停戦交渉
「さぁお嬢様、やられたくないなら先にやればいいのですよ。攻めましょう」
ハヤマはそう言った。
確かにそうだ、攻められるのが怖いならこっちから攻めて仕舞えばいい。やり返されるけど、それも全て壊して仕舞えばいい。
『さぁ、俺のために頑張ってくれ
出来るだけ、血を多く流させろ、王国一つを壊してしまえ、やりたくもなかった王座を継がされそうになって嫌だっただろう?人と無理やり話さなくちゃいけなくなって苦しかっただろ?好きでもないやつと結婚しなくちゃいけなくて泣きたかっただろ?やりたくもない子作りなんてやらされて死にたかっただろう?いろんなストレスが溜まってるだろう?自分を裏切らないと思ってるツサミを殴って、蹴って、鞭で打って、言葉で責めて、爪を剥いで、歯をへし折って、骨を砕いて、飛び散った脳みそを戻した時の気持ちを、思い出せよ。
あの時の清々しさを。
あの時の気持ちよさを。
あの時の征服感を。
あの時の独占感を。
あの時の支配感を。
あの時の絶望感は別だ。
それに罪悪感も別だ。
快感を、愉悦を、快楽を、思い出せ。
同じことをやればいいんだよ。
1回と2回は違うけど100回と101回目は変わらねぇ
で、全部終わったらテメェに意識を戻してやるよ。
罪の意識を正常な思考で味わえ。
異常な意識で殺した時のことを正常な意識で思い出せ。
ツサミを殺したことを、母親を殺したことを、善良な一般人を殺したことを。
正常な判断力を持って絶望しろ。
その時の声を俺に聴かせてくれ。
その時お前は、今まで自分の心つぎはぎだらけの心のまま、壊れずに済ませておいた俺に恩を返せるんだからな。
ぜひに、楽しませてくれ』
クグルの言葉はツワンには届かない。
ツワンはここ数ヶ月、正しい現実を見れていない。
だから、
お嬢様、大丈夫ですよ、お嬢様なら絶対上手くできます。
と言うツサミの声はツワンの耳に届いていないし。
戦闘メイドだと思っているものはただの魔物だし。
いつもベットの隣に座っているツサミが、
グズグズに腐って、頭は熟れた果実のように地面に落ちて、潰れて、腕にはウジが湧き、汁が垂れ、いつ自重で千切れてもおかしくない状態で、部屋にどれだけ力を尽くそうがとれることのない腐臭を残している
ことになど、気づいていない。
気づいた瞬間。
ツワンは廃人と化す。
気づいた時というのは、自分がツサミにどれだけのことをしていたのかを、同時に思い出すことと同意義だからだ。
その廃人になるまでの数瞬をクグルは楽しもうとしているのだ。
クグルは、ツサミの腕をとって自分の頭に置いて、撫でられているという想像をしているツワンを見て卑しく笑ってから窓を開けて外に飛び出し、きちんと、腐臭が逃げ出さないように窓を閉めて、ブルー王国へと飛んでいった。
「守りを堅めな、僕はアイツと停戦交渉してくるから」
リオルはそう言っていた。
だから、守りを固める判断をした。
家臣の誰も反対意見を出さなかった。
それで正しかった。
すぐに、急に、大規模な転移魔法でも使ったかのように国目の前に数万の軍勢が現れた。
「ウッ・・・・・・・・・・・・・・・」
玉座の間から敵を『観測』のスキルで見ていた家臣の一人が口を押さえる。
「どうした?何があった?」
「いえ、なんでもございません」
「何もないなんてことはないだろう。そんな青い顔をして」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。何かはありました。ですが、王よ、どうか、このことが終わったらあの皇女のことはお忘れください」
「?どういう意味だ」
「言えません。お見せすることもできません」
なんだ、あの子に一体何があるっていうんだ。
「わかった」
そう言って離れ、望遠鏡と言う、新しく別の国が開発して、僕に渡してきた遠くを見ることのできるものを取り、敵陣営を見て、彼女を探して。
言っていた意味がわかった。
どうして今、玉座の間にいる四人の観測官が青い顔をして、あるいは胃のものを吐き出しているのかはわかった。
最後尾。
女王や、皇女、その従者がいるべきところには、生気というものがなかった。
死んで腐った馬の上にグズグズに腐り切っている元は人間だったであろう物体が乗っていることがかろうじてわかる。
ギリギリ、体は原型をとどめているが、少しでも力を加えればそれだけで崩れてしまいそうだった。
唯一、最後尾で生きている皇女も正気を失っているようで、隣にある腐乱死体に話しかけて、楽しそうに笑っている。
兵士たちはそのことが当然だと言うように、平然としている。
「何が、何があったらそうなるんだ。どうして、どうして、どうして」
意識せずに、涙が流れる。
そのことに気付けない。
手を組んで、額に押し付けるようにして、祈る。
リオルさん、リオルさん、世界最強。
もし、さっき外にいた黒い男が彼女をあんな状態にした張本人だとするのなら、そいつを殺してくれ。
「だいぶ重症だね」
「なんだよ?アイツの過去を見ることぐらい簡単にできんだろ?」
「うん、見とけばよかったよ」
そう言ってリオルは空中に作った机の上に載せていたスコーンを齧り、紅茶を啜る。
「ねぇ、君はさ、一途って言う呪いについてどう思う?」
「ん?さっきアイツらにしてた質問とちょっと違うな」
「いいじゃん、答えてよ」
「一途って呪いは最悪だね、どう考えても、そいつの人生をぶち壊すことになる。
特に、結ばれたい人と結ばれなかったときは特に。
下手したら、あのメスガキみたいに壊れちまう。
なぁ、メスガキの代わりに俺がアイツの過去ってやつを教えてやる」
「ん、お願い」
「アイツは第四皇女だった。3人の姉しかいなかった。才能もなく。人と話すことも難しくて、初対面の人間とは絶対に話せない。
だから、王には向いていないとアイツの両親は判断して、11歳。
初潮が来たとほぼ同時にろりこんジジイの貴族のところに送られて、毎晩、無理やりだ。それが5年。
自分の子供を腹の中で初めて殺したのは、13の時。
16の時にその男を殺した。
その前に自分のメイドを殺した。
氷魔法を独学で覚えて、死体を冷やして数年持たせていたんだがな。
そこの時点で、感情は無くなってたし、複数の人格を持っていたし、痛みは感じなくなっていた。
その時点でおかしくて、トラウマなんていう幸せなものも持ってなかった。
トラウマとして思い出せていれば、まだ殺すことも無かった。
で、上3人の姉が死んで、病気でな、案外あっさりと死んで、アイツが皇女になった。
その時にはもう、自分なんてものはなくてさ。
で俺がそんなアイツを見つけて、煽って、王を殺させた。母親もその時に一緒にな。
その次の日から、アイツは死体を冷やすのもやめた。
自分の妄想に浸り始めたんだよ。
だから、ああなったのは俺のせいが1割あるかどうかじゃね?」
「長い話お疲れ様。確認するよ」
「おう、何を確認するんだ?」
「彼女の10歳からの記憶を消して、王も女王も生き返らせて、メイド達も全員生き返らせて、7年分の幸せな記憶を捏造して、辛い記憶は思い出させないようにして、それで正常な意識を持たせたいと、僕は思ってるんだけど、手伝ってくれる?」
「ご冗談を、俺はアイツの地獄を見た時の叫びが聞きたいの、そんなの手伝えるわけないだろ。ツーカ、そんなことお前できるのかよ」
「できるよ」
「はっ、てめーは神かよ」
「違うよ、僕は神じゃないし、神のバグにも届かない。そこらへんの人よりもちょっと力を持っただけのどこにでもある者の一つさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ」
「うん?何?」
「俺の知ってるお前は、そういうことを言う時に笑って言うんだが—————」
—————さっきからずっとお前笑ってねぇよな?
笑っていなかった。
クグルを睨みつけて、憎悪をむけて、悪意をぶつけて、視線を外すことなくスコーンを食べ、紅茶を飲む。
「そうやってみられると、息苦しいんだよ。さっきから、唾をうまく飲み込めねぇ、食欲がわかねぇ、気だるくて、何もしたくなくなってくる。うまく息を吸えないし、目の前がくらくらして吐き気まで感じる」
何をした?
クグルの質問にリオルは命令する。
「さっき、僕が言ったことを手伝え」
「やーだねーだ」
「・・・・・・・・そぉ」
交渉決裂だね。
「はっ、ハハハ」
クグルの口からは、乾いた笑いしか出てこなかった。
何かはわからないが、当たったら即死するであろうものが数十億と生まれたのだ。
「使った闇系能力数2億8000万。僕の全能力のうち0.00009%も使わせたんだ、自分のことを讃えていいと思うよ、僕は」
「だから、いつもはそう言うことは笑っていってたろ、お前」
声を震わせながら、負け惜しみのようにクグルが呟く。
「今からでも、手伝うって言ってくれれば止めるよ」
「ごじょ」
ご冗談を。
それは最後まで言い切れなかった。
リオルが人差し指を振る。
それで、クグルの死は確定した。
全弾ホーミング能力のある即死攻撃がクグルに向けて光に近い速度で飛んでいった。