14
ホールバイストはどこが結界のウィークポイントなのかわかっているのだろうか。わかっているのなら東条高校へ向かっているはずだ。
「魔竜を名乗りながら人の姿なんかしやがって……」
ビルの屋上から眺めてホールバイストの姿を探そうとするが、それらしき姿は見られない。まあ、当然なんだけど。
それにしてもこうして街を見おろしていると、人の行き来があるのをいまさらながらに自覚する。
――夢の世界だろうが、いまはみんながここで生きているんだ。
「リーナ、何か手はないか?」
「うむ……。危険じゃが魔法を使うてみるかの」
「リーナは魔法が使えたのか」
スアールは魔法が得意な種族だ。そういう意味で彼女が魔法を使えても不思議ではない。
「ぬしよ。ひょっとしてわらわのことを役立たずなどと思っていたのではあるまいな?」
何をいまさら。トゥークリフト戦で散々足を引っぱってただろう。
「自覚はあったんだな」
なので、一応は自覚をしてたのかということに俺は感心をしてしまった。
「無礼な奴じゃ。まあよい、わらわの実力見せてやろうではないか」
リーナは懐から扇子を取りだす。よく見ると親骨の先端部分に魔法石が埋めこまれている。よく見れば装飾の彫りこみや細工も見事である。そこらに売っている代物ではないだろう。
スアール族が治める国の妾腹の姫。なぜかそれがリーナと重なる。
「なあ、リーナってお姫様とか身分の高い人?」
「急に何じゃ?」
リーナの眉がピクリと動く。
「これから死ぬかもしれないんだ。隠し事なんて意味ないと思うぞ」
「……随分、悲観的じゃな。勝つ自信がないのか?」
「勝とうが負けようがギリギリの戦いになるのは間違いないだろうからな」
楽勝なんてことはありえないんだ。
「ぬしはそれ聞いてどうするつもりじゃ?」
「どうもこうもないだろ。俺は不本意でもお前のために命をかけて戦わなきゃいけないんだぞ」
「わらわのような傾城の美女を守らせてもらえるだけで十分ではないかの」
「そりゃスアールの間で通用する話だろ」
たしかに可愛らしいとは思うが、傾城の美女はいくら何でも大げさである。スアールは耳の形で美しさを競い合うらしいが、マルア族は翼の色とか形で美を競い合う。
「わらわの美しさがわからぬとは悲しい人生じゃの」
悪いが、俺はそこまで残念だとは思えない。
「それより過去を打ち明ける気にはなったか?」
「ぬしもしつこいの。それこそ妾腹の姫がどこで朽ち果てようとも誰の心も痛めまい」
という割には拗ねた顔をしている。基本、素直じゃないんだよな。
「リーナはもともと誰を相方にするつもりだったんだ?」
俺はあくまで仕方なく選ばれたはずだ。“仕方なく”にしてはえらく迷惑な話だが。
「わらわにも将来を誓い合った相手くらいはおるわい」
「じゃあ、何でその相手を選ばなかったんだ?」
その相手を巻きこみたくなかったとかいう理由であれば、俺があまりに可哀想である。『俺ならよかったのか!』ということになるからな。
「そやつはわらわと添い遂げられるなら身分さえも捨てようなどと言っておった。じゃが、実際は直前になって妹に鞍替えして、わらわをあっさり捨ておった」
えらく黒い話だな……。聞くんじゃなかった。
「ぬしはスヴェインオードでやり残したことはあるのかの?」
「そうだな……。妹の花嫁姿を見られないことかな」
レミィの婚礼はまだ先の話なのだが、スヴェインオードへ戻れる目処も何もないのだ。出席するのは絶望的だろう。
「……それは悪いことをしたの」
ぼそりとリーナが視線を逸らしながらつぶやく。
「その素直じゃないところ直さないと友達ができないぞ」
「大きなお世話じゃ」
リーナは俺を睨みつけてくる。
「わらわの実力を見せてやろうぞ」
フンと鼻を鳴らすとリーナの持つ扇子が青白い光を放つ。これは魔法の光だ。
実は魔法石さえあれば魔法を使うことはそれほど難しい話ではない。だから問題は魔法石の希少性が高いことにあった。そのため魔法を使える人口はそこまで多くない。ただ魔法石の原産地が主にスアール族の国であるラムラス王国なのでスアール族の魔法使い人口は他の種族に比べても多い傾向にある。
魔法と言っても炎や水を自在に操れたりはしない。単純に魔力を魔法の光に転換させて操るというのが魔法と呼ばれるのだ。
「で、どんな魔法で見つける気なんだ?」
「決まっておろう。探索の魔法じゃよ」
探索魔法というのは魔法光を触覚と連動させて、あたりに放つというものだ。それで周辺の様子を探るという初級魔法である。
「大丈夫なのか?」
ダンジョンで構造を調べたり、敵地の偵察に使えたりと用途は広いが、初級魔法で魔法を使えれば誰でも使えるということもあって、対策もしっかり為されているという魔法である。役に立つ場面は多いが、対人においてはあまり役に立たないという魔法なのだ。
ちなみに対策としてポピュラーなのが、逆探知だろう。魔法使い相手だと探索魔法を使用を察知できるのである。
「逆探知されたところで不都合はなかろう?」
考えてみるとその通りだ。むしろ、俺たちがホールバイストを探しているという意思が伝わっていいかもしれない。
「では、使うぞ」
ふーっと息を吐き、それからリーナは青白い雪のような光をあたりに放った。この光があたりに触れると、使用者の触覚と連動するというわけだ。
リーナの形のいい耳がピクリと動いた。何かを見つけたのかもしれない。
「ホールバイストを見つけたぞ」
「思ったより早いじゃないか」
「その代わり、あやつもわらわたちの動きに気がついたようじゃがの」
「こちらに向かってくる気配はあるか?」
「そのつもりはないようじゃ。方角的には東条高校を目指しておるようじゃがの」
「じゃあ、奴には結界の弱点がバレているってことか?」
だとしたら、早く東条高校へ行かないと!
俺はガルダートを急ぎ呼びだして、背中に乗りこむ。
「やる気満々じゃのぅ」
リーナはやれやれという態度で、もたもたしながらガルダートに乗りこむ。
「ブツクサ言ってる場合か」
リーナが俺の背中にしがみつくのを確認するとガルダートを飛び立たせる。目的地は東条高校だ。
風に乗るまでは機体が安定せずに左右に揺れる。それをコントロールしつつ速度を抑えながら飛ぶ。
機体が風に乗ったのを感じると翼を大きく広げて、風を大いに受けて飛び立つ。それに合わせて速度を一気にあげる。
低空飛行でビルの谷間を抜けながら、東条高校を目指す。
「ホールバイストの奴、派手に暴れすぎだろ」
奴が通ったであろうと思しき道路は車がひっくり返ったり、クレーターができていたり、人があちこちに倒れていた。
「アナズレグスの住人で死んだ人はどうなるんだ?」
「現実には影響ないのではないのではないかの。ちょっと悪い夢を見たと思うくらいじゃろ。それに――」
それにいずれはこうなるはずだった。アナズレグスという幻想世界はどこかで終わる運命である。だからといって、悪い夢である必要はないはずだ。
東条高校のいつもの通学路。そこには奴がいた。ギラついた視線をこちらに向けてくる。
「気づかれたようじゃぞ」
「みたいだな」
俺はガルダートをホールバイストにぶつけるような気持ちで突っこんでいく。
ホールバイストが重眼剣を構える。あの剣の一撃を受ければガルダートともども真っ二つというのがオチだろう。
ホールバイストが咆哮をあげる。かかってこいとでも言うのか。
俺は速度をあげつつ重眼剣の間合いの直前になってガルダートを上方へ急上昇させる。
思い切り振り抜かれた重眼剣はガルダートの腹を掠めただけだった。しかもいまなら奴はこちらを視認できない位置にいる。
すべてはこの機会を作るためのものだ。
俺はガルダートが奴の頭上を飛び去ろうとした瞬間に機体から飛び降りて、奴の頭上をとる。
落下しながら剣を抜き放ち、そのままホールバイストの頭上に剣を突き立てようとする。だが、ホールバイストは体を逸らして、俺の渾身の一撃は奴の肩を掠める程度に終わってしまった。
「勇者、死に急ぐんじゃねえよ」
ホールバイストが声をかけてくる。俺は答える素振りも見せずに、着地と同時に体を反転させて素早く奴の懐へ入り斬りこむ。下手に間合いを開ければ、重眼剣の一撃を食らうハメになるからだ。
ホールバイストは斬りかかる俺に対して、重眼剣の腹を使って受け止める。こちらの攻撃は軽いので、代わりにせせこましく攻撃を打ちつける必要があった。だが、そんな攻撃はいつまでも続くようなものではない。隙を見て、相手を仕留めるだけの一撃を撃ちこむ必要があった。
「ぬるいな」
ホールバイストの口から失望したような声が漏れる。
「クレス、何をしておる! サクッと倒してしまわんか!」
リーナの檄が飛んでくる。ったく、言葉通りできたら苦労してないっての!
「俺の得物がこの剣だけだと思ってないだろうな?」
ホールバイストは重眼剣を放り投げると、ボクサーのようなファイティングポーズをとる。それと同時に前腕部分が急に光りだす。すると黒光りして、でこぼこした手甲に覆われる。それはおよそ人工的なものではなく、石を腕にかぶせているというほうが正解だろう。
「黒曜の籠手という奴だ」
黒曜の籠手だって? 聞いたことのない装備だ。どう攻めていいのかの逡巡している俺に、ホールバイストは「かかってこい」と挑発をしてくる。
「来ないならこっちから行くぜ」
その巨躯からは信じられないような俊敏な動きで、こちらへ踏みこんでくる。
――速い!
俺は咄嗟に剣を前面に構える。と、同時にホールバイストが拳を繰り出してきた。拳はかろうじて剣で受け止められたが、拳の重さに思わず俺はよろめく。
それを何とか踏ん張って、そこから反撃の一撃を繰り出す。
横一閃に剣は軌道を描き、それをホールバイストは籠手で受け止めようとするが、剣はガリガリと鉱物を削る音とともに籠手の表層を浅く削りとっていった。
――脆い?
俺は籠手にそんな感想を抱いた。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるホールバイスト。その笑みが意図する暇もなく、奴は拳を繰り出してくる。俺はそれに対して、剣で斬り返し応戦をする。下手に相手と距離をとればリーチで明らかに不利な俺が遅れをとる。ならば、少々危険でも相手と近い距離にいる方がいい。
繰り出された拳を弾き、そこから反転して逆袈裟斬りが舞う。
それをホールバイストの籠手が切り口に対して垂直に受け止める。剣は籠手の表面を砕き、深く斬りこんでいく。
だが、剣はホールバイストの腕を狩りとれずに途中で止まってしまう。しかも剣は籠手に引っついてしまったかのようにビクともせず、引き抜くことができない。
おそらく、これがこの籠手の秘密なのだろう。剣を脆い黒曜石の部分に食いこませて絡み取ったということか。
ホールバイストの暴力的な腕力に負けて剣から手を離してしまう。
「しまった!」そう叫びそうになったが、時は既に遅し。ホールバイストのもう片方の拳が俺のみぞおちに一撃を見舞ってきたのだ。
「ぐぁっ……!」
かろうじて呻き声が漏れる。拳は腹筋を割るがごとく、背骨まで砕かれたのではないかと錯覚してしまう。痛いという次元はとうに超えてしまっていた。
「お前は運がいい。本来なら、俺の剣でとっくに肉塊になってたはずなんだからな」
あまりの痛みに気が遠くなりそうだった。両の膝が力なく地面につく。俺は脂汗を滲ませながら、両手で腹を押さえている。
何か言葉を吐こうとするものなら、腹のあたりから激痛が走る。何もできない無力な俺は悔しくて、ただホールバイストを仰ぎ見るだけだった。
「安心しろ。いまは殺さん」
そう言ってホールバイストは俺の右肩を手で掴むと、そのままあらん限りの力で押し潰そうとしてくる。
「が……あああああっ!」
それは自分の右肩があたかもリンゴにでもなったようだ。その凶悪なまでの握力は俺の肩を粉々に粉砕していく。
その痛みは既に次元を越えたものであった。思わず涙が出て、開口されたまま閉じることもできない。
「いいねぇ。この痛みに嘆き、苦悶し、最後には絶望する。この瞬間が俺に至福のときを与える」
ホールバイストの手が俺の肩からスッと離れる。
「巫女よ。助けにこないのか?」
ホールバイストは俺を一瞥すると籠手を外して、重眼剣を再び手に取る。その視線は既に俺に興味が失せたようで、視線はリーナに向かっていた。
「ち、近寄るでない!」
リーナは扇子をホールバイストに向けると光弾を射出する。勢いよく発射された光弾はホールバイストの顔面に直撃して、奴は少しだけ仰け反った。だが、それだけだ。
「効かねえな」
ホールバイストの顔には傷一つついていなかった。それがリーナにさらなる絶望感を与える。
奴がゆっくりとした歩調で歩いてきているのにも関わらず彼女は身動き一つ取ろうとしない。
おそらくリーナには逃げるという選択肢すら思いつかないのだろう。恐怖という魔物が彼女の足を竦ませてしまっているのだ。
そして、俺はそんな光景をただ見ているだけであった。
ホールバイストが重眼剣を振りかぶる。そのまま振りおろされればリーナは間違いなく脳天から縦に引き千切られ、無残な肉塊へと姿を変える――はずであった。
実際、そうならなかったのはリーナのまわりに障壁のようなものが発生して、重眼剣を弾いたからである。
リーナも何が起こったのかわからないのか、体をしゃがめて目を丸くしたまま口をポカンと開けている。
――何が起こった?
「ぬしは……何をしたのじゃ?」
「何もしてねえよ」
ニヤリとホールバイストは笑う。
「どういうことじゃ?」
「俺たちだって馬鹿じゃねえ。これまで何人の勇者と巫女を殺してきたと思っているんだ」
どれだけの勇者と巫女が犠牲になったのだろうか。俺は明快であるはずの、その答えは出せない。
「そして、いつもお前たちは何も知らない。自分たちがなぜここにいるのか。自分たちの持つ力の意味さえな」
ホールバイストは俺の首根っこを引っ掴むと、そのままを俺をずるずる引きずりながら校舎へと向かっていく。
「ま、待て! 学校へは――」
「行かせないか? 巫女よ、お前は何か勘違いをしているんじゃないか?」
リーナはホールバイストの放つ殺気に腰を抜かしてしまったようで、ぺたんとお尻が地面についた。
そう。奴はいつでも俺を殺せたのだ。いままで自分が生きていたのは単純に生かされたに過ぎない。俺たちが思っているよりホールバイストと俺たちの力の差は大きいのだろう。
校舎の正門は閉められていたが、そんなことを意に介するような奴じゃない。重眼剣を一振りして門扉を吹き飛ばしてしまった。
ったく無茶苦茶だ。と言っても、俺は既に戦えるような状態じゃない。ホールバイストがその気ならあっさりと肉塊へと変えられることだろう。
ホールバイストが門扉をくぐると、そこには玲美と一浩がいた。まずい。まずいぞ。この状況で二人と出くわすなんて。
「に……逃げてくれ!」
俺は何とか声を絞りだす。だが、いまにも消え入りそうな声だ。聞こえたかは怪しい。
「勇者、お前の知り合いのようだな」
ホールバイストは俺の首根っこを掴んでいた手を離して、ゆっくりとした足どりで二人に近づいていく。
「ち、近づかないでください」
一浩はホールバイストのただならぬ雰囲気にこわばった表情になりながら、玲美を自分の背中へ押しやって守ろうとする気丈さを見せた。
「白馬の騎士様気取りか」
ホールバイストの腕が一浩の首に伸びると、彼はそのまま地面に激しく叩きつけられ、そのまま霧散する。
俺はその光景をじっと見つめていた。そこから目を背けられなかった。
「痛いだろう、勇者よ。もっと自分の無力さを思い知れ。もっと俺に絶望した顔を見せろ」
ホールバイストは玲美の首を掴むと、力づくのまま俺のいるところへ放る。
激しく地面に叩きつけられた玲美は呻き声をあげた。
「玲美、レミィ、しっかりしろ!」
俺は体を引きずりながら、玲美のいるところへ向かう。
「く、薫人?」
弱った表情で玲美はこちらを向く。
「玲美……」
「言わなきゃいけないこと――。ちゃんと私の結婚式には帰ってきてね。でないと、でないと……」
玲美が何かを言おうとした瞬間、大剣が彼女を真っ二つに切り裂き、そして霧散させた。
「くぅっ……! ホールバイストーォッ!」
俺はありったけの声で張り叫ぶ。そんな俺の絶望さえ奴には心地よいのだろう。
奴は気持ちよさそうに笑っていた。
「見せてやる、勇者よ! お前の目の前でアナズレグスを破壊してやろう!」
ホールバイストが力のかぎり地面に重眼剣を突き刺すと、急にあたりが揺れはじめる。
ピシリというガラスの割れるような音が響く。どこから鳴っているのかと何とか顔をあげる。
世界が壊れるというのは、こういうことなのだろうか。校舎にヒビが入ったかと思うと端の方から少しずつ崩壊がはじまる。それは校舎だけでなく、青空にまでヒビが広がっていく。
「オオオオオッ!」
ホールバイスト叫びながら、さらに剣を地面へめりこませていく。それに呼応するように揺れも激しくなり、ヒビも大きくなっていく。
どうにもならない終末。
世界は終わりとこんなにも隣あわせだったんだ。
無力な俺が終焉の中心にいる。
優しくもなければ冷たくもない。
あるのはすべてを貪欲に呑みこんでいく虚無。
俺も虚無に取りこまれてしまうのだろうか。
俺はガクリとうなだれる。生ぬるくて埃っぽい風が俺の頬を触った。
「――お二人とも本当にいいんですね?」
声がした。いまはどこか懐かしく響く声。
「正直、怖いな」
男の声が何ともおどけた様子だ。
「ここまで来たんだから覚悟を決めなさいよ」
呆れた口調の女性。
俺はこの三人を知っている。
「ユラハ、僕はね――」
「ストップ! こんなところで告白はなし」
ユラハさんは強い口調で続きの言葉を遮る。
「ひどいな。だったら、いつ言わせてくれるんだ?」
オルズさんが問いかける。
「生きてたら聞いてあげる」
「難易度が高くなった……」
オルズさんの口から乾いた笑いが漏れる。
「お二人はあくまで私の援護に徹してください」
「君をいまさら疑う気はないけど、本当に勝算はあるのかい?」
オルズさんがフルプレートに問いかける。
「ホールバイストは結界を破壊するために力を使い切って消耗しています。討つならいましかありません」
フルプレートは槍を構えると、ホールバイストのいるところへ目がけて駆け出す。そのフルプレートを援護するため、両翼にオルズさんとユラハさんがつく。
それに気がついたホールバイストはよろめきながらも体を起こす。
「機翔竜の乗り手がいやがったか」
ホールバイストは吐き捨てながら、片手を重眼剣に伸ばそうとする。だが、奴は剣を引き抜くことができない。そういえば先ほどから息も荒くなって、肩が激しく上下している。
「オルズさん、クレスくんを頼みます」
そう言って目配せをするとオルズさんは小さく頷いて、俺の方へ向かってくる。
「大丈夫かい?」
「いまにも死にそうですよ」
オルズさんは微笑を浮かべると、俺の右肩に触れる。
「これはまた随分と派手にやられたね」
「治りますか?」
「ルミハに治せない怪我はないさ」
オルズさんは俺の右肩に杖を当てると杖の先端部分がぼやっとした緑色の光を放ち、俺の右肩を優しく包みこんで、傷を癒していく。
俺はしばらくこのままジッとしながら、戦いの経過を見守るしかなかった。
「小賢しいな。言っておくが、もう俺には勇者を生かしておく理由はないぞ」
「私には彼に生きて欲しい理由がありますので」
フルプレートは空気を切り裂くような鋭い突きをホールバイストに繰り出す。
もはや重眼剣を扱う力が残っていないことに見切りをつけたホールバイストは両腕に黒曜の籠手を纏い、槍の一撃をいなす。
そして、互いの距離が縮まったところにホールバイストがストレートの拳を突きつけようとする。それをフルプレートは何を思ったのか、いきなりフルフェイスの兜を脱ぎ、その兜で拳を受け止めたのだ。
「それにいまこそがあなたを倒す絶好の機会かと」
兜は光輝を纏いながら弾け飛ぶ。その輝きは籠手の黒曜の煌めきを打ち消していく。
「小娘ぇーっ!」
そう叫びながら後ろへ弾け飛ばされたのはホールバイストであった。
「ディナウ族……?」
黒髪に尖った耳と小麦色の肌。これはディナウ族の特徴だ。
だが、何よりポニーテールにまとめられた髪とその顔つきである。そうそう見間違えるものじゃない。
「……来夏」
間違いない。あれは来夏だ。
「僕も彼女の正体を知ったときは驚いたけど、よくよく考えると納得だったかな」
「そうなんですか?」
「何となく彼女は身近にいる気がしたんだよ」
何の根拠もない言葉に俺は苦笑する。
「ひどい理由だ」
「でも、君をわざわざ助けに来てくれるなんて、彼女しかいないじゃないか」
たしかに、そうかもしれない。
「やってくれたな、ディナウの娘」
ホールバイストは立ちあがって、役に立たなくなった右手の籠手を捨てる。
槍を一回転させて、来夏は槍を再度構える。
「参ります」
先に来夏が仕掛ける。左手の籠手を警戒してか右方向から逆袈裟に軌跡を描く。それをホールバイストが左手で弾こうとするが、その手はユラハさんのムチにいつの間にか絡み取られていた。
「ちっ」
ホールバイストは舌打ちすると左足を軸にして右足から左足を後ろへスライドさせながら、かわそうとする。槍の軌跡はホールバイストの胸元に浅い傷を与えるに留まった。
「雑魚が邪魔なんだよ!」
ホールバイストは左腕に絡まったムチを右手で掴むと、ムチを発火させて灰にさせてしまう。
そこでのユラハさんは頭の切り換えが早かった。ムチを手放して、すぐに戦斧に持ち代えて迎撃態勢に移った。
「いいものを持ってるじゃねえか」
ユラハさんが斧を振りおろすよりも速い。そんな寸分の間隙を狙ってホールバイストの右腕が伸びる。
「逃げて!」
来夏が悲痛に叫んだ。
ユラハさんの右腕は掴まれて、メキメキと肉と骨の軋む音が聞こえる。斧を握っていた手は次第に力が入らなくなり、カタンと乾いた音を漏らしながら地面に落ちる。
「うぐぅ」
ユラハさんの呻き声が聞こえる。と同時に左手で顔を掴まれて地面に叩きつけられる。
「あばよ」
ホールバイストが笑いながら言葉を漏らす――と同時に奴の左手が閃光を発して、炎が見えたかと思うと爆裂して、ユラハさんの胴から上を吹き飛ばしてしまった。
「ユラハ!」
オルズさんが叫ぶ。
「手間をかけさせやがって」
ホールバイストが手がユラハさんの持っていた斧に伸びようとする――まさにその瞬間、来夏が急に駆けだしたのである。
それはホールバイストが斧に気を取られた一瞬である。間合いを詰めた来夏が槍を振るうと同時にホールバイストの右腕だけが宙を舞う。
「よそ見とは余裕ですね」
「貴様ぁ!」
ホールバイストは立ちあがりざまに左の拳を突き出すも、来夏にかわされてしまう。それどころかお返しにと脇差しを瞬時に左手で抜き放ち、左腕も切り落とす。
「人間ごと――」
ホールバイストの言葉は続かない。なぜなら槍が奴の胸板を雷光のように貫いたからだ。
刃に光輝を纏いて瘴気を払い、斬と成す。
破瘴の刃と呼ばれるものだ。
ホールバイストの胸元から黒い血液のようなものが滴り落ちている。あれこそが瘴気なのだろう。
来夏はさらに刃を奴の胸元に深く突き刺す。
「ぐあはっ!」
普通の人間なら既に死んでいるはずだが、それでも踏みとどまれるのは奴の魔竜としての成せるものだろうか。
「力が落ちたとは言え、人間にやられるとはな。褒めてやるぜ。だがな……!」
ホールバイストは残った力を振り絞るようにして、顔をゆっくりとあげて俺に向けてくる。
まずい! 奴は何かを企んでいる。そう思ったときには既に手遅れだった。
ホールバイストは口を大きく開き、口から熱光線を放つ。熱光線は俺の眉間を狙っている。いまの状態ではとても避けられない。だが、熱光線は俺に届かなかった。
「殺し……損ねたぜ」
ホールバイストは少し残念そうな口ぶりで、そのまま塵になって消えてしまった。
「オルズさん!」
オルズさんは俺を庇って熱線を受けたのだ。おかげで腹を熱線で灼かれてしまっていた。
「やったな。ホールバイストを倒せた……」
何が“やった”だ。あんたは死ぬんだぞ。どうして、俺を庇ったりしたんだ。
「……クレスくん、これを」
オルズさんは懐から短剣を取りだし、俺に渡した。
「餞別、みたいなものだ。受けとってほしい」
理由は聞くだけ野暮とでも言うのだろうか。
「僕たちは……生きていた。どうか、どうか――」
そこでオルズさんの息が途切れた。それはあまりに深い眠りだ。一度、まどろんでしまえば二度と目は醒めない。永久の別れを意味する眠り。
「まだ、知り合ったばかりじゃないか。どうして、こうも簡単に死ねるんだ」
俺は受けとった短剣を握りしめながらつぶやいた。
高校生活がはじまったばかりで、そこで知り合った人たち。俺はその多くの人たちが死ぬ光景を見た。そして、その出会いを生んだアナズレグスは滅びようとしている。
俺は何も守れなかったのだ。
「クレスくん、行きましょう。残念ながら、彼らを連れて行くことはできません」
「……わかってるさ」
俺はゆっくりと立ちあがる。幸いにオルズさんが治療の魔法をかけてくれたおかげで、傷はだいぶ癒えていた。
「ようやく彼女も来てくれたようですしね」
来夏につられて上空を見ると、そこにはガルダートに乗ったリーナがいた。「おーい」と手を振りながらこちらへやってくる。
「それでこれからどうするんだ? えーっと……」
そういえば来夏とはアナズレグスでの名前である。俺はまだ彼女の名前を知らない。
「私はエンフィトスです。エフィとお呼びください」
エフィはゆったりとした優雅なお辞儀をする。それはお宮廷の礼儀作法に則った品のある動作であった。そんな彼女に一瞬でも心を奪われる自分がいる。
「エンフィトスか。いい名前だ」
そう言うとエフィはきょとんとした表情を浮かべる。自分の名前が褒められたことに気がつかなかったようで、それから遅れて微笑を浮かべる。。
「褒めたって何もでませんよ。それより早くここを離れましょう」
たしかにホールバイストが周辺一帯を破壊したせいで学校がいまにも崩れそうだ。ここにいつまでも留まるのはやめたほうがいいだろう。
「おいでラナリス」
エフィがそう呼ぶとペガサスの機翔竜が現れる。ラナリスとはその機翔竜の名前だろう。
「何をボーッとしておる。さっさと乗らんか」
いつの間にか傍に降りてきていたリーナに急かされる。
「ああ、すまない」
いまのいままで何をやっていたのかと聞くのはいまさら野暮だろうか。ホールバイストの圧倒的な力を間近に見せられて萎縮するのはどうにもならないんだろう。こうやってリーナがここにいること自体が大したことなのだ。
そう考えるといままで八体の魔竜を相手に戦ってきた勇者と巫女には頭が下がる思いだ。どんなに苦しい戦いをしてきたのかは想像を絶するものがあるだろう。
だが、その魔竜も残りは一体だ。
「あれ? 何で俺は魔竜が残り一体だって知ってるんだ?」
「何を一人でぶつぶつ言っておる」
リーナが何を言っているんだとばかり疑いの視線を向けてくる。
「だって、俺は魔竜が残り一体だって言ったんだぞ?」
どうしてそんなことがわかってしまうんだ?
「ガルダートの記憶とクレスくんの記憶の同期がだいぶ進んでいるということではないでしょうか」
「えらく便利な能力なんだな」
「そんな便利な能力でもなければ魔竜に立ち向かうのは難しいんでしょう」
そんな能力を持ってしても数多の勇者たちが命を散らした。魔竜の強さはガルダートだけではどうしようもないのだろう。
だから呪いが生まれた。巫女と勇者を殺すことによって魔竜たちは少しずつ力を削ぎ落とされていった。もともとは巨大な空飛ぶトカゲの化け物だったが、それが呪いによって人の姿へ変えられていった。
巫女と勇者を殺せば殺すほど魔竜たちへの呪いは積み重なっていく。だが、それは巫女と勇者にとっても呪いである。
巫女と勇者になる者は呪いをかけられ、その呪いを魔竜たちが喰らうという仕組みを長い年月積み重ねていったのだ。
まったく。選ばれるほうはたまったものじゃない。巫女は生贄のごとく勝手に決められる。巫女はその道ずれに勇者を自分で選ぶ。
選ばれた巫女も悲惨だが、巫女に選ばれる勇者の心境とはどんなものだろうか。はっきり言って、巫女とともに戦うということは自殺と変わらない。
巫女と勇者などとはよく言ったものだ。実際は魔竜に捧げる生贄とその従者だろうに。そんな理不尽に納得ができるとでもいうのか。
「何じゃあれは?」
ガルダートで空高く飛びあがると、倒壊したスカイツリーのあとに現れた巨樹から黒い霧が吹き出していた。その霧を凝視していると何やら霧が不規則に蠢いているのがわかった。
「あの黒い霧はディルドーンの群れですね」
ディルドーンというのはワニの顔にコウモリの羽が生えた化物だ。
「わかっちゃいたが、ロクな木じゃないな」
あの巨樹に敢えて名前をつけるなら魔樹であろうか。瘴気を纏った化物を生む木だ。
「早く駅へ急ぎましょう。ここはもう危険です」
エフィは先行する形で、俺たちはその後に続く。
「リーナでもガルダートの操縦はいけるんだな」
「その口ぶりはまるでわらわが役立たずとでも言いたげじゃな?」
どうやら俺の言い方が気に障ったようだ。そんなつもりはなかったんだけど。
「まあ、役に立ったことはないよな実際」
危ないことに巻きこまれて死にそうなったことは何度でも。ついでに言うと足を引っぱられたこともある。少なくとも彼女と一緒にいていいことは一度もなかった。
「そう思うといままでの勇者はよく巫女を守ろうなんて思ったよな」
「わらわのような絶世の美女を命がけで守れるのじゃぞ。それ以上に何を望むと言うのじゃ」
「そう断言できるんだから、何とも羨ましいかぎりだよ」
どんな相手であれ無償でこんな戦いに身を投じたいなんて思う奴は大馬鹿以外の何でもない。少なくとも俺は嫌だ。
「ここで降ります」
エフィに指示されたのは近場の駅だった。そこはリーナを迎えに行った場所だ。そこもいまはあちこちにヒビが入って崩落の危険さえ見受けられる。
見慣れた風景がこんな姿だといよいよ世界も終わりかと思わされた。
「駅で何をするつもりなんだ?」
「駅で待つのは電車しかないと思いますが?」
そう言ってエフィは意地悪な笑みを浮かべる。俺は問答をしているような気分になって、少し頭が痛くなった。
駅のホームまで行くと確かに電車が止まっていた。現状のファンタジーからはあまりにかけ離れた光景に俺は閉口してしまう。
「さあ、乗りましょう。行き先は東京駅です」




