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さて、木の根元まで降りてくると周辺の惨状が嫌でも目に飛びこんでくる。大樹の周辺は巨大な根っこによって蹂躙されて建物なんかは滅茶苦茶だった。ゲームとは言え、これはいくらなんでも酷い。
そして、あたりに人の気配はまるでない。というか、まるで最初から人なんていなかったような感じさえする。
「魔物はおらんのかのう?」
「もともとアナズレグスに魔物はいませんよ。ですが、これからはわかりません」
フルプレートの人は断定的な物言いをする。やはりフルプレートの人は何かを知っているような様子だ。
「アナズレグスって何なんですか?」
とりあえずはじめて聞いた単語について聞いてみる。
「アナズレグスとはスヴェインオードとシュアルオードの狭間にあるストルレグスの対となる世界のことです」
アルシュリオン・オンラインでメインになっているのはスヴェインオードで、それ以外の世界について存在は明言されているもののエリア解放はまだのはずだ。
「それじゃあ、俺たちは未解放エリアにいるってことなんですか?」
だとしたら、それはどういう意味を持つのだろうか。かぎられたプレイヤーだけが入れるエリアにクエスト。この場合は優遇されていると受けとっていいのだろうか?
「みかいほうくえすと?」
リーナが眉をしかめて、首を傾げる。俺は何か変なことを言っただろうか。
「そうです。プレイヤーをランダムに選んで強制的に未解放エリアへ送りこみ、高難易度クエストを受けさせる。……非道なシステムです」
非道、か。たしかにそうだ。しかし、仮にここでクエスト失敗――魔竜退治に失敗するということは何を意味するのだろうか。
「やっぱりクエストを放棄して、スヴェインオードに帰るっての“あり”なんですか?」
俺は遠慮がちに訊ねてみる。
「この場合は“なし”ではなく、“できない”と答えるべきでしょうね。このアナズレグスに来た時点で、スヴェインオードへ戻るには魔竜をすべて倒すことが条件と言われていますから」
つまり魔竜を倒さないかぎりは話が進まないというべきか。いや、そもそもRPGでいうお約束。いわゆるラスボス感のある魔竜を倒すということはゲームの終わりを意味するのではないだろうか。
「魔竜をすべて倒せば感動のエンディングが待っているとか?」
フルプレートは一瞬言葉に詰まったような仕草を見せる。もっとも、それは気のせいだったのかもしれないが。
「そんなところです」
それから二言三言の他愛もない会話をして、俺たちは歩きはじめる。と、前を複数の人影が塞いでくる。
「君たちが勇者かね?」
真ん中にいる長身で体格のいい男が野太い声で訊ねてくる。感じからしてドワーフだ。
「俺が一応はそうらしい」
我ながら他人事のようである。自分で言うのもなんだが、勇者としての自覚はまるでなかった。そんな俺の返答にドワーフは苦笑いを浮かべている。
「こちらが勇者一行であるなら、あなた方は何者なのですか?」
フルプレートの人が決してきついわけではないが、鋭さの混じった声音でドワーフに問いかける。
「我々はストルレグスの住人だよ。こうしてアナズレグスまで定期的に調査へ来ている」
「ストルレグスに住人がいるのか?」
俺は何故かリーナに訊ねてしまう。
「わらわが知るわけなかろう」
リーナは面倒くさそうに返答してくる。当然か。
それより問題は彼らが敵か味方かということだ。俺は警戒心から、自然と手が剣の柄に延びる。
「そう構えないでくれ。少なくとも我々は敵対するつもりはない」
男は両手を広げて敵意がないことをアピールする。
「リーナ、どう思う?」
「名乗りもしない。目的も言わない。そんな連中を信じる気にはなれんの。……もっとも、未だに名乗りもせず顔を晒そうともしない、こやつよりはマシかもしれんがの」
リーナは侮蔑の眼差しをフルプレートの人に向けながら、俺に聞こえるくらいの声でつぶやく。
あからさまな態度が鼻につくが、一番この中で怪しい人物がフルプレートの人であるという認識については同意である。
「信じる信じないはさておいて情報は欲しいな。話を聞いてみるだけでもどうだろ?」
リーナに提案すると彼女も「もっともじゃ」と同意を得られた。フルプレートの人は黙ったままだったので、同意と受けとっておくことにする。
俺たちが警戒心を解いたのがわかったのか、ドワーフの男を筆頭に一団が近づいてくる。
先頭には顎に髭を蓄えた中年男のドワーフ。そのすぐ後ろをメロウ族の女性。年齢は三〇代半ばくらいか。感じからしてドワーフがリーダー格で、メロウ族がナンバーツーというところだろう。
他にも四人いて、二〇代後半くらいのマルア族の女にフェアル族の男。それから、十代後半くらいのレイヴェ族の女とルミハ族の男だ。
まあ、よくもこれだけ偏りなく多種族が集まったものである。
「あれ? お前、薫人だよな?」
「へ?」
ネトゲ内でリアルネームを呼ばれて、俺は上ずった声をあげてしまう。
「やっぱりそうだ。お前ってマルア族だったんだな」
「あっはっはっはっ」と明るく笑うのはフェアル族の男である。それにしてもやけになれなれしいな。
「あの、どちら様でしょうか?」
俺は遠慮がちに訊ねる。
「俺はお前の近所に住む千原進だよ。で、俺の隣にいる美人のマルア族は愛しの妻――路花だ」
俺は素直に驚く。同じゲームをやっている人がまさかこうも身近にいるとは思いもしなかった。
「ついでに言っておくと、そこのレイヴェ族とルミハ族はお前の通ってる学校の生徒だぞ」
そう言われて二人をまじまじと見つめる。なるほど。たしかに見覚えがある。……というか、よく知っている顔だ。
「ひょっとして生徒会長と副会長?」
「ご明察の通りだよ、薫人くん」
答えたのはルミハ族の男だ。というか会長まんまである。その隣でレイヴェ族の少女がおかしそうに笑っている。
「ついでに言うと、そこにいるドワーフ族とメロウ族は校長先生と笠子先生だよ」
会長がニッコリと笑みを浮かべて、二人の紹介をしてくれる。なかなかによくわかる紹介である。
「……先生もネトゲやるのかよ」
呆れたのか感心したのか自分でもわからない。ただただ、状況に驚いている自分がいた。
「では、あらためて自己紹介をさせてもらっていいかな?」
校長先生が意地の悪い笑みを浮かべて聞いてくる。あれはこの状況を楽しんでいる目だ。
それにしても校長と笠子先生が同じゲームをやっているとは……。これからのゲームプランを大いに見直す必要があるかもしれない。
俺の口からは自然とため息が漏れるのだった。




