k02-16 夕凪のブティック
ハイドレンジアの激しい日差し(と言っても人工太陽だけど)も落ち着き始めた16時過ぎ。
買い物疲れにより一旦休憩。
小洒落たカフェで軽い軽食を頼む。
確かにオシャレだけど、金額はウィステリアの倍近くした。
か、観光地価格。
全部先方の奢りだけれど流石に申し訳なくなってきた。
楽しそうに周辺のショップリストを見ていたアザレアが顔を上げる。
「お2人は他に行ってみたいお店とかありませんか?」
「んー、私はブローニアの香水も買えたし満足かな。アイネは?」
そう。
任務中とか言っておきながら、しっかりブレイク・ウォーターの再戦は果たした。
ま、まぁ、アザレアも同じ香水欲しがってたから完全に私用ではないとしましょ!
「……? アイネ? どうかしましたか?」
ふと横を見ると、どこか上の空と言った様子で細い通りを見つめるアイネ。
「アイネ? アイネー!」
「へ!? あ、ごめん! どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。他に行きたいお店とか無いかなーって」
「あ、うん……」
そう言って再び通りの方に視線を向ける。
「あのさ……もし良ければ、あっちの方見てみてもいいかな?」
人通りの少ない裏路地を指す。
「勿論良いですけど、あちらはショッピングエリアの外ですよ?」
「あ、うん。だから、もし時間あればで良いんだけど……」
何だか煮えきらない態度。
「私は構いませんが……シェンナも大丈夫ですか?」
「うん、私も構わないわよ」
それを聞くと、黙って立ち上がり路地の方へ歩みを進めるアイネ。
「……?」
アザレアと顔を見合わせ、荷物を持ってその後に続く。
―――――
賑わうココ・ビーチウォークからそんなに離れていないのに、ハイドレンジアにしては珍しく人通りも無い静かな裏通り。
アイネに付いて歩く事5分ほど。
私達はいつの間にか、小さな公園のような場所に立ち入っていた?
遊歩道に沿って人工の小川が流れ、その脇には綺麗に手入れされた南国の木々が生茂っている。
こんなに綺麗な公園なのに人影は全くなく、静か過ぎてむしろ寂しさすら感じる。
「ハイドレンジアにこんな静かな場所があったのですね」
アザレアが回りを見回す。
「アザレアでも知らない場所なんだ?」
「えぇ……裏通りの方までは普段めったに来ないので……」
迷子になったりしないかしら……流石に少し不安になってきた。
そんな私達の会話を意にも留めず、アイネはどんどんと公園の中を進んで行く。
ものの1,2分で公園を通り抜けると、その先は再び静かで人通りのない路地になっていた。
「ここ……」
そう呟いて急に立ち止まるアイネ。
そこには、ポツリと1軒のお店が佇んでいた。
通りに面したショーケースには、マネキンが飾られており洋服屋という事が分かる。
並んでいる服は、トレンドとか流行とかそういったものとは一切無縁な、それでいて何処か品のあるものばかり。
"ブティック"って呼ぶのが相応しいのかしら。
「あの……入っても良いかな?」
「えぇ、もちろん! 素敵なお店ですね」
そう言ってアイネとアザレアがお店のドアを開ける。
ドアに備え付けられた装飾品が揺れ、鈴のような綺麗な音を立てる。
「こんにちはー」
小さな声で挨拶しながら中へと入るアイネ。
お店に入るのに“こんにちは”は変じゃない?
でも、確かにそうしたくなる程静まり返った店内。
外観からは想像できないけれど、想像以上に広い。
奥側の壁は全面ガラス張りになっており、さっき通って来た公園を見渡すことができる。
天窓には年代物と思われるステンドグラスが嵌め込まれており、そこから差し込む色とりどりの影。
窓が少し開いており、そこから入り込む涼しい風にレースのカーテンがゆらゆらと揺れる。
「凄い……素敵なお店」
アイネがポツリと呟く。
「あら、嬉しいわね。こんなに可愛いお客さんがいっぱい」
突然の声に驚き、一斉に振り向く。
奥のカウンターから店主らしき老齢の女性が表れた。
年の頃はグランドマスターと同じくらいだろうか。
綺麗な白い髪を、短く結い上げお団子にして止めている。
銀縁の眼鏡を掛けた優しい目には、ハイドレンジアの海と同じ美しい薄青色の瞳が輝いている。
老いて尚美しい……って言うんだろうか。
とても品のある女性。
「ご、ごめんなさい、勝手に入ってきて」
慌てて謝るアイネ。
「いいわよ勝手に入って。だってお店だもの。……とは言え、見ての通りお客さんなんて滅多に来やしないけれどね」
そう言って穏やかに笑う。
きっと、利益や生活のためではなく、ある程度趣味でやっているようなお店なんだろうなと、想像する。
「若い子が着るような服はあんまりないかもしれないけど、よかったらゆっくり見て行ってちょうだいね」
そう言われて、少し遠慮しつつも3人それぞれに店の中を見て回る。
店主の言う通り、大通りのショップで見たような流行りの洋服は1着として無い。
並んでいるのは、流行遅れ……という言葉を通り越して、ビンテージと言っても差し支えないような時代の物に思える。
一般人が着こなすのは結構難しそうだけれど、モデルさんとかが着れば相当オシャレに見えそう……。
どれもこれも作りの良い服ばかりだ。
服には値札が一切貼られていない。
じ、時価?
グルっと一周したところで、ある洋服の前でずっと突っ立っているアイネに気づく。
丁度アザレアもこっちに寄ってきた。
「どしたのアイネ? 何か良いのあった?」
「…………これ」
洋服をじっと見つめたまま、目を逸らさずに呟くアイネ。
それは、店の1番奥、他の服とは少し離れた場所にぽつんと飾られていた。
真っ白なワンピース。
これって……
「さっきのお店で見たワンピースと似ていますね」
アザレアもアイネの横に並び、ワンピースを見つめる。
確かに。
さっきルルナールで見たワンピースに形はよく似ている。
でも、作りの繊細さや装飾の美しさ、使っている素材やら、何を取っても明らかに格上な品物という事が一目で分かる。
「あら……その服、気になったかしら」
そう言ってアイネに歩み寄る店主。
「さっき、他のお店で似た雰囲気の洋服を見て……」
「……そうなのね。これは、その昔。ここハイドレンジアのある場所に元々住んでいた人達の民族衣装なのよ」
「……そういえば、そのお店の人も同じ事を言っていました」
「あら、嬉しいわね。今でも忘れられず残っているなんて……。そうだ、貴女もし時間があるなら、一度着てみてくれないかしら」
「え、えぇ!? 私がですか? でも、凄く高そうな物ですし!」
「いいのよ、誰にも着てもらえないなんて洋服が可哀そう。貴女が嫌でなければだけど」
戸惑ってこっちを見るアイネ。
「いいんじゃない? あんたの好きなようにしなさいよ」
「私は見てみたいです!」
私達に後押しされ、更衣室に向かうアイネ。
マネキンから丁寧に洋服を脱がせ、アイネに手渡す店主。
何故だろう。
手渡す瞬間、じっとアイネの目を見つめたような気がした。
更衣室の扉が閉まり暫し……。
「ど、どうかな?」
アイネの声と同時に、再び扉が開かれる。
そこに立つアイネの姿を見て……
何も言い返せない。
良く似合う。
やっぱりアイネは白い服が似合う。
凄く可愛い。
だけど……何でだろう。
恥ずかしそうにはにかむアイネを見て、何故か凄く寂しい気持ちになる。
ふと横を見ると、アザレアの目から一粒の涙が零れ落ちてるのが見えた。
「あ、アザレア! どうしたの!? そんな泣くほどおかしかった!?」
慌てて試着室から飛び出すアイネ。
ワンピースの裾がふわりと揺れて……気のせいかしら? キラキラとした光の破片がいくつも舞ったように見えた。
「あ、あれ!? ごめんなさい! なんだろう、可愛すぎて感動しちゃったのかな!?」
そう言って明るく笑うアザレア。
私もふと我に返る。
感じていた何とも言えない寂しさは、嘘のように消えていた。
店主が静かにアイネに近づく。
「少し見させてちょうだいね」
そう言って、裾や袖の長さを慣れた手付きで確認する。
その様子を無言で見つめる私達。
「……うん、良く似合ってるわ! ねぇ……もしよかったら、この服持って行かないかしら?」
突然の申し出に目を見開いて驚くアイネ。
「え!? た、確かに凄く可愛いんですけど、かなり良い物みたいですし。あ、あの、実は私そんなにお金……」
「勿論お代なんて要らないわよ。元々売り物じゃないからね」
「え?」
不思議そうな顔をするアイネ。
「随分古いものでね。もう何十年も昔の物。こんな所で誰からも忘れ去られよりも……大切にしてくれる人の所に行ける方が、その子もきっと喜ぶわ」
優しい目でじっとアイネを見つめる。
「え、でも……」
そう言って着ている服を眺めるアイネ。
「時代が変わり、例え誰からも必要とされなくなっても……貴女ならきっと大切にしてくれそうだもの」
「そ、それは勿論!」
「……お願い、その子を貴女の側に置いてあげて」
「わ、分かりました。私で良いのなら……」
「良かった」
そう言って店主はとても優しい顔で笑った。
いつの間にか……店内には夕方が差し込む時間になっていた。
窓から差し込むオレンジの光が、アイネと店主を優しく包み込む。
アイネの丈に合わせて裾直しをしてくれると言うことで、元の服に着替える。
仕上がったら後日郵送してくれるそうなので、アザレアのお屋敷の住所を伝えさせて貰い、お店を後にした。
―――
「素敵なお店でしたね」
前を歩くアザレアが、私達を振り返りながら笑う。
「うん、でも何だか不思議な感じがしました……」
そうね。アイネに同感。
あんな高そうな服、初対面でプレゼントなんて……新手の詐欺じゃないわよね?
でも不思議とそんな気は全くしないのよね。
それにしても……アイネに付いて行ったからか、つい今さっきな話しなのに、どの道を通ってあの店に辿り着いたのかが全く思い返せない。
道を覚えるのは得意な方なんだけど……慣れない街だからかな。
元の大通りに戻り、水面に夕日が美しく反射するビーチサイドを3人並んで歩く。
駐車場まで来ると、ヴィントさんが迎えに来てくれていた。
「皆様お帰りなさいませ、お荷物を」
そう言って私達の荷物を受け取り車に積んでくれる。
薄らと暗がり出した街の中、お屋敷に向けて車は走り出す。






