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生徒会室を出て、職員室までやってくる。これから書類を手渡す相手である笠子先生は、俺のクラスの担任である。部活の顧問などは引き受けていないため、放課後はほとんど職員室にいるはずだ。
「失礼します」
俺は職員室のドアをノックして入室して、笠子先生の席を目指す。
「笠子先生」
デスクに向かって書類と睨めっこしていた笠子先生に声を掛ける。
「富流羽くん、どうしたの?」
笠子先生は俺に顔を向けてくる。年齢はたしか三四歳だったか。その割には五歳ほどは若く見える気がした。間違いなく美人の部類に入る。
「陽隠先輩から書類を預かってきました」
笠子先生に書類を手渡すと、先生は書類に軽く目を通しはじめる。そして、すぐに眉間にしわを寄せて渋い表情を浮かべる。
「生徒会の書類を部外者に届けさせるなんて、陽隠くんも困ったものね」
笠子先生はため息を一つつくと、俺にまた視線を向ける。
「富流羽くん、ご苦労様。書類はたしかに預かったわ」
俺は「いえ」と答えて、愛想笑いをする。
「それにしても、まだ四月なのに一年生が生徒会の活動に積極的に参加だなんてね。君も蔵脇さんも大したものだわ」
「主に仕事を持ってくるのは来夏――蔵脇さんですよ。こっちはそれに巻きこまれてるだけです」
「でも、生徒会の活動なら校内で堂々といちゃついてても文句は言われないわ」
それ、大塔先輩にも言われたぞ。
「端からはそう見えるんですか?」
「私もこの手があったかと思ったくらいよ」
笠子先生は「あ、いけない」と自分の口を慌てて塞ぐ。
「とりあえず、書類は大丈夫よ」
笠子先生は一度咳払いをして、俺にもう行ってもいいと促してくれた。
「それでは失礼します」
俺は笠子先生に軽く礼をして、職員室を出ようとする。すると、後方から笠子先生が校長先生に呼ばれているのが見えた。
「何でしょうか、校長先生?」
「実はね――」
笠子先生と校長先生が話をはじめている。志乃端洋三。五一歳。それが校長先生の簡単すぎるプロフィールだ。真面目そうで穏やかそうな雰囲気の人である。
職員室を出ようとした際、たまたま校長先生と目があい、軽く手を振ってくれた。俺はそれに答えるために「どうも」と軽く礼をして、それから職員室をあとにした。
俺は職員室を出ると、まっすぐに下駄箱を目指す。生徒会室を迂回しようかとも考えてはみたが、それは何か悔しかったのでやめることにした。
下駄箱の付近に差しかかると、よく見た顔の少女がいた。俺がかけようとするより先に、相手が気づいてしまう。
「あ、薫人」
そこにいたのは玲美である。
「誰かと待ち合わせか?」
そう思ったのは、彼女がその場を動かずにずっと立っていたからである。
「うん。さっき、来夏ちゃんから連絡があったの。一緒に帰ろうって」
「それでこんな時間まで残っていたのか?」
「ううん。部活の見学してまわってたら、こんな時間になってただけ」
つまり、この時間まで学校にいたのは、待ち合わせとは無関係ということか。
「それで入りたい部活はありそうか?」
「まだ探し中よ。薫人と違ってじっくり決めるの」
俺が部活を早々に決めたのは、来夏のお願いを断るための方便を作るためであった。まあ、現状はまったく機能していないが。
「そうだな。玲美なら、何をやってもうまくやるだろうしな」
「どうしたの、いきなり?」
玲美は不思議そうな表情を浮かべて、こちらの顔を覗きこんでくる。何か変なことでも言っただろうか。
「そっちこそ、何だよ?」
「薫人が遠い目をして、そんなことを言うからでしょ」
遠い目? そんな目をしていたのか?
「その目で思い出したわ。私の夢の話よ」
「夢?」
「そう。私には兄がいたんだけど、急にいなくなっちゃったの」
「お前に兄貴なんかいないだろ」
「だから、夢の話でしょ。私、すごく心配してるのよ。なのに、音沙汰なくて……」
「えっと、ごめん」
いまにも泣き出しそうな玲美に対して、俺は咄嗟に謝罪をしてしまった。
「どうして、薫人が謝るの?」
どうしてだ? 俺にもよくわからなかった。何で俺は謝ったんだ? 俺は何も悪くないのに。
「二人揃って、どうしたんですか?」
そんなときに誰かが俺たちに声をかけてくる。
振り向くとそこにいたのは来夏であった。
「来夏、か」
なぜだか妙に気まずい空気が流れる。
「来夏ちゃん、ごめんなさい。ひょっとして待たせました」
その問いに玲美は「ううん」と首を横に振る。
「薫人の相手をしてたら、時間なんてすぐ潰れたわ」
「おい」
人を捕まえておいて暇つぶしはないだろう。仮にこれから予定なんてなかったとしてもだ。
「ふふふ。それじゃあ、行きましょうか。あ、もちろん薫人くんは駄目ですよ。今日は女四人でガールズトークですから」
四人ということは、まだ二人いるってことか。まあ、メンバーの予想は大体つくんだよな。たぶん、里奈と大塔先輩を入れての四人だろう。
「わかってるよ。俺だって暇じゃないんだ」
俺は「それじゃあ、また明日な」と手を振って、その場を去ろうとする。と、後ろから「くすくす」という忍び笑いが聞こえてくる。
「どうせ暇だろうし、家に直帰するだけよ」
「私もそう思います」
ほっとけ。
俺は忍び笑いから逃れるようにして、その場をあとにするのだった。




