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1.追放(上)

「勇者ジン・ウィペットよ、貴様はこの一年、なにをしてきたのだ?」


 聖王の冷たい声が、静まり返った玉座の間に響く。


「……なにもしていないのであろう。余のスキル【ステータス鑑定】を使えば、それがわかるのだ。貴様のステータスは、なにひとつ成長していないではないか……」


(──成長。成長か)


 痛いところをつかれて、俺はひどく動揺した。


 たしかに俺は、成長していないのかもしれない。

 聖王の言うステータスがどのようなものなのかは分からないが、成長よりは、むしろ衰退している可能性のほうが高い。


 なにしろ俺は、三十五歳のおっさんだ。

 若くて伸びざかりの他の勇者たちとは違い、下り坂の年齢である。

 伸び幅で評価されたら、おっさんはつらい。


 廷臣たちのクックックッという含み笑いがもれ聞こえる。


 聖王は俺ではなく俺の頭上に視線を向けながら、言葉をつづけた。


「他の勇者たちのステータスは、一年前と比べ、飛躍的な成長をとげておる。それに比べて貴様はどうだ? 貴様には他の勇者たちと同じだけの支援をしてきた。だが、まったくのムダだったようだな!」


 聖王は俺を見くだし、さげすんだ表情で言った。


「まあ、貴様のように低い知力の数値しかもたぬものには、説明してもわからんだろうがな」


 その言葉を合図に、廷臣たちの嘲笑がドッとわきあがる。


 俺が言いかえせずにいると、聖王は面倒くさそうにため息をついた。


「もういい、ジン・ウィペット。貴様はクビだ。ここから去れ」


 聖王は俺を馬鹿にしきった態度で、解雇通告を言いわたした──。


    ◇◇


 俺が次の聖王候補である“勇者”に選ばれたのは、一年前。

 ミーレ聖王国の主、聖王ローランド七世が“意思を持った宝珠”オーブのお告げを受けて公表した四人の勇者の中に、俺の名前が含まれていたのだ。


「オーブのお告げにより、ジン・ウィペット、あなたが聖王国の勇者に選ばれました。まずは王都に来て、聖王さまに謁見してください」


(……俺が、勇者に選ばれた?)


 俺の家に聖王の使いが来たときは驚いたし、すぐには使者の言葉を信じることができなかった。

 冒険者ギルドをクビになって無職になったばかりで、勇者に選ばれるなんて都合のいい話があるとは思わなかったしな。


(──これは、新手の詐欺なのか? 俺が中年無職の独り者だからってカモにしてやろうってことか?


 いくら仕事もなくモテないからって、こんなうまい話にホイホイ騙されると思うなよ!?)


 結婚詐欺にあってケツの毛までむしられたことのある俺は、猜疑心が強いのだ。


 使いの者に連れられて、聖王に初めて謁見したときには震えたね。

 聖王の威厳もさることながら、王がその手に持つオーブの美しさたるや。

 白い光を放って輝く、すきとおった無色の宝珠。


──これこそ、人の歴史で最も偉大な国、聖王国の象徴にふさわしいお宝だ。

 心の底から、そう思った。


 かつて辺境の一領主だった初代聖王ローランド一世は、領民から、農作業中に偶然見つかったオーブを献上されたことをきっかけに、聖王国を建国したという。

 ここからの聖王国の快進撃はすごい。

 わずか十年でローランド一世の勇名は大陸全土に響き渡り、その領土は中央平原の全域にまで広がった。


 この偉業が、すべてオーブの声に導かれたものだというんだから、オーブのご利益は保証つきだ。 

 歴代の聖王たちもみな、オーブの導きによって国を動かしてきた。

 そんなものすごいオーブから勇者に選ばれたんだから、三十五歳にしてようやく、俺にも幸運(ツキ)がめぐってきたってわけだ。


    ◇


 聖王国の玉座の間で、俺は聖王の前にひざまずき、勇者の叙任を受けた。


 叙任式での俺の勇姿、できれば国中の女性に見てもらいたかったね。

 あれを見たら、たいていの女性は俺に惚れると思う。

 自分で言うのもなんだが、最高にかっこよかったからな。


 支給された式典用の礼服を着て、いかにも勇者らしい赤マントを羽織った俺の晴れ姿……。

 間違いなく、俺の今までの人生で一番輝いていた瞬間だ。


「オーブの導きに従い、ジン・ウィペットを勇者に任じ、東方の魔王領に派遣する」


 右手に王笏を持ち、左手にオーブを抱えた聖王が言った。


 俺は緊張していたが、なんとか決められた言葉を返した。


「謹んで拝命いたします」


 このときに聖王からかけられた労いの言葉は、この一年の魔王領での潜入生活で、俺の心の支えとなった。


「貴公が勇者ジンか。過去最高齢の勇者だな。──さすがに、ステータスもなかなかのものだ。貴公の武勇は、王宮の騎士にも劣らぬ。これまでの冒険者としての経験が活きておるとみえるな。


 東方の島国──魔王領は、聖王国と敵対し、長いあいだ国を閉ざしておる。厳しい土地だ──だが、名を上げるには格好の場所でもある。オーブに認められ、よいスキルを授かるよう、励むのだぞ」


──スキル。


 聖王国が領土を急速に拡大し、その後、百年間も維持することができたのは、聖王がオーブから受け取るお告げに間違いがないからだ。


 だが、もう一つの理由もある。

 それは、オーブが聖王の候補者である勇者に授ける、人知を超えた能力、天賦(スキル)の存在だ。


 オーブは勇者を選ぶと、一年のあいだ、試練を課す。

 そうすることで、各人の適性を見極めて、それに応じたスキルを授けるのだという。


 勇者は授かったスキルを用いて聖王を支え、聖王の死後、オーブの声を聞いた勇者が次の聖王となる──。


 先代聖王のもとで人材登用に力をつくした現聖王──ローランド七世は、オーブから人の能力を見抜く【ステータス鑑定】のスキルを与えられた。

 その後も、スキルを使ってますます多くの優秀な廷臣を集めた彼は、オーブによって聖王に選ばれた。


 その勇者に課せられる試練が、今回の場合には、東西南北の隣国に派遣されること、というわけだ。


(聖王国の次なる王となる四人の勇者、──ジャスタスは西方に、ティーエは北方に、シビュレは南方に、──そして、ジンは東方に行かせるのです。四人の勇者に各々の力を示させなさい)


 聖王はオーブからこのようなお告げを受けたそうだ。


    ◇


 そんなわけで、オーブに選ばれた四人の勇者は叙任式を終えて早々に、それぞれ東西南北の四つの隣国に旅立ち、俺も東方──海の向こうの魔王領へと渡った。


 すでに聖王国と友好的な関係を築いている他の隣国とは違い、俺が任された魔王領は他国との国交がなく、謎の多い国だ。

 魔王領に潜入した俺は、何度も危険に見舞われた。

 魔王に正体を見破られるという危ない場面もあった。

──だが、俺は今も、こうして無事に生きている。


 これも聖なるオーブの導きのおかげに違いない。

 もしくは、オーブの見る目──オーブに目があるのかは分からないが、それが正しかったってことだろう。


 こうして、魔王領への派遣という試練を終えた俺は、一年ぶりにまた海を渡り、聖王国に帰ってきた。


    ◇◇


 試練を終え、聖王国に帰還した四勇者を迎え入れる国民の熱狂は、たいへんなものだった。


「ワアアアァァァ!」


 街道につめかけた国民から、地響きのような歓声があがる。


 王都に凱旋した四勇者は、それぞれのパーティーを率いていた。

 “聖騎士”ジャスタスは騎士の一団を、“賢者”ティーエは魔術師たちを、“聖女”シビュレは司祭たちを、それぞれ率いている。


「ジャスタスさま、すてき!」

「ティーエたん、ハァハァ」

「シビュレさま、なんとお美しい……」


 勇者たちを口ぐちに褒め称える国民の声が俺の耳にも届いた。


 そして俺、“勇者”ジンも、他の勇者たちの行列に続き、堂々と胸を張って王都に入った。

 ──たった一人で。


 魔王領への潜入にはソロで活動したほうが都合がよかった、という建前はあるが、実際の事情は違う。


 オーブに選ばれる前から、所属する組織の有力者であった他の勇者たちとは違い、俺には後ろ盾となる組織がない。

 四勇者になる前の俺は、冒険者ギルドに解雇され求職中の身──つまり、ただの中年無職だったからだ。

 他の勇者たちが、国民から前職にちなんだ愛称で呼ばれるなか、俺だけがそのまま“勇者”と呼ばれているのも、そういう理由からだ。


 まあ、俺の功績が国民に理解されないのも無理はない。

 この一年間で、俺が成し遂げたことを、誰も知らないんだからな。


 これほど多くの魔王領の情報を入手した人間は、ちょっと他にはいないだろう。

 それに、魔王とも顔見知りになった。

 魔王は、聖王国との国交を開いてもよいとさえ言ってくれたのだ。


 あとは、聖王が──そして、オーブが、俺の成果をしっかりと評価してくれれば、それで問題はない。

 そのためにこの一年、俺は定期的に報告書を送り続けてきたんだからな。

 もっともオーブが報告書を読めるのかは、疑問だが……。


 こうして俺たち四勇者は一年の試練を終え、城に入った。


──だが、聖王国は、俺たちがいない一年のあいだに、すっかり変わってしまっていた……。


    ◆

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