3.賢者の献身
聖王の一撃によって気を失った俺は、心地よいベッドの上で意識をとりもどした。
目を開けると、四勇者の一人、“賢者”のティーエが、俺を心配そうにのぞき込んでいるのが見えた。
ロウソクの光に照らされたティーエの琥珀色の瞳と目があう。
魔術師のフードを脱いだティーエは、十六歳という年相応の少女に見えた。
意識をとりもどした俺に気がついたティーエの顔に、ほっとした表情が浮かんだ。
「気がつきましたか、ジンさん」
「……ああ、ティーエ。俺を助けてくれたのか? ありがとう……」
聖王に王笏でなぐられて意識をうしなった俺は、どうやらティーエに看病してもらっていたらしい。
「ここは……?」
「魔術師ギルドにある私の部屋です」
(──ティーエの部屋? 病院とかではなくて?)
予想と違う答えに、俺はおどろいて、燭台に置かれたロウソクが照らす部屋の中を見渡した。
魔術書が几帳面に並べられた本棚や、整頓された書見台は、ここがたしかにティーエの部屋であることを示していた。
「……女の子が夜中に、こんなおっさんを部屋に入れるのは、まずいんじゃないか?」
「なにも、まずくはないです。それにあれからもう三日も経っています……」
(三日も世話をしてくれたのか。いや、しかし、まずいだろう……。親子ほどに年の差のある少女の部屋の、しかもベッドに寝ているというのは……)
俺は体をおこしてベッドから降りようとした。
だが、背中に激痛が走り、体を思うように動かせない。
「まだ横になっていてください」
俺は素直にティーエの指示にしたがうことにした。
「ごめんなさい、まだ痛むんですね? 私がもっと高度な回復魔法を使えれば……」
「いや、謝らないでくれ。体に問題はない。少し休めば動けるようになる」
聖王の王笏の一撃は、たしかに俺の背骨を砕いていた。
ティーエの回復魔法がなければ、体をおこすこともできなかったに違いない。
「どうして、俺を助けてくれたんだ?」
「同じ勇者じゃないですか。助けあうのは当然のことです。あのまま城の外に放りだされたんじゃ、死んでしまいます……」
(──同じ勇者、か……)
「そう言ってくれるのはうれしいが、俺はもう勇者じゃない。聖王から勇者をクビにされたからな」
「いえ、あなたは本物の勇者です。少なくとも、私にとっては、ずっと……」
俺の言葉にティーエは頬を赤くして、ムキになって反論した。
「そうなのか? 気持ちはありがたいが……」
ティーエが感じてくれているらしい勇者同士の強い仲間意識に、俺は苦笑いした。
「ところでジンさん、オーブの声を聞いたというのは本当ですか?」
ティーエの質問に、場の空気が変わる。
俺はオーブの声についてティーエに話すかどうか、少しのあいだ考えたが、正直に話すことにした。
助けてくれた目の前の少女を、疑うことはしたくなかった。
「ああ、確かに聞いた」
俺の言葉に、ティーエはパッと目を輝かせた。
「そうですか! オーブの声を聞いたのですね!
やはり、ジンさんこそ、本物の勇者です。次の聖王はジンさんにきまりですね」
ティーエの害意のない言葉に俺は安堵した。
「はは、本物の勇者、次の聖王か……。ありがとう。そうだったら、よかったんだけどな。だけど、俺はもう勇者をクビになってしまったし、その可能性はないよ」
「それは、あの老人が勝手に言っているだけです」
ティーエは強い口調で俺の言葉を否定した。
「あの老人? 聖王のことか!?」
「……ええ。ジンさんは本物の勇者です。聖王ごときが勝手にクビだと言ったところで、それは変わりません」
(ごとき!? ……そんなことを言ったらまずいだろう。ティーエは俺と違って、まだ聖王に仕える勇者なのに……)
「ティーエ、俺に味方してくれるのはいいけど、ちょっと言いすぎじゃないか?」
「いえ。むしろ、もうジンさんが現聖王だと言ってもいいくらいです。オーブの声を聞くものが聖王だと思います。ニセモノの元聖王は、一刻も早く、ジンさんにオーブを渡すべきです」
どんどんエスカレートするティーエの言葉に、俺は危険なものを感じて話をかえた。
「あのとき、ティーエたちは聞かなかったのか? オーブの声を……?」
「ええ、私は聞いていません。ですから、私はまだスキルを授けられていません。……おそらく、他の二人も。聖王がでっちあげた“称号”に意味なんてないですからね……」
ティーエがまた聖王に毒づいた。
オーブからスキルが与えられなかったことに、よほどお怒りのようだ……。
そりゃそうだよな、ティーエだって一年間の試練で、ずいぶん苦労したんだろうし……。
「ジンさんは、あのとき、オーブからスキルを授けられたと言っていましたよね」
「ああ」
「さすがです! どんなスキルなんですか? 教えてください!」
──俺は口ごもった。
俺が授かったスキルは、ティーエの期待するようなものではない。
なにせ、“半人前”だからな……。
がっかりさせてしまうだろう。
だが、ティーエの興奮状態を落ちつかせるには、かえってちょうどいいかもしれない。
「……俺のスキルは【半人前の勇者】だ」
だが、俺の言葉に、ティーエは予想とは違う反応を示した。
「半人前? オーブの野郎、失礼すぎますね!」
「オーブの野郎!?」
(まずい……。やはりティーエの様子がおかしい。ほこ先がオーブにまで向かいだした。この話題もダメだ……!)
俺は、なんとか適切な話題を探すために言葉を続けた。
「俺のスキル【半人前の勇者】は、どうやら他のスキルを半分だけコピーするスキルのようなんだ。聖王の攻撃をうけたとき、頭の中にオーブとは別の声が聞こえて、【天賦複製50%】と言っていた」
「つまり、ジンさんも聖王のスキル【ステータス鑑定】が使えるということですか?」
俺の話を聞いたティーエは、目をキラキラと輝かせて言った。
「そうだ。全部が見えるわけじゃなくて、半分だけだけどな」
玉座の間で見た、聖王の頭上に浮かんだ“ステータス”のうち、見えた項目は半分だけ……。
残りはぼやけていて見えなかった。
「すごい! 私のステータスを見てもらってもいいですか?」
「わかった、やってみよう」
俺も手に入れたスキルを試してみたいと思っていたところだ。
道具は使いかた次第。
せっかく授かったスキルの使いかたを早いうちに身につけておきたい。
あれからまだ一度も使っていないから、もう使えなくなっている可能性もあるが……。
まずは、ティーエに実験台になってもらうことにしよう──。
俺は体をおこして姿勢を整えると、目を凝らしてティーエの頭上を見つめた。
聖王のときと同じ、四角い板のようなものが浮びあがってくる──。
──成功だ。
ステータス
名前:ティーエ・クルム・フルヒェ
職業:勇者
性格:頭でっかち
性別:女
天賦:なし
レベル:37
力:34
素早さ:***
体力:***
賢さ:131
生命力:***
魔力:262
経験値:474076
(──!? なんだこれ?)
ティーエのステータスは、聖王のそれとは明らかに違う方法で表現されていた。
元魔術師らしく、頭がよくて魔力も高く、一方で、力が弱いのがわかる。
(いや、それよりも問題なのは……)
俺はティーエのステータスを本人に伝えたが、“頭でっかち”のことは黙っておいた。
スキルに悪口を言われたと怒りだすのは目に見えている……。
秘密にしておいたほうがいいだろう……。
「ところで、これからティーエはどうするつもりなんだ? 聖王のもとで働くのか?」
ティーエの聖王に対する態度を考えれば、そうするつもりだとはとても思えないが……。
今後、ティーエが勇者をやめるとしたら、そのまま聖王国の魔術師ギルドにとどまることは難しいだろう。
命の恩人であるティーエのために俺にできることがあるなら、協力は惜しまない。
俺の質問に、ティーエは先ほどまでの興奮から一転して、真剣な表情になった。
──そして、ゆっくりと、俺の手をにぎった。
(……!?)
やわらかな手のひらから、ティーエの体温が俺のかたい手につたわってくる。
女の子の部屋で、手にふれるなんて、俺の過去の経験にはないことだ。
「ティーエ……」
「ジンさん、私は……」
ティーエは、うるんだ瞳で俺を見つめた。
──そのとき、
ドガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!
──破壊音で静寂をうち破り──物理的にはティーエの部屋の窓をぶち破って、
──魔王が、来襲した。
「ここにおったか! お主の気配をさぐっておったのだが、王都には、人が多すぎてのう……。手間取っておったのじゃ。──ジン、お主、勇者をクビになったそうではないか。街では、お主のうわさでもちきりじゃったぞ! カハハ、みじめじゃのう!
──我に開国をもとめ、聖王を説得すると大見得をきっておきながら、交渉をしくじりおって!」
紫色のショートドレスに白銀色のツインテールを揺らして現れた少女を見て、ティーエの表情が凍りつく。
「ジンさん、下がってください! この人──魔族です!」
ティーエは杖を手に取り、戦闘態勢をとった。
その声に、ようやく魔王もティーエの存在に気づいたようだ。
「!? ジン、お主、我という女がありながら、他の女と密室で二人きりとは! どういうつもりなのだ?」
状況を理解せずに、たわけたことを言う魔王。
俺は痛む体を無理に動かして、魔王──エヴェリナのもとに駆け寄る。
「エヴェリナこそ、どういうつもりだ! 王都の外で待つように言っておいたはずだろ!
──それに、建物を壊すなんて! ここは聖王国の魔術師ギルドだぞ。すぐに人が集まってくる!」
俺が勇者をクビになった以上、すでに聖王との交渉は不可能だろうが、聖王国の王都に魔王がいるとバレるのは、都合が悪い。
「逃げるぞ!」
俺が叫ぶと、即座にエヴェリナが応える。
「我にまかせよ!」
魔王エヴェリナは、俺の体を抱えて翼を広げると、先ほど自分が空けた大穴から、闇夜に飛び去った。
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