10.後始末(4)
男女の傭兵が少しずつ関係性を深めていく連載物です。
1日あたり1、2話くらい更新します。
「この文書は作成されただけでまだ神官の手元にある。つまり、神殿に提出はされていない。白蹄団はリリがヴィユ=ジャデム家に保護されていることを把握し、交渉の末にこの文書を入手した。もしヴェーヌ伯がこのままリリのことを諦めて彼女から手を引くと約束するなら、ヴィユ=ジャデム家も告発を進めることなく目を瞑る。ということで、白蹄団には是非ともヴェーヌ伯にそちらの選択を勧めてほしいね。身代金をとろうとしたところでせいぜいヴィング金貨百五十枚ってところ。そのたかだか百五十枚と神殿への告発を秤にかけたらどちらが得か、賢明なヴェーヌ伯にもご理解いただけるよう、アラムから説明してもらいたい」
「百五十から更に値切れというのか」
「だからリリがちょろまかした金は返す。ヴェーヌ伯にはそれで納得してもらいたいね。ヴィユ=ジャデム家はあんたたち白蹄団に現物とはいえいくらか支払う準備がありそうだし、ヴェーヌ伯からは前金も受け取ってるだろ。ヴェーヌ伯の方の成功報酬はもらえないだろうけど、飲んでくれよ」
これがギルウィルドの考えた台本ということか。
アラムは黙り込んだ。腕を組み、考え込んでいる。白蹄団にとって悪い話ではないのか、それともやっぱりそうでもないのか。それからルキシスにとっても他に方法はないのか。そういうことを考えているのだと分かった。
「それとさあ、おれも仕事を果たせなかったわけだからヴェーヌ伯にもらった前金は倍に色付けて返すよ。それでどう?」
「おまえが?」
アラムはいささか面食らったようだった。金に目の眩んだ男が金を返すと言ったのでルキシスも少し驚いた。この男なら前金はそのまま持ち逃げしそうなものを。
「どうしておまえがルキシスのためにそこまでやるんだ」
「いやあ、今回の件で思ったよりリリに恨まれるみたいで」
当たり前だ。
「ギイ、おまえ、今回の件では評判を落とすことになるぞ」
紆余曲折あれど、仕事に失敗したということになるからだ。どうせ評判を落とすくらいなら前金なんて返さず懐に入れて素知らぬ顔をしているという方が傭兵としては普通である。むしろ、だからこその前金制度であるともいえる。
「元から気にするほどの評判なんかねえよ」
ギルウィルドは事も無げにそう言うが、その言には無理があった。傭兵にとって一番大切なのは評判だ。名前が売れていれば売れているほど報酬額のつり上げが見込める。実入りがよくなる。特に彼のように、所属する団を持たない自由兵にとっては死活問題だ。
それでも構わない、というのは本当に気にしていないのか。すぐに取り戻せる自信があるからか。
「大体、このままならこの後顔を合わせる度に一生言われ続けるなあって思ったらちょっと辟易したっていうか」
へらへらした顔である。沈みかけた雰囲気を和らげるためか、彼が努めてそうしているのはルキシスにも分かった。その上で、ぶん殴りたい顔だとも素直に思った。
「それと、それとさあ、言いにくいんだけど、あー」
ギルウィルドがちらりとルキシスを見た。ルキシスはしかめ面で彼を見返す。
「早く言え」
「……ヴェーヌ伯は田舎の小金持ちに過ぎないけど伯妃になって女としての栄華を極めるっていうのもさ、リリにとって悪い話じゃないって思ってたところがあって」
「ああ? 舐めてんのか、殺すぞ」
「だけど結婚ばかりが幸せじゃないってよく考えれば当たり前で……、おれはそれを分かってて、なのに黙殺してた。それはやっぱりいけないことだって反省したわけ」
戦場を去って安定した暮らしができるようになるからといって、それが本人の望んだものでないのなら戦場とどちらがましか知れたものでない。実際、そういう例を他でも見てきたのに、自分は愚かだった。また後悔するところだった。
そう続けた口調には思いがけずいくらかの真摯さがあって、ルキシスも口をつぐんだ。
他で見てきた例というのはもしかしたら神官として神殿に仕えていた時の話かもしれない。また後悔する、という言葉はその時に救えなかった信徒がいたということを示唆しているのだろうか。
反省している、責任を取る。
そう言っていたのも口から出まかせというわけではなかったのか。
「ギイの言い分は一応承知したと言っておく」
交渉材料はいくつか用意した。果たしてこれでヴェーヌ伯が引き下がってくれるかどうか。
「まあいいじゃない、アラム」
艶やかな声が割って入ってくる。大広間からいくつか続く通路のひとつから、稀代の美女が姿を見せた。ゾーエだ。
「ギイの頼みごと、聞いてあげたら? 恩を売れるわよ」
彼女はつかつかと歩み寄ってくると後ろから両腕をアラムの首元に巻き付けた。アラムは冷静にそれを引きはがし、おまえは黙っていろと重々しく告げた。
しかし百戦錬磨のゾーエもまた簡単には引き下がらない。ここぞとばかりに大輪の薔薇のような微笑みを浮かべ、集まった面々を順番に見つめた。ファブロたちなどはすっかり目を奪われている。
「いいじゃない。無事落ち着いたらルキシスもしばらく白蹄団で精進潔斎するって」
「姐さん」
「するってさ」
言っていない。でも、もしかしたら他に道はないかもしれない。
「難しい交渉になる」
「なによアラム、ヴェーヌ伯って神殿に反抗できるほど強いの?」
ただの田舎領主だ。神殿に睨まれ、破門されればひとたまりもない。だがそこまでことを大ごとにするのはそれこそ最後の手段である。
「――話を進めるとしよう」
アラムが言う。だが、まだ了解したとまでは言っていない。彼は自らの白髯を撫でつけるように擦り、まずはユシュリーに視線を据えた。
「ヴィユ=ジャデム家はそれでよろしいか? つまり、交渉が決裂すればヴェーヌ伯と戦争になる恐れがあるが」
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