k02-20 犯行グループの要求
屋敷を抜け出した後、アザレアの案内で住宅街の裏道を走る。
入口が半開きになった、人気の無い倉庫を見つけ一旦その中に身を隠す事に。
アイネとアザレアを先に行かせ、追手が無い事を確認して倉庫のドアに内側から鍵を掛ける。
「ふぅ……どうにか撒いたみたいね」
「お2人とも、有り難うございました。もし私1人だったら今頃どうなってたか……」
「ねぇ、いったい何だったの!? 何か外が騒がしいと思って2階から見たら、アザレアは誘拐されそうになってるし、シェンナは銃で狙われてるし、私何がなんだか!?」
そっか、アザレアとアイネはまだテロの話知らないんだった。
マスターから聞いた話を2人に伝える。
―――
「……そ、そんな。まさかテロだなんて」
「しかも首謀者がC.S.C社……」
言葉を失う2人。
そりゃそうよね。
私だって今さっきマスターから伝えられたばっかりで、未だに信じられない。
けれど、事実として目の前でアザレアがC.S.C社の一団に連れ去られそうになった……。
その時、急に私の端末から着信音が鳴り響く。
しまった、サイレントモードにしてなかった!
慌てて通話を受ける。
『おぉ、繋がった! おい、お前ら大丈夫か!?』
相手はマスターだった。
「と、とりあえず大丈夫! 屋敷から抜け出して、近くの倉庫に隠れた所。ねぇ、一体何がどうなってるの!?」
『いいか、状況を説明するから良く聞け。C.S.C社軍部によりホワイトラインが占拠された! 現在、ハイドレンジアは完全に孤立してる。既に島内各地で戦闘状態になってるが、地元警察じゃC.S.C社の軍事力には歯が立たない。完全占拠されるのも時間の問題だ』
「……狙いは、島民と観光客全員を人質に取っての立て篭り……かしら」
『察しがいいな』
「最初に自分たちで橋を落としたんだから、そうなるでしょ。で、犯行グループの要求は?」
『要求は、ここ“ハイドレンジア”の開け渡し。敵さんはここを軍事要塞として手中に収め、独立した国家を築き上げるつもりらしい』
「はぁ……。平和なこのご時世によくやるわね。キプロポリス中を相手に戦争するつもり?」
『平和なご時世だからこそ、今ならやれると思ったんだろ』
「それで、島を乗っ取るったって、具体的にどうするつもりなのよ?」
『あちらさんは、島の全システムの制御を掌握する“マスターキー”を引き渡すよう要求してきてる』
「マスターキー?」
『あぁ。マスターキーってのは……え? あぁ、はい! 今替わります』
通話の向こうでなにやらゴソゴソと音がして、声の主が交代する。
『……シェンナさん! グラードです。まずは娘を無事に連れ出してくれて心から感謝します。できれば娘と話させて貰えますか!?』
「は、はい!」
携帯端末をスピーカーモードにし、アザレアとアイネを近くに呼ぶ。
「お父様!」
『アザレア!! あぁ、無事で良かった!』
「アイネとシェンナが助けてくれました! もし2人が居てくれなかったら今頃私……」
そう言って涙ぐむアザレア。
『あぁ、分かっている。事が解決したら2人には充分にお礼をしなくてはな! いいかい、時間が無い。今から言う事をよく聴きなさい』
「は、はい!」
涙を拭い、真剣な顔で端末を見つめる。
『10歳の誕生日にお前にあげたペンダント。あれは持っているな?』
「ぺ、ペンダントですか? はい! 言われた通り、いつも肌身離さず持っています」
そう言って首元から銀色のペンダントを取り出す。
そう言えば、水着の時も大切に付けてたな。
変わった形のペンダントトップだったから何となく覚えてた。
『いいか、それが“マスターキー“のピースの1つだ。ピースが揃えば、ハイドレンジア全域を担う制御システムの強制書き換えが可能になる』
「こ、これがですか!?」
驚いて手の中に収まるペンダントを眺めるアザレア。
私とアイネも覗き込む。
よく見ると、中央に納められている宝石の中には、キラキラとした基盤のような模様が浮かび上がっている。
『正確には“マスターキー”の一部だ。キーを有効にするには、“3つの鍵”と“3つのパスワード”が必要になる。お前の持つそれは、“鍵”のうちの1つだ』
……成る程。
これが鍵だとは一見して判らないわね。
さっきの黒服達もその事までは知らず、とりあえずアザレアごと誘拐しようとした訳ね。
『残りのピースのうち、パスワードを知るのは、我が社の社長、ハイドレンジア市長、それと私の3人。鍵を持つのは、社長の息子、市長の娘さん。犯人の目的はこれらを集めてハイドレンジアの制御を乗っ取る事だ』
『ちなみに――』
横からマスターの声が割って入る。
『不確かな情報じゃあるが、社長と、その息子、それと市長は既に犯行グループの手に落ちた可能性が高い』
「え、それじゃあもう半分は犯人の手の中にあるってこと!?」
『そうなるな。まぁ、グラードさんを俺が護衛してる以上“マスターキー”が揃って略取される心配は無いとして、厄介なのは――』
「ち、ちょっと待って!」
話に割って入る。
マスターの自信満々の態度が逆に心配だけど、それより……
「それじゃあ、今すぐこの鍵を壊すなり捨てるなりしちゃえば良いんじゃないの? そうすれば少なくとも犯人の目的は阻止出来るわよね!?」
『――それを実行する前でほんと良かったぜ。ほれ、犯人からの要求だ。さっきから島中の放送をジャックして流されてる――』
『我々の要求は以下に述べる人物の引き渡しにある。
C.S.C社長サルファー・クレロデン・カードル、及びその息子。
同社セキュリティ部門責任者グラード・リックス・ブロンサント、及びその娘。
市長ゴード・バインド・ウィード及びその娘。
本日17時までにこの6人が“鍵”を持った状態で揃わない場合、我々が捕らえた一般人が順次犠牲になることになる!!』
「これは……まずいわね。タイムリミットは5時間……私達だけじゃどうにも……」
黙り込む私達。
端末から再びグラードさんの声が聞こえる。
『……アザレア。危険を承知の上で、お前に頼みたい事がある。ずっと目を瞑ってきたが、お前はC.S.C社にある“ディシプリン・システム”のサーバーに不正にアクセス出来るだろう?』
「そ、それは……!」
『この際それはいいんだ。お前の才能を知りながら、こんな時の為にも咎めなかったのは私だ。責任は私が取る。……良いか? 数で劣る犯行グループが武力で島を占拠出来たのは“魔兵器”を占有出来たからだ』
確かに。
魔兵器と一般兵装ではその戦力差は10倍から数十倍と言われる。
しかも、突然魔兵器が使えなくなった側と、事前にその事を知っていた側では混乱による差も計り知れない。
『まずはプラント下部にある中央制御端末を目指しなさい。本社の端末同様そこからでも魔兵器のサーバーへアクセス出来る。機密情報故、犯行グループも恐らくその事は知らない。そこへ行き、魔兵器の使用許可を逆転させるんだ』
そうか……!
今使えている魔兵器は犯人の物で、使えない物がその他の勢力の物。
それを反転出来れば、それはそのまま一気に形勢が逆転する!
『シェンナさん、アイネさん。いくらテイルの生徒とは言え、学生のお2人にこんなにも危険な事をお願いするのは気が引けるのですが……他に頼れる人は居ません! どうか、娘と……このハイドレンジアを守って頂けませんか!?』
アザレア、アイネと顔を見合わせる。
2人とも緊張はしてるけど、その目に迷いは無かった!
「分かりました! やってみます!!」
端末から再びマスターの声。
『よっしゃ、よく言った! 一学期の間、お前らの実力は見てきた。“たかだか魔兵器を持った歩兵の数十人”。お前らなら充分やれるだろ?』
その顔は見えないけれど、きっといつもの悪い顔で笑ってるな違いない。
まったく、何が“たかだか”よ。
島中に分散してるとは言え、魔兵器の戦力も加味したら、一般兵力で1個中隊程の戦力じゃない。
「分かったわよ。ちなみに、ひとつだけ確認するわよ。――さては、この状況になるの分かってたでしょ!?」
『……な、何のことかな?』
白々しい……
まぁいいわ。やってやろうじゃないの!
“実地遠征”らしくなってきたじゃない!






