人類最弱vs世界最弱
はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、
と、
自分の息切れの声だけが聞こえていた。
でも、そろそろ着くはずだ。
あの人のところへ、あの伝説の人がいるギルドに着く。
金がないから歩いてきたが、たぶん50キロ近くは歩いた。
疲れた。
私よ、よく頑張った。
一週間でよくここまできた。
もうあの人のいるクバルエ王国にはついて、ギルドは見えてきた。
よかった、ちゃんと着いた。
そう思った瞬間、地面が近づいてきた。
ゴッ!
どこか遠いところから鈍い音が聞こえた。
目の前に赤黒い液体がとろぉと流れてきた。
あぁ、疲れた。
少し眠っていて、起きたら女の子の顔が目の前にあった。
誰だろうと思いながら体を起こそうとするが額の上に人差し指を当てられていて、なぜか起きれなかった。
「動いちゃだーめ」
そう言った声は、女の子の声よりは男の子の声に近い気がした。
「ずっと歩いて疲れてたんだよねぇ、頑張った頑張った。
お疲れ様、フィンちゃん」
はい、疲れました、
自分でも聞き取れないくらいの声量で言って。
「なんで私の」
ゴホッゴホッと、なんで私の名前を知っているのと訊こうとした時、言葉より先に咳が出る。
そして私の名前を知っていた人も、心配の言葉より先にコップの水を飲ませてきた。
この人の能力なのか、コップの中の水が一本の線のようになって私の口の中に入ってくる。
なんで私の名前を知っているの。
そう聞こうとしたが、また・・・ねむく・・・・・・。
起きたら女の子の顔があった。
さっきの人だと思う。
「おはよう、よく眠ってたね。もう3日は寝てたかな、本当に疲れてたんだね」
3日⁈
私は3日も寝ていたのか。
・・・・・・・・・・・・急用ってわけでもないからいいか。
水飲む?と訊かれたから飲むと答え、差し出されたコップの水を飲み干し、本題を言おうと息を吸う。
「リオル・クライシスは僕だけど、一体世界最弱になんのようかな?
人類最弱のフィンちゃん」
あれ?私言ったっけ。
「あぁごめんごめん。君が道で頭から倒れて怪我してさ、それを治した時についでに君の頭の中見させてもらったんだ」
あぁなるほど。
見られて困る記憶はなかったはず。
「うん、特になかったよ。ちょっとはエッチなとこあったけどwww」
「ちょっと!何勝手に人の記憶見てるんですか‼︎」
「あれぇ?見ちゃいけない記憶はないんじゃなかったぉ?」
明らかに馬鹿にしてきてる!
なんなんだコイツ‼︎
いかん、平常心平常心。
もしこの女の子(男の子?)が本当にリオル・クライシスなら、頼まなくちゃいけないことがある。
「僕と戦いたいなら、いつでもどこでもどんな勝負でも構わないよ」
心をよむ能力を持ってるのか、あの水を飲ませてくれた人と同じ顔だけど、双子なのかな?
「いいや双子じゃないよ、僕はいっぱい能力持ってるラッキーさんなのだ」
「そうなんですか、私もひとつだけ能力持ってます。
使い所わからないんですけど」
「あぁ、『全否定』だね、あれ結構使える気がするするんだけどな」
「じゃんけんぽん!」
不意打ちのジャンケンにリオルさんはちゃんと対応してきて、私はグー、リオルさんもグーだった。
「あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!」
何度やってもあいこになる。
くそっなんでだ!
「つまり君は世界最弱の僕に負けて、世界最弱になりたいと言うことだね」
リオルさんは真剣な表情で訊いてくる。
私も真剣な表情で頷いてから、啖呵をきった。
「はい、そうです。私はあなたに負けて世界最弱の名を襲名します」
「フィンちゃ〜ん、こっちの洗濯物もよろしく〜」
そう言って、イデアさんが新たに洗濯物の山を持ってくる。
はい!と答えて、まだ洗っている途中の洗濯物を洗うのを再開する。
リオルさんと初めてジャンケンしてからもう一年と8ヶ月経った。
人類最弱の私は、ギルドで冒険者になってもすぐに負けて死んでしまうと思ったから、こうして、日々の雑用をこなしている。
その合間合間でジャンケンだったり腕相撲だったり、かけっこに鬼ごっこ、殴り合い、料理、掃除などの家事の速度勝負。
それら全てが引き分けになっているのである。
意味がわからない、
なんで私が負けないんだ。
普通私が負けるはずなんだぞ。
だから、私が負けた時のために「その程度で世界最弱を名乗るとはな」と言って高笑いをするところを想像していたのに、
なんてこった。
無駄になってしまった。
しかもリオルさんに「ふふん、その程度で世界最弱になろうとはな」って言われてたし。
絶対私の記憶を見た時に知ったからやり返してきたんだ。
あーもう‼︎ほんとっ最近楽しいなあ!
リオルさんとの勝負を思い出すとそう思う。
あの国も楽しかったけどここの方が楽しい。
何より、リオルさんとの勝負が楽しい。
私のせいだってわかってるけど、それでもおんなじ実力で勝負できることが嬉しい。
いやほんと、おんなじ実力の人がいないのは私のせいなんだけど。
洗濯物を全て干した後、ギルドの中を歩き回ってリオルさんを探す。
リオルさんは意外と忙しく、いつも国のどこかで誰かと遊んでいたりする。
もちろん、リオルさんにしかできないことはこの国から出てやっていたりするけど、ギルドの依頼はだいたい他の皆さんがやっている。
ギルドの中にはいなかったので、街に出る。
私は走りが早くない。100メートルを19秒くらいだ。
それを『全否定』する。
すると私の走りが早くなる。
もちろん100メートルを1秒で走るとかの化け物にはならないが、今の私は、100メートルを9秒くらいで走ることができる。
それで町中を走り回って、町の人から話を聞きながらリオルさんを探す。
そして、見つけた時は、頭から血を流して気絶していた。
誰に負けたんだろう。
「あー、えっとねー」
気絶状態から治ったリオルさんに訊くと、恥ずかしそうにはにかんで、頭をかいて
「0歳児」
そう言った。
「うっそー」
「ほんとー」
「0歳児に負けたのって私だけじゃなかったのか」
「ねー、僕も君の記憶を見た時おんなじこと思った」
あっはっはと二人で笑う。
そしてリオルさんは体を起こして、私の頭を撫でてくる。
結構撫でてくるんだよなぁ。
結構好きなんだよなぁ、リオルさんの撫で方。
きもちいい。
「膝枕ありがとねー」
「いえいえー」
リオルさんの頭がどいたので私は立ち上がり、
「それじゃあ、今日も一戦お願います」
「いいよー」
そう言ったリオルさんは『指定』『交換』の二つの能力を使って国の外の平地に出る。
平地に出た時、わたしから「今日はあなたの能力を否定しないので、どんどん使ってくださいね」という。
そして、精一杯カッコつけて、
「今日こそ、私が負けます‼︎」
私の言葉にリオルさんは面白そうに笑って、
「そんなこと言う人二人目だよ、今まで結構生きてたのになぁ」
そう言って、腹を抱えて本当に苦しそうに笑う。
笑いすぎて目の端から涙が流れていた。
「そ、そんな笑わなくてもいいじゃないですか‼︎」
「いやいやいやいや、笑う笑う。これはもう笑うしかないよ」
リオルさんはさらに笑い声を大きくする。
自分の言ったことでそれだけ笑ってくれると嬉しくもあるが、嬉しいと恥ずかしいは別物だ。
「は、早く始めましょう!」
「いいよー」
あー、僕もまだつよいなぁ。
リオルさんがそう言った気がする。
でも、だとしたら意味がわからない。
「まっ、これだけは言わせてね」
「君程度の弱さでは、世界最弱の僕に負けることはできないよ、
僕が君に勝てるわけないだろう」
くっ、なんか。
なんか。
「カッコいい‼︎」
「ありがとね!」
そう言って、リオルさんが走り出す。
『高速』『大地の皇帝』『角化斬』『白縫』『口合成』『口火』『倍化』『強化』『累乗』『酸化』『硬化』『液状化』『炭化』『炎化』『縮小化』『拡大』『風使い』『炎使い』『油化源』『噛様』『孤魔』『劣化』『斬刀』
リオルさんは相変わらず多くの能力を使ってくる。
私は、自分がダメージを受けることを否定して、攻撃された時に私の位置が変わることを否定する。
これだけで、『大地の皇帝』で操られた約百の岩の鞭も、
『炎使い』で発生させた炎を『風使い』で上昇させ、できた台風の中に閉じ込められたとしても喉が焼けることも、汗も出ない。
『液状化』で地面が水になり、『劣化』で水が毒になり、『酸化』も組み合わされて触れただけでもドロドロに溶けてしまうような海に入ることもない。
ノーダメージで、私の位置が一ミリ動かない。
ただこれだと私は動けなくなる。
否定すればなんとかなるだろうけど。
自分が今立っている高さから上や下に移動することを否定する。
これでいいはず。
足を前に一歩踏み出す。
大丈夫だった。
一歩一歩歩く。
その間も『拡大』されて大きくなり、『二倍』で威力を上げられている火球や、
『縮小化』で見えないくらい小さくなった風刃が飛んできたりするが、
私にダメージはない。
だが、わたしにもリオルさんにダメージを与える術が無い。
リオルさんは『液状化』しているので、私がダメージを与えることは出来ない。
だから、今日も引き分けだ。
引き分けになるんだろう。
「よし、決めた」
リオルさんが言った。
「君は世界最弱にはなれないよ、君は強すぎる。人を傷つけるのが嫌で自分を曲げることができる強さがある。
自分の負けだと言える強さがある。
僕には無い強さだ」
何を言っているのだろう。
リオルさんも自分の負けだと言っているじゃないか。
「僕の負け宣言は諦めだよ。
勝てないことが分かりきってるから。
君みたいに自分から負けに行ってる人とは違うんだよ。
僕は」
あぁ、やっぱり知っていたんだ。
当然か、私の今までを見たんだから。
「でも私は」
「否定する、君は強い。
世界最強になれるくらいね。
人を傷つけることを覚えなよ」
ヘラヘラ笑いながらリオルさんが言う。
「でも、私は」
精一杯リオルさんの言葉を否定しようするが、言わせてねもらえない。
「世界最弱ってのはね、全てを受け入れなきゃいけないんだ。自分の感情を出しちゃいけないんだ。
常にヘラヘラ笑って知らない他人に自分の全てを任せるような。
どんな攻撃も受けて、避けてもいいんだけど、誰と戦っても勝っちゃいけない。
僕は受け入れてるけど、君はまだ受け入れきれてないでしょ。
だから駄目」
と、リオルさんは、
今まで見たことがないくらいに真剣な表情で言う。
そして、頭をぐしゃぐしゃとかきむしって、
「あーもう、僕もまだ強いなぁ」
そういっていつものようにヘラヘラ笑う。
私はリオルさんの言葉に、それはそうだと思う。
今までいろんな依頼をこなしてきているのを見てきた。
ヘラヘラしながらも、ちゃんと助ける人は助けている。
時々気持ち悪いと思うこともあるが、それは悪人や、どうしても従ってもらわなくてはいけないときだけだし。
常に自分よりも他人を優先するし、
子供にとても甘いし、
この人はとても強い。
世界最弱がふさわしくないくらい。
今まで一緒にいて、何度も戦って、
かっこいいと、思ってしまうくらい。
「君は人を傷つけるのが嫌なんだよねぇ。
自分が代わりに傷つきたいと思うくらい嫌なんだよねぇ。
だから君は、自分が勝つ未来を否定しているんだよねぇ」
あぁ、その通りです。
「昔、君は相手の攻撃が当たるのを否定して、それ以外にも、相手の幸福を否定して、
傷つけて。
それが嫌になったから、自分を否定したんでしょ」
こくんと、私は頷く。
「なら、君は自分だけじゃなくて、相手にもダメージが入ることを否定したらいい。
そしたら君は全ての相手に対して、勝ちもしなければ、負けもしない。
それはさ、最強と言ってもいいんじゃないかな」
そうなのかな。
丸め込まれてる気がする。
でも、それなら、確かに誰も傷つけないでいい。
「あの、リオルさん、師匠って呼ばせてください」
「何で?」
リオルさんは本当に困惑したような表情をする。
「だって、なんか考え方が私と違って、いいなぁって思って。
それと言いたいこともありますけど、それは、私が世界最強って呼ばれるくらい強くなったら言います」
「ふぅん、いいよー。聞いてあげる。
僕は君のこと結構気に入ってんだぜ」
そう言ってリオルさんは歩いてきて、私の頭に手を置いてゆっくり撫でる。
「あの、何で頭を撫でるんですか?」
私は頭を撫でられながら訊く。
「うん?僕にも昔子供がいてね、君によく似てるんだよ」
そうなのか。
子供がいたと言うことは結婚していた人がいると言うことだろうか。
結構意外。
「何年前です?」
「約128兆4000億年前」
規模が違う。
「その人今も好きなんですか?」
「うーん、正直わからないよねぇ、昔すぎる」
そうですか、
「とりあえず、あと4ヶ月は近くにいてね。それで君が世界最弱に向いてるか、はたまた世界最強に向いているかを決めるんだよ」
「えっ⁈」
私、今月中には旅に出る予定だったんだけど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいか。
「とりあえずよろしくお願いします」
そう言って私は頭を下げた。
4ヶ月後。
「じゃあ、やっぱり君は世界最強に向いてるってことで、旅に行っておいで」
「はい、頑張ります」
私はピースサインをつくり目に当て、ペロッと舌を出す。
「あはっ、僕のが移っちゃったねぇ」
「あはは、今のはわざとですよ」
手も下げて、わざとらしく私は言う。
「では、行ってきます。師匠」
「うん、行っておいで。弟子」
はい。
そう返事して、私は歩き出した。振り返って手を振りながら。
見えなくなってから、そっと呟いた。
「4ヶ月あって、ちゃんとわかった。
私、リオルさんのこと好きだわ。
頑張って世界最強になるぞー」
おーと、私は手を振り上げた。
よろしくお願いします!!!
少しでもおもしろそうと思ってくれたら嬉しいです。