それから部隊長たちと話を詰める必要があるからだろう。ヴィユ=ジャデム家との正式な契約書も必要だ。一団を運営するというのは武力だけでは成り立たない。
「とりあえず一段落ってことでいいかな」
ギルウィルドはここで初めて、少し疲れたような様子を見せた。
「リリ、からだはもう大丈夫?」
「ああ、うん」
この男にも謝意を述べた方がよいのだろうか。でもそもそもが、こいつが自分をヴェーヌ伯に売り飛ばそうとしたから。いや、それは反省したのだったか。かといってこちらが許さなければならない道理もないが。しかしもう怒りは持続していない。ふとそのことに気付き、反射的にむっとした。
「どうかした?」
「やっぱりおまえのこともう少し殴っておけばよかった」
「ええー、なんで?」
自分でもよく分からない。




