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「もう準備は終わったの?」

 玄関のほうへ向かっていると、銀色の髪を腰まで伸ばした少女が声をかけてくる。彼女はレミリア――俺やまわりの奴は彼女をレミィと呼ぶ。

「ああ、家は三日ほど空けることになると思うから、留守をよろしくな」

「見つかった遺跡は長い間手つかずだったんでしょう? 危険はないの?」

 レミィは不安そうな表情を浮かべる。

「それを調べるために行くんだよ。おかげで給金も弾む」

「そんなこと言って。無茶だけはしないでよ」

「レミィの花嫁姿を見届けるまでは死なないよ」

 俺はレミィの頭にポンと軽く手を置く。

「馬鹿ね。私が結婚したら、次はクレスなんだから」

 レミィが微笑んだ。

「わかったよ」

 両親は二年前に死別。両親の仕事を俺たちが引き継いで、いままでこうして生きてきた。

 レミィの花嫁衣装も買うことができた。あとは季節が巡るのを待つだけだ。

 だから、俺が思い残すことはもうないんだ――。


 それでもレミィはこんな俺にこう言ってくれた。

「待ってる」

 それは短いけど、とても大事な約束。


   ■


 昼休み。昼食を終えた俺は中庭でボーッと空を眺めていた。

 昨日のホールバイストとの戦いがいまでも目に浮かぶ。次々と倒れていく仲間たちの悲鳴と怒号。ゲームというにはあまり鮮明すぎた。

 俺たちは何とか奴から逃げることに成功すると、そのままログアウトした。が、話はそれで終わらなかったのである。

 路花さんと進さんが二人で車に乗って出かけていたところをトラックとぶつかって二人とも事故死したというのだ。

 さらにそれだけではない。笠子先生や校長先生も不幸な事故で帰らぬ人となっていた。

 四人ともゲーム内でホールバイストに殺された。だからといって、あれはゲームでの出来事だ。現実と結びつけるのは滑稽だろう。

 それでも胸に曇りついたモヤモヤは晴れない。

 ――たしかめないと。

 俺は仁和先輩に電話して自転車を借りる手筈をとると、里奈を教室から半ば強引に連れだした。彼女にも聞きたいことがあるからだ。

「お尻痛くないか?」

 そう言いながら里奈が俺の腰にしっかりとしがみついているか確認する。

「痛いに決まっておろう。それより、もうすぐ授業じゃぞ?」

「授業なんて些末なことだろ」

 俺は自転車のペダルに目一杯力を入れて奔らせる。

「ぬしは中々強引なところもあるんじゃのう」

 里奈は呆れたとも感心したともつかない声で背中越しにつぶやいた。

「言っておくけど、別に変なところに連れだそうとか思ってるわけじゃないぞ」

「変なところとはどこのことじゃ?」

 俺は思わず肩を落としそうになった。どうやら、妙な想像をしたのはこっちのようだ。

「それより、これからどこへ連れて行こうというのじゃ?」

「スカイツリーだ」

 俺は短く答えた。

「……そこへ行ってどうするつもりじゃ?」

 里奈の声のトーンが一気に落ちる。

「確かめたいんだ」

「何を確かめるつもりなのじゃ?」

 わからない。そのモヤモヤした何かを確かめたいのだ。

 亀戸から錦糸町までを線路に沿うように走り、それからまっすぐに上へ向かう。

 本来ならもう少しでスカイツリーが見えようかというところまで来ると、そこで信号が赤に変わってしまう。俺たちは仕方なしに自転車を止めて、信号が青になるのを待つ。

「薫人くん」

 いきなり声をかけられて俺はドキリとする。横にいたのはジト目をした来夏であった。

「や、やあ。来夏じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だな」

 見れば来夏は自転車に乗っている。どこから情報を仕入れたのか、俺を追いかけてきたに違いない。

 来夏はにっこりと笑みを浮かべているものの、目が笑っていない。こういうときの彼女は怖い。

「安心してください、今日は説教をしにきたわけではありませんから」

 そこは安心するところなのか。とりあえず授業をさぼったことに文句を言いにきたわけではないようだ。

「じゃあ、わざわざ追いかけてきたのはどうしてなんだ?」

「スカイツリーはまだ建造中ですよ。行ったところで何もありません」

 来夏は俺の目的地を知っている。どうして?――などという疑問はわかない。むしろ、俺のモヤモヤが少し晴れたような気さえする。

「だったら見学に行くくらい問題ないだろ」

「……何が気になるんですか?」

「聞いたら教えてくれるのか?」

 その問いに来夏は口を真一文字に閉める。そこにいつもの茶化すような様子は見られない。

「本人が知りたいと思っているのじゃ。行かせてやれ」

 それを言ったのは里奈だ。

「それでも薫人くんには行かないで欲しいんです」

 来夏の表情に切実なものが宿る。だが、両手はハンドルを握ったままだ。止めたいけど、止められない。こんなにも近くにいるのに。

 それに俺は何となくわかってしまった。スカイツリーはきっと――。

 信号が青に変わった。

 俺は里奈を後ろに乗せたままペダルを再び漕ぎはじめる。行き先はスカイツリーだ。

「まったく。仕方ないですね」

 来夏は少し呆れたようなもの悲しい口調をして、それから俺のあとを自転車で追いかけてくる。

「ついてくる気か?」

「いけませんか?」

 彼女がニッコリと微笑む。彼女はきっと知っている。その笑顔の彼女に俺が何も言えないことを。

 進んでいくと徐々に霧が辺りを覆っていく。その深さはすぐ隣にいるはずの来夏の像さえぼかしてしまうほどだ。

 そして、霧の先を抜けていけば建造中のスカイツリーがあるはずだった。――本来であれば。

 だが、そこにはあったのは倒壊したスカイツリーとその上に鎮座する巨木。

 信じたくはなかった。

 それでも目の前に広がる光景を前にして信じないわけにもいかない。

「ゲームの世界じゃなかったんだ……」

 ひょっとしたら、まだ夢を見ているのかもしれない。

「夢じゃないですよ。本当のことです」

 来夏は驚いた様子もなく澄ました表情だ。里奈もそれほど驚いた様子はない。

「二人は知っていたのか?」

「当然じゃ」

 里奈は何故か偉そうに胸を張る。

「この場合、ゲームだと思ってた世界が虚像だったってことなのか?」

「アナズレグスは結界の世界。本来は人のいない世界なんですよ」

「俺たちはこうしているぞ」

「ええ。ですから、ここにいるあなたも私も虚像なんですよ」


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