2.追放(下)
一年間の試練の成果を聖王に報告するため、玉座の間に入った俺は、ひと目見て異変に気がついた。
玉座にもたれかかる聖王は顔色が悪く、以前の威厳を漂わせた様子とは違い、すっかり老け込んで見える。
オーブはくもりがかっており、その気高い光もまた失われていた。
居並んだ貴族たちはコソコソと、なにやらうわさ話をしているようだ……。
(……様子がおかしい)
俺が考えているあいだに、騎士ジャスタスが聖王の前に進み出た。
「陛下、私は騎士団を率いて、西方を荒らし回る鳥人の賊を討ち果たしてまいりました」
聖王の目に生気が戻る。
「おお、そうか……! よくやったぞ、ジャスタス。お前にはオーブからスキルが授けられよう」
そう聖王が宣言すると、
「おお……」
「すばらしい……」
貴族たちが感嘆の声をもらした。
聖王がオーブの声を聞くのを、俺たち四勇者も、居並ぶ貴族たちも固唾をのんで見守った。
「……やはりなにも聞こえぬか。……だが余にはまだ、余自身のスキル【ステータス鑑定】がある。
……ジャスタスのステータスの成長は目覚ましいものだ。この一年、しっかりと聖王国のために働いてくれたようだな……。ジャスタスには余から“正義の執行者”の称号を授けよう……」
「西方の空賊討伐の功績によりジャスタス殿に称号“正義の執行者”が授けられます!」
侍従が聖王の言葉を大声でくり返す。
──だが俺は、聖王の口から出た言葉に、自分の耳を疑った。
(……なにも聞こえぬ? そう言ったのか? それに……“称号”とはなんだ? スキルではないのか?)
俺が戸惑っていると、横に並んでいた、フードを目深にかぶった栗色の髪の小柄な魔術師、四勇者の一人“賢者”のティーエが耳打ちしてきた。
「ジンさんも気がつきましたか? 王の様子がおかしいことに。以前からオーブの声が失われたとのうわさがありましたが……どうやら真実のようですね」
「──そのようだな」
俺はさも以前から知っていたという様子で答えたが、本当は何も知らなかった。
(──オーブの声が失われた? それなら、オーブから授かるという俺たちのスキルはどうなるんだ? 聖王がオーブの声を聞けなくなったのなら、俺たち四勇者はどうすればいい?
──いったい何が起こっているんだ?)
俺が混乱しているあいだに、ティーエが北方の魔術師との共同研究により氷雪魔法の研究を成功させたことを報告し、聖王から“知恵の探求者”の称号を授けられた。
次に、シビュレが南方の獣人たちに教会の正しい教えを広めたことを報告し、“礼節の伝道者”の称号を授けられた。
いよいよ、俺の番だ。
俺は聖王の前に歩み出て言った。
「この一年、俺は魔王領深くに潜入し、情報を集めてまいりました──」
俺の話を聞き終えた聖王は、吐き捨てるように言った。
「それだけか?」
俺は聖王の言葉を理解できなかった。
勇者の名に恥じない十分な成果を、俺はあげた……はずだ。
「……まあ、よい。オーブのお告げは……。やはり、なにも聞こえぬか。……称号は、称号は……なにも思いつかんな。そうだ、ジンの称号は……“なし”。なにも、なしだ。なんの成果もないのだから、当然だな」
聖王が投げやりに言った。
(──称号なしだって? このままじゃ、俺はまたクビ……無職に逆戻りか?)
スキルはおろか、俺には“称号”すら、与えられなかったのだ。
俺は、なんとかして聖王に自分の成果を認めてほしかった。
俺はすがるように言った。
「陛下、お待ちください! 報告書は読んでいただけましたか? 必ずや聖王国への貢献となる、貴重な成果かと──」
報告書を読んでいれば理解できるはずだ。
俺は魔王本人との接触に成功し、国交を開いてもよいという言質さえ得た。
大きな成果と言っていいはずだ。
「ほう、ではなぜ貴様はまったく成長しておらんのだ? なぜ“経験値”は増えておらん? 報告書などどうでもよい。この国の行く先は、オーブが決めるのだからな……。
貴様がいくら言い訳したところで、なんの成長もない貴様がろくな働きをしていないことは、余にはお見通しよ」
どうやら聖王は、オーブに頼りきりで政務への熱意を失っており、一年のあいだ送り続けた俺の報告書も、読んではいないようだった。
──そして、オーブの声をきけなくなった今では、オーブに与えられたスキルに頼って物事を判断している……。
聖王は冷めきった声で言い放った。
「もういい、貴様はクビだ。ここから去れ」
──クビ!? やはり、また俺は、無職に逆戻りするのか?
だがその時、俺は、俺の心に直接語りかける、もうひとつの声を聞いた。
それは、聖王が持つ聖王国の国宝、“意思を持った宝珠”オーブの声だ。
(……ジンよ… ……聞こえますか?… ……いま… あなたの心に直接語りかけています……聞こえますか?……この一年、よくがんばってくれましたね……
…あなたに、スキル【半人前の勇者】を授けます……)
半人前と言われたのは若干気になるが、オーブに俺の努力を認めてもらえたのだ。
聖王はいまのオーブの言葉を聞いただろうか?
聞いたに違いない。
聖王国はオーブの声に導かれし聖王が治める国なのだから──。
「陛下! オーブの声をお聞きになりましたか? オーブは俺にスキルを与えると──」
喜び勇んだ俺の口から出た「オーブの声」という言葉を聞いて、聖王の顔色が豹変する。
聖王は激昂し、俺の言葉をさえぎって叫んだ。
「黙れだまれ! 余を愚弄するか!! 貴様にオーブの声が聞こえるなどありえぬわ!」
聖王の突発的な怒りに、ニヤニヤ笑いで俺を見下していた廷臣たちが恐れをなして後ずさる。
「オーブの名をかたる不届き者め! そもそも、貴様のような無能が勇者に選ばれたこと自体、オーブの誤りだと思っておったのだ……! 冒険者ギルドすらクビになる、ステータスの成長もとうに止まっておる貴様が、オーブに選ばれるなどありえぬ!
貴様などより、小人どものほうがよほど役に立つわ!!」
聖王の威厳という衣を脱ぎ捨て、好き放題にわめきちらす聖王。
もはやただの錯乱した老人である聖王の説得をあきらめた俺は、罵詈雑言を聞き流すことにした。
(半人前の次は、半分か……ひどい言われようだな……)
俺の露骨にあきれた様子が気に食わなかったのか、玉座に座る老人は怒り狂い、大声で叫んだ。
「貴様! なんだその表情は!!!」
老人はやおら玉座から立ち上がると、持っていた王笏で、無防備な俺の背中をしたたかに打った。
強い衝撃を受け、背中の骨が砕け散ったのがわかった。
俺は、玉座の間の床に倒れ込んだ──。
──その瞬間、俺の体に何かが流れ込み、オーブとは違う棒読みの声が、頭の中で聞こえた。
〔──天賦【半人前の勇者】の効果【天賦複製50%】が発動。〈“聖王”ローランド七世〉の攻撃をうけ、複製スキル【ステータス鑑定50%】を獲得しました──〕
(……50%? また、半分呼ばわりか……)
背中の強い痛みに、意識が遠のいていく……。
「ジン・ウィペット! 貴様はクビだ! 誰か、この者を城から放り出せ!!」
首だけを動かして老人の喚き声のほうに目をやると、かすむ視界に、四角い板のようなものが見えた。
王笏を持った老人の頭上に浮かぶそれには、こう書かれていた。
ステータス
名前:“聖王”ローランド七世
身分:国王
天賦:人物鑑定家
効果:ステータス鑑定
指揮:**/37
武勇:**/**
政務: 6/**
知力:13/89
(──なんだ、お前の“知力”だって、全然たいしたことないじゃねえか……)
──こうして俺は聖王国を追放され、ただの三十五歳の無職のおっさん、ジン・ウィペットに戻ったのだった……。
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